フクロウblog | 病(やまい)と 詩(うた)【50】― 精神病院と身体拘束 ―(ケセラセラvol.96春)

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病(やまい)と 詩(うた)【50】― 精神病院と身体拘束 ―(ケセラセラvol.96春)

東京大学 名誉教授 大井玄

 

先日、中学時代からの友人から電話があった。去年12月、日中歩いているとふらふらしてきたので道端にしゃがんでしまった。通行人が救急車を呼んでくれ、1週間入院していたという。
病院は満員で、廊下のように見える大部屋に収容され拘束された。排便と食事のときは拘束を解かれたが、医師は彼のところに来なかったという。検査は採血だけだった。最後の2日は個室に入れられた。
病院の名を聞いたが覚えていないという。彼の認知能力、特に記憶と場所についての見当識がやや低下しているのは、短い会話からだけでも察せられた。病院は、認知症高齢者が徘徊中に倒れたと判断した可能性がある。だが彼の体験が非常に不快であったのは確かだった。

問題は、なぜ病院が有無を言わさず身体拘束をしたのかである。彼は無口でおとなしく、大酒を飲んで騒ぐこともない男である。
私は都立松沢病院の認知症病棟に毎週1回通って20年ほどになるが、この病棟での身体拘束の事例を見た記憶はない。

ところが、本年2月17日付の東京新聞によると「精神科、身体拘束1万2000人 17年度最多更新 6割は高齢者」とある。施錠された保護室に隔離された患者も1万3000人近くいた。

精神保健福祉法によれば、患者が自分や他人を傷つける恐れがあり、指定医がほかに方法がないと判断した場合にのみ、拘束や隔離が認められる。
しかし患者団体や専門家からは、実際にはそれらの措置が安易に行われ、長時間の拘束で死亡する例も出ており、人権侵害の恐れもあると指摘されている。厚生労働省の調べでは、身体拘束の事例は2007年度には7000人弱であったから、過去10年間で1・8倍増加したことになる。
拘束には、身体拘束、車いす拘束に加え、点滴を抜かないように手指の動きを制限するミトン型手袋の着用なども含まれるが、17年度の実数は1万2528人で、65歳以上の高齢者が64%を占めた。疾患別では統合失調症・妄想性障害が44%ともっとも多く、認知症は27%だった。

 

では、松沢病院でのこの間の拘束についての方針と実態はどうだったのか?
奇しくも「松沢病院の身体拘束最小化の取り組み」という題で、昨年12月、斎藤正彦(院長)による論考が発表されていた(1)。
松沢病院では2012年に現在の診療棟が完成し、同じ年に院長と看護部長が交代した。拘束率は、同年4月新病棟移転直前が18.9%、その後減少し続け2017年1月には3.9%にまで低下している。

まず病院として拘束をできるだけ減らす方針を定めた。その結果、1年後の2013年7月には、交代時の17.7%から9.5%に急激に低下した。その後の継続的低下は、現場の地道な工夫と努力によるという。とくに車いすからの滑落防止用ベルトは16か月間使用ゼロを更新したので、2017年度中に全病棟から回収した。
緊急措置入院患者についても、患者の医学的背景が変化していないにもかかわらず、救急病棟の拘束率は97%減少している。これは、「救急当直医、病棟看護師が、拘束に頼らず、誠実に患者の抱える困難に共感した結果」であろうと考察されている。

 

日本全国で精神病院での拘束数が増えているのに、どのように松沢病院では減らすことに成功したのか。
斎藤によれば、まず「自分たちの仕事を正しく評価する」ことから始まる。精神科医療において治療の効果は、医療者自身の評価だけではなく、患者や家族、さらには保健医療費を負担する国民の評価が含まれていなければならない。そのため以下の工夫を行った。

第一に、退院患者のアンケート分析を強化した。
2012年当時、毎月行われる退院患者アンケートは、患者用と家族用とを区別せず集計し、回収率は3割台にとどまった。しかしこれでは患者の意見、家族の意見の区別がつかない。そこで、アンケートを患者用、家族用で内容を変え、病棟スタッフが退院時に積極的に声掛けしてアンケートを回収した。その結果、回収率は6割を超えるようになった。
さらに患者の自由記載を含む結果を速やかに職員で共有し、改善を徹底するようにした。結果として患者の自由記載は、職員の安易な拘束・隔離を自制させるために非常に役立ったという。

第二に、家族らを積極的に病棟内に入れた。
他の患者のプライバシー保護を理由に、病棟内に家族を入れることに消極的な声もあった。しかし、患者家族が病棟内にいることで職員は緊張し、ケアの質が高まり、家族に精神医療現場の厳しい状況を認識してもらえたという。

次いで、第三者評価を導入した。
外部の弁護士、精神科医、看護師、一般有識者からなる評価をすべての病棟が受け、年度末には評価委員を含む関係者がそのレポートについて討論を行うようにした。さらに研修、見学も積極的に受け入れ、加えて病院からの情報を論文、学会発表、ホームページなどを通じて伝え、病院の現実を外部に開示する努力を行ってきた。
以上はすべて、病院で行われる精神医療の実際を、当事者のみならず、様々な社会的視点からも評価してもらう努力といえよう。それが、「正しく評価する」ことなのである。

 

人口当たりの精神病床数は、国際的にみて日本がずば抜けて多い。欧米の国々では1960年代から精神病床が激減しているのに、日本だけがその数が増え、一向に減るきざしがない。欧米諸国の病床数は、20世紀末、人口1000人当たり0.5から1.5に収斂しているのに、日本だけが3に近い(2)。
デンマークでは1959年、ノーマライゼーション思想に基づく脱施設の法律が施行された。その思想によれば、たとえ知的ハンディキャップがあっても、人はまちの中のふつう(ノーマル)の家でふつうに暮らす権利があり、社会はそれを保証する義務がある。

「収容主義から地域中心へ」というノーマライゼーションの波は国境を越え、うねりとなって広がっていったのに、日本だけがとり残された。海外の事情に疎い日本政府が、精神病院を増やす方針を取ったからである(2)。
事務次官名で出された「精神科特例」により、医師、看護職員の数を少なくし、山奥に低利子で建てられた精神病院に、認知症の人々を収容するようになったのである。
冒頭にあげた友人も、当初、認知症と思われ、「収容」された可能性がある。そしてその危険は、この国では私にもあるのだ。

 

文献
(1) 斎藤正彦「松沢病院の身体拘束最小化の取り組み」日精協誌 2018;37:1247-1254
(2) 大熊由紀子「誇り・味方・居場所-私の社会保障論」ライフサポート社、2016年