出版社
日本評論社

定価4750円+税

出版日
2000年11月30日

エビデンス ベイスト
心理治療マニュアル

坂野雄二/不安・抑うつ臨床研究会【編】

 

 この種のハンドブックの構想が20年前にできあがっていたり,出版されていたということは考えられない。治療マニュアルの概要をまとめるためにその材料を確保し,系統立てることができたかというと,それは10年前でさえ疑わしいことである。しかしながらこの10年のあいだ,臨床の研究者は,経験主義や治療の明確さ,基準となる治療法開発という精神とともに,治療経過のなかで的確さと反復性を備えるべく計画された包括的な治療マニュアルを発展させてきた。ここで要求される的確さは,治療研究において治療方法を対比させるときにはとくに重要である。また,医療システムの管理者や医療費を支弁する第三者機関からの要求や影響が増大しているなか,いまや,日々の臨床的実践のなかでその行為の明確さと的確さが求められているのである。

 本書は,大きくニつの部分から成り立っている。策一は,Ron Aciernoと編者らによって執筆された章で〔本邦訳書、第8章〕,そこでは,治療における臨床家の責任性に関する最近の基本的な問題が論じられている。第二は,成人の心理学的問題に対する詳細な治療マニュアルであり,それは,入院患者,あるいは外来通院患者との臨床のなかで出くわすさまざまな問題に対して活用できるものである。

 各章の目的は,読者に十分な最新の情報を提供するとともに,そこで述べられている治療法が反復可能なものとなるようまとめることである。臨床家,あるいは臨床研究者が指摘する主たる関心(もしくは,不平不満といえるかもしれないが)は,治療研究や試験研究のなかで行われた治療方法がどのようにすれば自分も行うことができるのかという点にあると思われる。学術雑誌のなかには治療ストラテジーをまとめた論文があるものの,記述が簡潔すぎて臨床家が実際に使ってみることは難しいという点も指摘される。さらに,学術論文では,臨床家が日々の仕事のなかでそこで紹介された治療技法を用いるためには何が必要か,どのような点に留意すればよいかも明らかではない。

 そこで本書では,臨床研究と日々の臨床実賎のあいだにある溝を埋めるべく試みた。各章では,多くの症例検討を示すなかから,最近の治療をどのように行うことができるかという点についてまとめるようにした。本書が心理学者,臨床心理学者,精神科医,カウンセラー,ソーシャルワーカー,リハビリテーションといった精神保健にかかわる多くの専門家,そしてこれらの領域の専門家をめざす学生諸君にとって興味をそそるものであることを願っている。

 本書ができあがるまでには,多くの方々のお世話を頂戴した。はじめに,本書に分担執筆者としてご参加いただき,治療マニュアルをご提供いただいた各著者に感謝したい。そして,B.G.Bolton,E.Miller,およびC.Ryanの諸氏には,本書をまとめるまでのさまざまな援助をいただいた。最後に,Plenum PressのE.Werner氏に感謝申しあげたい。

Vincent B. Van Hasselt

Michel Hersen


  目次

第1章 パニック障害と広場恐怖の治療マニュアル

1)はじめに 2)障害の特徴 3)アセスメントの方法 4)治療手順 5)維持管理と般化のストラテジー 6)治療上の問題点 7)症例第

2章 強迫性障害の治療マニュアル

1)はじめに 2)病因論 3)治療法 4)症状の評価 5)治療計画 6)集中的な行動療法 7)治療上の問題点 8)症例 9)まとめ

第3章 社会恐怖の認知行動療法マニュアル

1)はじめに 2)アセスメント 3)治療 4)治療ストラテジーの維持/再発の予防 5)症例報告 6)まとめ

第4章 うつ病に対する社会的スキル訓練:治療マニュアル

1)はじめに 2)訓練の焦点 3)訓練要素 4)訓練の構造 5)対人スタイル 6)訓練上の問題 7)まとめ

第5章 入院うつ病患者治療のための認知行動療法マニュアル

1)はじめに 2)背景 3)入院うつ病患者治療における個人認知行動療法プロトコルの実際 4)予後

第6章 不眠症の治療マニュアル

1)不眠の特徴 2)鑑別診断と評価 3)治療 4)症例 5)まとめ

第7章 ボディイメージ障害の認知行動療法マニュアル

1)はじめに 2)ボディイメージ概念の歴史 3)身体への不満の疫学 4)ボディイメージ障害と精神病理 5)ボディイメージ障害と他の心理的問題 6)肥満者とその他の身体的徴候をもつ人のボディイメージ障害 7)否定的なボディイメージの発達 8)ボディイメージ治療研究の展望 9)ボディイメージ認知行動療法のプログラム 10)結語と展望

第8章 心理療法は患者に何を提供しているか

1)はじめに 2)責任性の要素 3)まとめ


  訳者あとがき

 原書の序文において原書の編集者であるV. B. Van Hasselt と M.Hersen が述べているように、本書で述べられている内容を一冊の書物としてまとめあげることは,20年前には不可能なものであったろう。この20年という数字はどのような意味をもっているのだろうか。

