出版社
日本評論社

定価1700円+税

出版日
2001年2月20日

PTSD
人は傷つくとどうなるか

加藤進昌・樋口輝彦
不安・抑うつ臨床研究会
【編】

  はじめに

 PTSD-ちょうどエイズ(AIDS)と同じように、アメリカでの名称で、それもどちらかと言えば無味乾燥極まりない説明的名称の頭文字を連ねた略語ですが、最近はけっこうポピュラーになってきました。直訳すると「(心的)外傷後ストレス障害」になります。

 生命に危険が及ぶようなショックを受けたとき、しばらく経ってからも、その当時のことがありありと思い出されて、苦しめられたり悩まされたりすることがあります。そうした症状に悩まされている人のうち、何人かは、PTSDと呼ばれる病気なのです。

 この病気は、とくにベトナム戦争後の復員軍人にみられた、特徴ある症状群の研究を契機として、DSM(アメリカ精神医学会の診断基準)で確立した概念です。しかし、同様の症状は、歴史的にははるか以前から知られ、また診断基準そのものが社会的な事象と密接に結びついているために、その病像や疾患概念などについて、現在も議論が続いています。わが国でも、阪神大震災やサリン事件などの大事件を契機に、その名前が新聞をにぎわすようになり、最近では、その生物学的な基盤が注目されるようにもなってきています。

 本書では、はじめにPTSDの概念と背景、診断と治療の試みを紹介し、後半で具体的なケースの数々を紹介するような構成をとりました。こういった具体的なケースに接していただくことで、自然に臨床的な特徴を理解していただけるとともに、病気が起こってくる背景に何があるかに目を向けていただければと期待したからです。

 読者の中には、ご自身で類似の体験をもち、自分もそうではないかという不安をもっている方もおられるかと思います。そういった方にとっては、あるいは、治療としては何があるか、薬はどんなものがよいかなどの情報が不足していると思われるかもしれません。

 実はそこが問題なのです。現在のところ、これはという確立した治療法がないという状況なのです。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)に分類される薬が標準とされていますが、その成績もすばらしいとまでにはいきません。逆に言えば、だからこそ本書を企画したということもできます。

 私たちは科学技術庁のプロジェクト研究として平成12年度から「ストレス性脳機能障害」をテーマに研究チームを発足させていますが、臨床研究としては、とくにPTSDに対象をほぼ絞っています。これは上記のような社会的要請を意識している他に、ストレスが脳に与える影響を研究するにあたって、その特徴ある症状群は、非常に多くの示唆を与えてくれると考えているからです。また、その診断と治療に対しても科学的な検討を可能にする機運がようやく整いつつあると考えているからでもあります。本文にも触れていますが、私たちはPTSDの発症機序を検討する一つの手立てとして、地下鉄サリン事件被害者の方のご協力によって貴重なデータをいただいています。本当にありがたいことです。そういったご協力に応えて、いっそう研究に邁進して、一日でも早く良い治療法の開発に結びつけなければと意を新たにしているところです。

 本書が、PTSDの正しい理解に役立ち、さまざまな個人的体験を契機に、今もなおPTSD症状に悩んでおられる方にとって、多少なりとも問題解決に寄与することができれば何よりと考えています。

