フクロウblog | なごやメンタルクリニック院長就任にあたって (ケセラセラ vol.91 冬)

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なごやメンタルクリニック院長就任にあたって (ケセラセラ vol.91 冬)

医療法人和楽会 なごやメンタルクリニック 院長 岸本智数

 

平成30年1月より、なごやメンタルクリニックの院長に就くことになりました、岸本智数です。

私は医学部を卒業後、研修医として京都府立医科大学精神医学教室に入局しました。2年間の研修医時代に、私が師事したのが土田英人先生でした。研修医の私にとって、土田先生は薬物療法や認知行動療法など治療に直接関係することだけでなく、他の医師や医療従事者、患者さんやご家族との接し方など、精神科医として、医師として、社会人としてのまさしく師となりました。5年目に大学院に進んだ際にも、医学部入学前に農学部を卒業したことを踏まえて、基礎研究に取り組んでみたらどうかとアドバイスをしてくださったのも土田先生でした。大学院での研究は、マウスの脳神経細胞を用いたもので、その道はなかなか険しいものでしたが、そんな時土田先生から非常勤の話を提案されました。「名古屋にすごい先生がいる。その先生のクリニックで勤めることで、岸本君にとって絶対に勉強になる。」、そのような内容でした。そうして勤めたのが、なごやメンタルクリニックであり、出会ったのが貝谷久宣先生でした。

当時医師になり6年目、まだまだ未熟で、自分がどのような精神科臨床の道に進むのかビジョンが全く見えていない状況でした。そんな中で、なごやメンタルクリニックで目の当たりにした、理論とエビデンスに基づいた薬物療法、認知行動療法による治療は、これこそ私がしたかった診療だと強く感じたことを覚えています。

その後、大学院での研究を終え、兵庫県の明石市立市民病院に勤務することとなり、なごやメンタルクリニックでの診療も他の医師に引き継ぐこととなりました。明石市立市民病院では毎日外来診療に従事し、ありとあらゆる症状の患者さんが受診されましたが、パニック障害、不安障害を専門のひとつとして掲げたため、パニック症状や不安症状の患者さんも多く受診され、なごやメンタルクリニックで目の当たりにした診療を実践し、多くの患者さんが外出出来るようになり、新幹線に乗れるようになり、飛行機に乗れるようになりました。また、うつ病などの一般的な精神疾患に加えて認知症の診断や治療、身体疾患のために内科や外科などに入院した患者さんの診療にも従事しました。

それまでほぼ総合病院の精神科に勤務してきた私は、携わったことのなかった精神科救急に携わりたいと考え、平成26年4月から京都の宇治おうばく病院に勤務しました。宇治おうばく病院は入院病床数が500床を超える、京都府南部最大の精神科病院で、内科医も複数おり身体疾患がある患者さんも含めて、あらゆる精神科患者さんの救急受け入れをしている病院です。外来では老若男女、様々な世代、様々な症状の患者さんの診察に従事しました。入院では、最初の1年間はすべての患者さんを、2年目以降は高齢の患者さんを中心に担当しました。日本はすでに超高齢化社会に突入しており、平成27年の時点で65歳以上の人口が26.7%と4人に1人を超えています。宇治おうばく病院でも高齢の患者さんの入院は非常に多く、その多くはアルツハイマー型認知症や血管性認知症、レビー小体型認知症といった認知症の患者さんでしたが、アルコール性の精神障害の患者さんや妄想性障害の患者さんもおられました。外来でも高齢でうつや不安、妄想で困っている患者さんが私の新患外来に続々と案内され、その診療に従事しました。

そういう状況の中、貝谷先生からなごやメンタルクリニックの院長についてのお話をいただきました。本当に突然のことで、非常に驚きました。しかしそれと同時に、大学院で基礎研究に取り組み、なごやメンタルクリニックでの非常勤での診療で得られたものを明石市立市民病院の外来で実践し、宇治おうばく病院で精神科スーパー救急に携わった上での、なごやメンタルクリニックへのお誘い、これには私も運命的なものを感じてしまいました。

私のもっとも大事にしている言葉が「一期一会」です。また、人生の転機が訪れて決断をするときには、某企業のキャッチコピーなのですが、「風はすべて追い風、わたしがどこを向くかだ」と考え前を向いて進もうと思っています。家族や親友との出会い、恩師や同僚との出会いは私にとってかけがいのないものです。そして追い風の中、これから名古屋で、和楽会で巡り会うであろう素晴らしい出会いがとても楽しみです。また、皆様にとっても、私との出会いが素晴らしいものとなるよう邁進する所存ですので、これからどうぞよろしくお願いします。