フクロウblog | 葬儀のなぜ? 前篇

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葬儀のなぜ? 前篇

明日から天気が下り坂のようですが、今週末からお盆休みに入る方々も多いのではないのでしょうか?

今回のブログではなごやメンタルクリニックの原井先生による、この時期と少し関連のあるコラムをご紹介したいと思います。

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なぜ葬儀?

人はよく“なぜ?”という質問をします。なぜ私は生まれてきたのか?なぜ私は生きているのか?なぜ私はこんなことをするのか?なぜ親は私にこんなことをしたのか?毎日の日々を“なぜ,どうして”で過ごしておられる方もあるでしょう。では,昔からの伝統的な儀式についてはどうでしょうか?


人が亡くなれば通夜と葬儀,火葬,中陰壇に骨壺を置き,仏壇には位牌をまつり,納骨のときお骨を墓に入れて,後は決まった日取りにお参りをします。日本ではそれが当然です。内容は様々ですが,どんな国でもどんな時代でもそれぞれ決まった葬送の儀式があります。過去に遡れば,ネアンデルタール人も死者を悼む儀式をしていました。ホモ・サピエンスならば,死者を祀って当然と言えるでしょう。
では,なぜ葬式をするのか?なぜお墓があるのか?なぜ仏壇には位牌があるのか?とあらためて考える方はまずいないはずです。私自身がそうでした。病院で父が亡くなるまでは担当医からいろいろな説明を聞き,治療をどうするか自分で考え,答えを出していました。でも,いったん亡くなってしまうと,今度は葬儀屋とお坊さんの言う通りです。京都ではこれが常識,浄土真宗はこう,これはこの金額,と言われて,ハイ分かりました,で終わりです。葬儀屋のディレクターさんは考える暇を与えてくれません。決まりだから,と言われればそれまでです。それに,会葬返礼品と料理のメニュー,席配置,焼香順,献花の位置を決めるだけでも手一杯でした。儀式の内容はお任せです。

なぜ位牌?

親族を亡くした日本人の家にはたいてい仏壇があります。父の一周忌を終え,しみじみと仏壇を眺めるとふと疑問がわきます。なぜ仏壇に位牌があるのでしょうか?仏を祀る壇なのに。改めて位牌を調べると面白いことに気づきます。Wikipediaによれば,位牌とは;

中国の後漢時代から儒教の葬礼に用いられる神主(しんしゅ。死者の官位・姓名を書く霊牌。)と同視されたため、「位」牌と呼ばれる。またその起源は、霊の依代(よりしろ)という古来の習俗と仏教の卒塔婆が習合した物ともされる。日本には禅宗と共に鎌倉時代に伝来し、江戸時代に一般化した。

仏教とは関係ないじゃありませんか。土着の祖先崇拝から来たもので,仏教本来のものではないのです。さらに調べると,仏教の宗派の多くは位牌を積極的に取り込み,寺の中に住職の位牌を置き,朝夕の勤行の際に供養しているところまであります。神仏習合が日本式仏教の決まりなのでした。一方,浄土真宗は位牌を用いません。父は母が亡くなった時に位牌を置くことにこだわったので,一応,仏壇に位牌が置いてあります。でも,真宗のお坊さんがお勤めのために来られたときには,位牌の前に過去帳を置くようにしていました。私の祖母は広島の真宗本願寺派のお寺の出です。自然に私も安芸門徒につながる1人となったのですが,浄土真宗のことをたいして知らないのでした。戒名ではなく法名,線香は立てるのではなく寝かせる,お香は押し頂かない,ご冥福とは言わず,般若心経は唱えない。南無阿弥陀仏と悪人正機説,親鸞,蓮如ぐらいは知っていますが,いざ葬儀となると知らないことばかりでした。