 臨床心理学はこの20年間で大きな進歩を遂げた。それは,「目の前にいるクライエントにどのような援助ができるかを考えたとき,臨床心理学的な治療法に必要な発想とは何か」、あるいは,「臨床心理学的サービスを受けるクライエントにとって満足のいく治療法とは、いったいどのようなものであるのか」という問いかけに対する回答がこの20年間で大きく変わってきたという事実に,如実に現れている。

 クライエントが「こころの問題」を抱えていると思われるとき,あるいは,治療に心理的要因を考慮しなければならないと考えたとき,従来の臨床心理学的発想からすれば,治療者はややもすると問題の原因を心の中に求めたり,原因を探るためにクライエントの生い立ちを調べ,いわば「過去の問題調べ」をすることがしばしばであった。しかし,それで原因が解明されてきたのであろうか。問題が改善されたのだろうか。いずれも答えは「ノー」といってよい。なぜなら、クライエントが抱えている問題の直接的な原因を過去に求め、回答を発見することは不可能であるといえるからである。にもかかわらず,「こころの奥深く」に存在している(はずであると臨床心理学者や医師が信じてきた)病理性を論じてきたのである。もちろん推測はできる。「仮説」としての原因は見つかるかもしれない。しかし、その仮説が正しいという保証を得ることはきわめて難しい。同時に,誤った推測にもとづいて行われる治療が適切である保証は得ることができない。そこに待ち受けているのは,クライエントに改善が見られないという「悲劇」であった。

 臨床心理学的な治療法に必要な発想は,クライエントの訴える問題がなぜ最近維持されているかを考えてみるところにある。クライエントの生活をチェックすると,問題を維持させている要因は見つかる可能性が高い。クライエント個人のふるまいが問題となっているのか,クライエントの考え方に問題があるのか,あるいは周囲の対応が問題を維持させているのかが明らかになってくる。もし問題を維持させている要因が見つかれば,それを取り除くことによって問題の解決ができるはずである。また,臨床心理学の知識と技術のみならず,医学や生物学,薬理学といった隣接する諸科学の最新の知識と技術を手に入れることによって,臨床心理学的サービスは,より客観的で,効果のある方法を提供することができる。

 臨床心理学的治療法には,憶測にもとづくのではなく,実証的にクライエントの問題を把握し,問題解決に向けて働きかけを行うことが必要とされている。臨床の場において必要とされる臨床心理学的治療法のキーワードは,従来の心理療法の考えにとらわれることなく,「原因論から維持論へ」,そして,「憶測から実証へ」と発想を転換するところにあるのかもしれない。

 医学的治療はいまや,EBM(Evidence−based Medicine)の発想にもとづいて,より効果的で合理的な医療サービスを行おうとする時代に入っている。単なる症例検討にもとづいて治療法を考案するのではなく,厳密に条件統制を行い,無作為のコントロール試験を行うことによって実証された有効性の証拠にもとづいて,基準となる治療法を選定したり,治療法の選択ガイドラインを作成したり,有効な治療法を提供していこうという発想である。そうしたときに,臨床心理学的治療がいまだに推測に頼り,事実かどうかわからない原因を追及していることは適切ではない。臨床心理学は人のこころの問題を扱う重要な学問領域である。それゆえ,そこで行われる治療法や指導法に関して,それが有効であるという確固とした根拠なしに用いることは,臨床心理学的サービスを受けるユーザーに対する重大な倫理的課題である。臨床心理学こそ客観的なエビデンスにもとづかなければならない。そうした意味で,Evidence−based Psychotherapyという発想が今後の重大な課題となることは明らかである。しかしながら,残念なことにわが国の心理療法には“Evidence−based Psychotherapy”という発想はまだ稀であり,あたかも治療者の興味関心で心理学的な変数を明らかにすることに終始しているといわれてもしかたのないところがある。

 わが国の現在の臨床心理学には今,より早く確実に,しかも患者にとって満足のいく臨床心理学的なサービスを提供することが必要とされているといえる。そのためには,単に「こんな患者さんにこんな治療を行ったらこのようになりました」という事例検討を行うだけではなく,個別性を脱却し,適切な条件統制を行った治療研究の成果をまとめるとともに,適切なモデルを構築し,臨床心理学の科学性を追求することが必要であろう。そのとき,臨床心理学を科学として研究する目をもつことが大切である。そのためには,臨床心理学研究の方法論とデータ収集の基本技法を身につけることが必要である。また,これまで臨床心理学独自の「研究法」と理解されてきたものにとどまらず,臨床心理学の科学性を追求するために必要な方法論やメタアナリシスにいたるまで,関連する心理学諸領域における研究法と臨床心理学研究の接点のなかで,臨床研究に役立つ方法論を身につけなければならない。また,臨床心理学的治療法には,用いられた治療法が有効であるという証拠にもとづいて臨床実践を行うことが必要とされている。

