書評 講談社

『 不安・恐怖症―パニック障害の克服 』を読んで

松下正明(東京大学医学部精神神経科教授)

 畏友の貝谷久宣さんから、表記のような本が送られてきた。
 昔からのつきあいで言えば、ドパミンがどうの、基底核の神経細胞がどうのといった話かと思ったら、パニック障害の治療のことだという。大学や総合病院を離れて自分の診療所を持ち、患者のために残りの人生をかける意気に燃えて市井に入って数年、貝谷さんはどんなことをやっているのだろうと思っていたら、こんな素晴らしいことをやっていたのかと、驚きもし、感心もしている。
 3年間に400人ちかいパニック障害者を診察し、そのなかから100人ほどの実例を選んで、実際に悩んでいる人たちの話を柱にして、誰にでも分かる「病気の本」を書いたという。彼が自負するだけに、非常に具体的に、ほんとうにわかりやすい不安症、恐怖症、パニック障害の解説書となっている。また、読みやすくもある。彼にこんな文才があったのかと驚いてもいるが、しかしこれは文才だけのせいではない。現実に、患者さんと一緒になって治りづらいパニック障害の治療に取り組んだ、その経験の豊かさがこのような見事な本に結晶したのであろう。
 時代の影響もあるのか、いま日本ではパニック障害が激増しているという。もちろんこの英語をカタカナにした病気が新しく発見されたわけでなく、昔から不安神経症や恐怖症という名で知られていたのだが、このところ専門家のなかでもやたらと取り上げられてきたのは、実際に患者さんの数が増えているからであろう。時代の影響といったけれど、心の病はある種の社会病であるのは事実で、大地震という自然災害があり、オウム・サリン事件という人災があり、またまた住専があったり、非加熱血液製剤によるエイズ問題があって、生きづらい世の中になってきたのも病気の増えた理由の一つかも知れない。
 だからといって、この本を読めば住みやすい社会になるというわけでもないが、でも貝谷さんの本を読んでいると、なんとなく人生が楽しくなるような気になるのは不思議である。