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病(やまい)と詩(うた)【47】ー麻薬と絶望死ー(ケセラセラvol.93)

東京大学 名誉教授 大井 玄

 

ドナルド・トランプ大統領は、予期されたように、テレビ・ショーの司会者らしい派手なパフォーマンスを政治・外交・経済の面で繰り広げている。
しかし、社会の健康に関心を抱く医師の視点からは、トランプ氏自身が、病むアメリカ社会の「症状」に見える。それを現す社会の基層に流れる生と死にかかわる現象に目を向けざるをえない。

その顕著な一例がオピオイド系鎮痛剤摂取による死亡の急激な増加であろう。この現象は、後述するアメリカ白人の「生存戦略意識」に関係するように見えてならない。
世界で臨床医にひろく読まれるニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌は、この4月、オピオイド系鎮痛剤による死亡者数が1999年から2015年にかけてアメリカでは約3倍に急上昇していると報じた。
2016年だけでも、オピオイド系鎮痛剤の過剰摂取による死亡は64,000件に上ったということから、疫病の大流行をおもわせる。この数字はべトナム戦争を通じた米軍兵士の戦死者数を超えるのだ!

この結果、医療技術や公衆衛生面での進歩にもかかわらず、アメリカ人の平均寿命は1993年以来初めて大幅な短縮を見たという(1)。
その一因は、医師が麻薬性鎮痛剤を気前よく処方していることにある。しかし近年は不法に合成されたオピオイド系鎮痛剤、フェンタニルによる死亡が増えているという。
麻薬性鎮痛剤の過剰摂取は過失の場合もあるが自殺目的でなされることも多く、とくに慢性疼痛に苦しむ人やオピオイド麻薬依存症の者に多い。
しかもその数は日本では想像できないほど多い。2015年の時点で、200万人が処方されるオピオイド系鎮痛剤の依存症であり、ほとんど60万人がヘロイン中毒という(2)。

麻薬依存症は人種、経済階級の壁を超えて増えているが、もっとも急激に増えたのは、中流とくに高卒以下の低学歴白人層である。なぜか。

ノーベル賞経済学者アンガス・ディートン・米プリンストン大学教授は、この現象を「絶望死」と名付け、一種の自殺行為と解釈している(3)。つまり人生がうまくいかず、生きる意味を失い、働く気もなく、したがって労働市場にも参加しない。その絶望を和らげるのが麻薬であり、医師がたやすく処方してくれる。

 

15世紀に発見された新大陸に植民・移住した人々にとって、そこは人間活動に比べ無限とも感ずるほど広い、資源豊富な「開放系」世界であった。
開放系に住む者の典型的「生存戦略意識」あるいは「倫理意識」は、独立独歩である。各人は、自己をひとつの独立した、つまり他者から切り離された世界と意識し、他者もそのような独立した世界だと理解する「相互独立的自己観」を抱いている(4)。自己の欲望追求はまったく正当である。競争は奨励され、勝者がすべてを獲ることが許される。
彼らの気質の顕著な特徴は、自尊心が高いことだ。巨きなエゴといって良い。俗な言葉でいうと、他者に負けるのが我慢ならないのだ。
共同事業でも失敗すると、失敗の原因は自分ではなく他者にあるとするつよい心理傾向がある。

その一典型をトランプ氏に見る。彼は自分に都合がよいが事実ではないことを広言し、ツイートし、それが事実ではないと指摘されても決して認めない。ワシントン・ポスト紙によれば、トランプ氏は平均一日に6・5個の「嘘」を言う。
アメリカの白人男性は、トランプほどではないが、やはり自尊心が強く、容易に他者(とくに有色人種)が自分よりも優れているのを認めようとしない傾向がある。

ひとつの印象的な例が、わたしが関与する社会医学の分野にあった。
20世紀最後の20年間、世界はエイズ(HIV感染)の大流行に対応しようと苦慮していた。
1994年、アメリカのCDC(国立疾病管理センター)によれば同国のエイズ新患者数は8万人、推定感染者数は60~80万人だった。一方日本では流行らしい流行は始まっておらず、同年の新患者数は150人だった。わたしたち社会医学徒は、1996年の新患者数を950人と予測していた。
しかし1994年秋、雑誌『ニューヨーカー』でスタン・セッサー記者は「かくされた死」の題で、彼の目に映った日本のエイズ差別とその流行の見通しを寄せている。とうていそれを紹介する紙面はないが、要は、日本ではエイズに対する途方もない差別があるばかりでなく、日本はエイズが大流行するのに気付いていない、というものだ。一例として日本の学者2人の論文によれば、1996年に感染者数は130万人に達し、2000年にはエイズ患者は23万人に達するというものだ(5)。

もちろん、そのような論文は存在しない。2000年の日本のエイズ患者数は、累計でも4,034人(半数はHIVに汚染された血液製剤を使用した血友病患者)であった。しかし小粒のトランプがこの手の嘘をばらまき、エイズに関して優等生であった日本にえらそうに口をきく事例は、他にもあった。

 

第二次大戦に勝利し、世界の富がアメリカに集中し、アメリカの製造業が卓越していた時代は、白人男性はたとえ低学歴でも余裕のある生活を楽しむことが可能であった。
だが貿易自由化が進み、人件費の安い途上国に製造工程が次々に移転され、労働組合が力を失い、賃金が上がらなくなり、低学歴の白人男性の働き口も減った。非白人の移民も進み、近い将来白人の人口は相対的に少数派に転ずる見通しだ。
そこに生じる不安、その転化した憤りは、他者・他国・新しく移民しようとするものに向けられる。トランプ氏は巧みにこの心理的ダイナミズムを利用した。

 

自殺に注目しよう。誇り高い白人男性の自殺率は高齢になり退職するころに増えるのがはっきりしている。20世紀末65歳以上の高齢者は全人口の11パ―セントだが、自殺者数の25パーセントを占めている。
自殺率はすべての年齢で男性が女性よりも高いが、青年では3対1なのに、65歳以上では10対1に開く。また白人男性の自殺率は非白人の約3倍である(6)。

 

トランプ氏は「アメリカ、ファースト」と唱え、アメリカをふたたび偉大にすると約束した。同国への移民を制限し、地球のほとんどすべての国が締結した気候変動についてのパリ協定から、さらに環太平洋貿易条約から離脱し、中国のみどころかEU、カナダ、メキシコなど友好国と貿易戦争を始めた。
ここにも「開放系」における生存戦略意識あるいはエゴイスティックな倫理意識を読み取るのは容易だろう。
しかし、地球は恣意的人間活動を許すには狭すぎる完全な「閉鎖系」である。その平和と人間の生存を保つためには、譲歩と我慢が必要である。
アメリカが「ふたたび偉大」になることは、決してないだろう。

 

文献
(1) Wood E.New Engl J Med.2018, 378;1565-69
(2) New York Times editorial 2017-10-3
(3) 日本経済新聞 2017-11-17
(4) 北山忍『自己と感情―文化心理学による問いかけ』共立出版、1998年
(5) 大井玄『環境世界と自己の系譜』みすず書房、2009年
(6) ベティ・フリーダン『老いの泉』山本博子/寺沢恵美子訳、西村書店、1995年

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