 冒頭で述べた20年の歳月は,こうした発想の転換をもたらし,真にクライエントの役に立つ臨床心理学的治療法の効果検証とその標準化のための準備期間であったということができる。この間に世界各地で行われた治療研究とそのメタアナリシスは,クライエントがどのような問題をもっているときに,どのような方法を用いることで改善の確率が高いかということを明らかにしてきた。その成果は,さまざまな治療法選択のガイドラインとしてまとめられるにいたった。わが国においても,こうしたガイドラインが続々と紹介されている。治療法のマニュアル化が行われ,誰でも等質で効果的な治療法を同じように提供することができるようになってきた。

 また,学会誌に掲載された治療研究や症例報告の成功例を見たときに,そこでまとめられている治療法をやってみたいがどのようにすればよいかわからない,どうすると同じ結果を手に入れることができるのか,自分でもやってみたいが,どこに留意すればよいかがわからない,同じことをやってうまくいかなかったが,いったいどこがまずかったのだろうといった疑問は,原書の編集者であるV. B. Van Hasselt と M.Hersenが原書の序文のなかで行っている指摘を待つまでもなく,多くの臨床家や臨床研究者が口にしていたことである。こうした臨床研究と臨床実践のギャップはどうすれば埋めることができるのだろう。

 本書は,こうした要請に応えるとともに,各章で取り上げられている問題に対して最新の知見にもとづく有効な治療法のマニュアルを示したものである。原書は17章建ての大作であったが,訳書では,わが国の臨床家がしばしば出くわす問題を取り上げ,日常の臨床活動で役立てることができるよう8つの章を訳出した。各章では,読者に十分な最新の情報を提供するとともに,そこで述べられている治療法を具体的に行うことができるよう配慮されている。まさにこれからのわが国の臨床心理学に必要とされている内容がまとめられている。そうした意味で,本書が心理臨床の現場で活躍する臨床心理士のみならず,医療機関に勤務する臨床心理関係者,精神科・神経科や心療内科をはじめとする診療科に勤務する医師,カウンセラー,精神保健福祉士 ソーシャルケースワーカー,そして,それらの職業をめざして勉学に励んでいる学生諸君にとって,最新の知識と技術を提供する格好のマニュアルであることには疑いがない。

 最後になったが,本書の刊行にあたって,日本評論社編集部の林克行氏,ならびに駒井まどか氏には多大のお骨折りをいただいた。また,日本評論社には,不安抑うつ臨床研究会が適切な心理臨床活動と医療の普及のためにこれまで行ってきた社会的啓蒙活動を陰ひなたに支援していただいてきた。ここに改めて感謝申しあげたい。

 2000年9月 訳者を代表して 坂野雄二

  訳者一覧

樋口輝彦 Higuchi Teruhiko 国立精神・神経センター国府台病院
貝谷久宣 Kaiya Hisanobu なごやメンタルクリニック
                    心療内科・神経科赤坂クリニック
加藤忠史 Kato Tadafumi 東京大学医学部附属病院精神神経科
宮前義和 Miyamae Yoshikazu 香川大学教育学部付属教育実践総合センター
宮野秀市 Miyano Hideichi 早稲田大学大学院人間科学研究科
森 健之 Mori Takeyuki 国立精神・神経センター武蔵病院
大嶋明彦 Oshima Akihiko 昭和大学藤が丘病院精神神経科
尾鷲登志美 Owashi Toshimi 昭和大学藤が丘病院精神神経科
板野雄二 Sakano Yuji 早稲田大学人間科学部
佐藤正二 Sato Shoji 宮崎大学教育文化学部
山中 学 Yamanaka Gaku 東京大学医学部心療内科
山下さおり Yamashita Saori 大和病院

  編訳者紹介

坂野雄二 Sakano Yuji
1973年神戸大学教育学部卒業。1980年筑波大学大学院博士課程修了。教育学博士。現在,早稲田大学人間科学部教授。主著に『認知行動療法』(日本評論社),『認知行動療法の理論と実際』(培風舘),『人はなぜ人を恐れるか』(共編著,日本評論社)などがある。不安や抑うつ,ストレス反応におよぼす認知の影響を中心とした基礎研究を行うとともに、認知行動療法の立場から治療活動を行っている。

不安・抑うつ臨床研究会 Clinical Research Association for Anxiety & Depression : CRA 
不安障害と感情障害についての臨床研究を行い,治療者・患者それぞれに最新の情報を提供し,この分野の医療水準を高めることを目的として設立された研究会(代表:貝谷久宣)。事務局は心療内科・神経科赤坂クリニック(東京都港区赤坂3−9−18 B.I.C. ビル6F。電話03-5575-8198,FAX03-3584-3433)にある。