出版社:ライフサイエンス

出版日: 2002年 4月25日

定 価:本体2500円(税別)


The Facts : Obsessive Compulsive Disorder

強迫性障害

Padmal de Silva & Stanley Rachman

貝谷久宣 訳

訳者から

 オックスフォード大学出版局のファクトシリーズは,すでに精神医学・神経学分野のいくつかの病気について訳出されています。これらのファクトシリーズは,一般向けであるのでもちろん理解しやすく書かれていますが,その内容の高度さは専門家にとっても読み応えのあるものばかりです。残念ながら,日本ではファクトシリーズに匹敵するような専門的で役に立つ一般向けの医学書はまだ数少ないと思います。本書もこのようなファクトシリーズの中の1巻として遜色のないものであったので翻訳に着手しました。本書が強迫性障害をもつ患者,家族,その関係者だけでなく,この病気の診断・治療に携わる専門職の方にも得難い情報を提供するものと信じます。

 原著は2人の臨床心理士によって書かれており,認知・行動心理学的な考え方が本書の主流をなしています。不安障害の中でも特に強迫性障害の治療は認知行動療法が大きな部分を占めることは言うまでもありません。しかし,精神薬理学を専門とする訳者からみると,薬物療法の効果ももう少し強調されても良かったのではないかという気はします。1999年は日本の精神医学にとって一つの節目になった年です。この年の5月下旬からSSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)と呼ばれる新しい抗うつ薬フルボキサミンが健康保険診療で使用できるようになりました。そして,「強迫性障害」という診断名がこの薬の適応症の中に含まれました。保険診療で使われる薬の適応症としてこの病気の診断名が出たのは初めてです。また,もう一つ注目に値することは,「強迫神経症」ではなく「強迫性障害」とされたことです。それは,精神医療の実施場面からも「神経症」概念が消えたことを意味しています。本態は同じ病気でもその診断名が変わったということの根底には,この病気の治療がさらにより合理的にそして科学的に行われ始めたのだという現実があるからです。

 本書を訳して感じることは,欧米のこの分野の治療は大変進んでいるということです。日本では残念ながら,まだまだ認知行動療法ができる専門家が少なく,入院して行動療法で治癒する施設はそれ程多くはないと思います。この点を読者にご理解していただきたく思うと共に,今後日本でもこの分野の研究・治療が発展することを熱望するものです。

 2002年1月 信州 八ヶ岳山麓にて 貝谷久宣

まえがき

 本書は,強迫性障害について読者の方々に基礎的な情報を提供しようという目的で書かれました。この病気は,クリニックや病院で遭遇する機会の比較的多い神経症性の疾患で,これまで考えられていた以上に広くはびこっています。最近のいくつかの調査によれば,その生涯有病率は,総人口の2%にも及びますが,治療を求めて来診する人々は,かなり重症な患者に限られています。

 私たちは,長く強迫性障害の研究と治療に携わってきましたが,日常診療の中で,この病気に悩んでいる患者や,大きな負担を背負う家族に勧められるような初歩的な解説書がないことに気がつきました。それが本書の執筆に至った動機です。本書の初版は1992年に刊行されました。そのとき私たちが望んだことは,この病気で悩んでいる患者やその家族,その友人の方々に本書を活用していただくことでした。それと同時に,この興味深い病気に関心を抱く一般の読者にも,本書を活用いただけたらと願っていました。幸いにして,初版発行時の本書に対しての患者やその周辺の読者からの反応は,非常に良好なものでしたので,今回,内容を一新した改訂版の編集を思い立ったという次第です。私たちは,この改訂版に新しい情報を盛り込むと同時に,この病気のいくつかの重要な側面については,初版にも増して細部にわたって議論を重ねました。

 過去30年間の研究によって,強迫性障害をめぐる様々な事実が解明されて,私たちは,これらの知見のいくつかについて要約を試みました。今日,この病気について1950年代や60年代よりも,はるかに多くの事柄が明らかになっていますが,依然として多くの未解決の問題が残されていることも事実です。私たちは,誤解を避けるためにこれらの問題に簡単な解決を与えないよう慎みました。

 強迫性障害の治療について本書の中で述べられていることの多くは,心理学的に方向づけられています。これは,ある程度私たちが受けた専門的トレーニングのためでもありますが,より重要なことは,心理学的アプローチが,これらの問題を抱える人々を支援する上で最も効果的な治療法を提供するものだからです。現在までのそして今後の研究も,疑いなく現在行っている治療戦略に磨きをかけ,発展させることは間違いありません。また,このアプローチの方法は,この病気の原因についての考え方や,他の様々な問題の解明にも寄与するものと思われます。この領域の研究に携わるすべての人々と同様,私たちもこれらの研究のいっそうの進展を熱望しています。「認知行動療法 cognitive behaviour therapy」の名で知られる治療法の最近の進歩は,とりわけ有望と思われます。