 最後に本書の刊行に際して、編集の労をおとりいただいた日本評論社編集部小川敏明氏にこころから御礼申し上げます。

二〇〇一年ニ月  加藤進昌


第1部 ◆ PTSDとは何か

PTSDとは何か
飛鳥井 望

ストレスと脳−PTSDの脳内メカ二ズム
加藤忠史・加藤進昌

PTSDの生理学的所見と脳画像
岩波 明・大渓俊幸

PTSDと薬物療法
樋口輝彦

PTSDの認知行動療法
佐藤健二・坂野雄二

PTSDと新しい治療法−EMDR
熊野宏昭

PTSDと損害賠償
黒木宣夫

第2部 ◆ PTSDの症例

自然災害におけるPTSD
岩井圭司

被虐待児のこころのケアについて考える
柴柿喜久代・伊東ゆたか・犬塚蜂子

性暴力被害におけるPTSD
稲川美也子

国際テロ事件の人質におけるPTSDとその予防
金 吉晴

パニック障害とPTSD
貝谷久宣

EMDRを用いてトラウマを再構成する
北村雅子・市井雅哉

臨床の現場から

多重人格(解離性同一性障害)の事例
中村曜子・笠原敏彦

大震災は精神症状にどのような影響を与えたか
山口直彦

交通事故被害とPTSD
阿瀬川孝治

児童虐待によるPTSD
田中ひな子

いじめによるPTSD
榎戸芙佐子

災害避難住民における心的外傷ストレス関連障害
〜雲仙・普賢岳噴火災害の場合〜
太田保之

ストレスで人は死ぬのか?
吉田謙一

筆者(執筆順)

加藤進昌(かとう・のぶまさ/精神医学)=編者
東京大学大学院医学系研究科精神医学分野教授

樋口輝彦(ひぐち・てるひこ/精神医学)=編者
国立精神神経センター国府台病院院長

飛鳥井 望(あすかい・のぞむ/精神医学)
東京都精神医学総合研究所社会精神医学研究部門副参事研究員

加藤忠史(かとう・ただふみ/精神医学)
理化学研究所脳科学総合研究センター

岩波 明(いわなみ・あきら/精神医学)
東京大学医学部附属病院精神神経科助教授

大渓俊幸(おおたに・としゆき/精神医学)
東京大学医学部附属病院精神神経科

佐藤健二(さとう・けんじ/認知行動療法)
早稲田大学人間科学部助手

坂野雄二(さかの・ゆうじ/認知行動療法)
早稲田大学人間科学部教授

熊野宏昭(くまの・ひろあき/心身医学)
東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学助教授

黒木宣夫(くろき・のぶお/精神医学)
東邦大学医学部附属佐倉病院精神科助教授

岩井圭司(いわい・けいじ/精神医学)
兵庫教育大学教育臨床講座助教授

柴柿喜久代(しばさき・きくよ/精神医学)
東京都児童相談センター

伊東ゆたか(いとう・ゆたか/児童精神医学、小児神経学)
東京都児童相談センター

犬塚蜂子(いぬづか・みねこ/児童精神医学)
東京都児童相談センター

稲川美也子(いながわ・みやこ/精神医学)
国立療養所天竜病院小児神経科・精神科医長

金 吉晴(きん・よしはる/精神医学)
国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健部室長

貝谷久宣(かいや・ひさのぶ/精神医学)
心療内科・神経科赤坂クリニック理事長
なごやメンタルクリニック院長

北村雅子(きたむら・まさこ/臨床心理学)
筑波記念病院、川越心理相談所

市井雅哉(いちい・まさや/臨床心理学)
琉球大学教育学部助教授

中村曜子(なかむら・あきこ/臨床心理学)
国立国際医療センター精神科

笠原敏彦(かさはら・としひこ/精神医学)
国立国際医療センター精神科

山口直彦(やまぐち・なおひこ/精神医学)
兵庫県立光風病院

阿瀬川孝治(あぜかわ・たかはる/精神医学)
横須賀市立市民病院精神科

田中ひな子(たなか・ひなこ/臨床心理学)
原宿カウンセリングセンター

榎戸芙佐子(えのきど・ふさこ/精神医学)
金沢医科大学神経精神医学教室助教授

太田保之(おおた・やすゆき/精神医学)
長崎大学医療技術短期大学教授

吉田謙一(よしだ・けんいち/法医学)
東京大学大学院医学系研究科法医学教授


不安・抑うつ臨床研究会
Clinical Research Association
for Anxiety & Depression:CRA

 不安症(不安障害)の患者さんは多いのですが、社会におけるこれらの障害への理解はなお不十分で、患者さんはどこに助力を求めたらよいか迷っているのが現状です。不安・抑うつ臨床研究会は、不安障害と感情障害についての臨床研究を行ない、治療を提供する人々と治療を受ける人々に最新の情報を提供し、この分野の医療水準を高めることを目的として、精神神経科、心療内科の専門医、および臨床心理士の有志によって設立されました(代表:貝谷久宣)。研究会の事務局は、心療内科・神経科赤坂クリニック(東京都港区赤板3−9−18 B.I.C.赤坂ビル6階 phone03-5575-8198:fax03-3584-3433)にあります。