注:英語には「性」・「男性名詞・女性名詞」という問題があるので,人を指す場合,彼 he にするのか,それとも彼女 she にするのか,あるいは人物 person とするのか決定する必要がありました。この呼び方については,執筆者によってまちまちであると同時に,強固な意見の持ち主がいることも承知しています。しかし,読みやすさという点を考慮して,私たちは男性型 he という従来の呼び方を踏襲することにしました。

 1997年12月 ロンドンとヴァンクーバーにて

パドマル・ド・シルヴァ,スタンレー・ラックマン

目次

 

  強迫性障害とは何か
T. 強迫観念とは
「強迫観念」という言葉の様々な用法/どんなものに強迫観念を抱くのでしょうか 
U. 強迫行為とは
隠れた強迫行為/強迫行為の随意性/抵抗/「強迫行為」という言葉の異なる使い方/こうしなければならない 
V. 強迫性障害の診断
普通の人の強迫観念と強迫行為/迷信/苦しみと生活への支障 
W. 強迫観念と強迫行為の関係
X. 強迫体験の諸要素
トリガー/強迫観念/不快感/強迫衝動/強迫行動/不快感の軽減/災難恐怖/責任感の増大/保証を求める/回避/中断 
Y. その他のキーワード
儀式とは/反芻とは 

強迫性障害と他の疾患との関係
T. 強迫性障害とその他の精神障害との関連性
うつ病/精神分裂病/恐怖症/神経性食欲不振症/神経性過食症/心的外傷後ストレス障害(PTSD)/ジル・ド・ラ・トゥレット症候群(トゥレット症候群)/身体醜形障害/器質性脳障害
U. 強迫性人格
V. 強迫性人格障害

強迫性障害の患者たち 
T. 主な臨床病型
洗浄強迫の人々/確認強迫の人々/その他のそれとわかる強迫行為を示す人々/ある患者の1日の報告/収集強迫の人々/目に見える強迫行為を伴わない強迫観念を示す人々/原発性強迫性動作緩慢の人々
U. 一般的な解説
複数の問題の存在/数の重要性/回避が主な問題である場合/優柔不断/完璧主義

家族,仕事,社会生活への影響 
T. 家族にどのような影響が及ぶでしょうか
ある母親の報告
U. 仕事や社会生活への影響
V. セックスと結婚

有病率とその要因
T. 強迫性障害はどれほど頻繁に発症しますか? 
U. 性と年齢
V. 結婚,家族,社会階層,教育
W. 障害の経過
X. 強迫性障害の発症にかかわる要因
病気を引き起こす出来事とストレス/親からの影響/遺伝性
Y. 文化と強迫性障害
Z. 子供の強迫観念と強迫行為
[. 高齢者の強迫観念と強迫行為 

様々な理論と説明
T. 精神分析の考え方
U. 学習理論 
V. 生物学的原因説
W. その他のアプローチ
X. 結論

治療
T. 行動療法
行動療法とは何か/認知行動療法
U. 顕性儀式を伴う患者に対する暴露療法と反応防止療法
理論的根拠/モデリングの役割/想像上の暴露/治療の実際/症例一洗浄強迫患者の治療/その他の顕性儀式に対する治療/回避の軽減/治療成績
V. 顕性儀式を伴わない患者に対する治療
思考停止法/気をまぎらわせる/強迫観念への暴露/トリガーへの暴露/思考の誇張/強迫観念がもつ意味を弱める/潜在性の強迫行為を治療する/特定の時間を設ける治療法/イメージの問題/治療成績
W. 収集強迫の治療
X. 原発性強迫性動作緩慢の治療
症例
Y. その他の行動療法の方法
Z.  治療に際しての問題点
抑うつの影響/動機づけと協力
[. その他の心理学的治療法
心理療法/催眠療法/集団療法
\. 非心理療法
薬物療法/精神外科/電気痙攣療法(ECT)
]. 小児の強迫性障害の治療

判定と評価
T. 判定の目的
U. 判定はどのようになされるのでしょうか?
患者へのインタビュー/自己採点/患者以外の人たちへのインタビュー/行動テストと直接観察/患者による記録作り/質問表とインベントリー/精神生理学的アセスメント
V. 治療効果の評価のための判定

実際的なアド八イス
T. 本当に問題があるのだろうか?
いくつかの重要な質問/家族についての心配事
U. アドバイスを求める
治療者を見つける/治療者によるアセスメント/治療計画の作成と実行/協力の必要性/社会復帰の問題/治療後/薬物の使用/脳手術
V. 自己治療
目標を定める/他人の協力を得る/記録をつける/治療の実施/問題の受け止め方/注意点
W. 希望の言葉

付録1 リラックスの仕方を覚える:簡単なガイド 
付録2 強迫性障害に使用される向精神薬 
付録3 モーズレイ強迫症状評価尺度(MOCI) 
付録4 相談にのってくれる団体の住所 
付録5 役に立つ読み物