躁うつ病はここまでわかった

出版日:2007年8月20日

加藤忠文/不安・抑うつ臨床研究会=編

発行所:日本評論社

 定価:1600円+税

はしがき

 わずか10年前まで、躁うつ病(双極性障害)について、一般の方々だけでなく、精神科医の間ですら、認識が不足していた。服薬をやめてしまって再発する患者さんが後をたたないばかりか、躁状態が治るたびにリチウムの処方を中止してしまう精神科医も少なくなかった。そんな状況を憂いて、やむにやまれぬ気持ちで一般書や専門書を書いたり、ホームページを作ったりしていた。

 その後10年経ってみると、その状況の変わりようには、驚くばかりである。躁うつ病の専門書、一般書が何冊も出版されるようになったし、精神科医の集まる学会などでも、躁うつ病が取り上げられることが増え、専門誌でも次々と特集が組まれるようになった。最近では、躁うつ病を経験した記者の体験記が新聞に連載されるまでになった。

 ここまで状況が変われば、もう充分か、と思いきや、やはりまだまだうつ病に比べると、一般への浸透度が高くはないのも現実である。うつ病に関する一般向け講演会が開催されることも増えてきたが、躁うつ病の一般向け講演会が行われたとは聞いたことがなかった。患者会や家族会の全国組織もまだできていないし、精神科臨床における躁うつ病に対する心理教育もまだまだ根づいていない。このような状況の中で、関心の高い患者さんの間では、躁うつ病の専門的な情報に対する飢餓感が高まっていることを肌で感じるようになってきた。

 そんなわけで、これまでパニック障害やうつ病に関して講演会を開いたり一般書を出版したりしてきた不安・抑うつ臨床研究会の貝谷久宣先生に、「ぜひいつか躁うつ病も取り上げてください」とお願いしていたところ、今回取り上げてくださることになり、講演会を開くとともに、その記録を出版していただけることとなった。

 当日の講演は、ともにオーガナイザーを務めてくださった樋口輝彦先生をはじめ、講師の先生方に一般向けに大変わかりやすくご説明いただき、充実したものとなったが、実はその内容は、専門医にも聴いてほしいくらい高度なものでもあったと思う。しかし、時間の関係もあり、寄せられた質問にほんのわずかしかお答えできなかった点は心残りであった。

 本書には、講演会当日の講演の記録に加えて、大きな追加が二つある。一つは、当日お答えしそこねた多くの質問に対する返答である(躁うつ病Q&A)。そしてもう一つが、敷島カエルさんによる、体験記である。

 カエルさんは、以前筆者が主治医として担当させていただいた方で、普段の穏やかであたたかいお人柄と、躁状態での計り知れないパワーのギャップには筆者も驚かされ、カエルさんとの出会いは、この病気をなんとか解明しなければ、と強く感じるきっかけにもなった。カエルさんが、エッセイ集を出版されるなど執筆活動をされていることを存じあげており、その筆力には敬服していたので、このたび執筆をお願いしたところ、快く引き受けていただいた。原稿をいただく前は、この原稿を当日の講演会でも読みあげさせていただきたいなあ、などとも考えていたが、原稿を拝見して、とても無理だと思った。カエルさんのこれまでの人生、その中での躁うつ病体験の意義、そしてあたたかいご家族に囲まれての現在、と読み進めていくうちに、何か熱いものがこみあげてきて、とても声を出して読むなど不可能だとわかったからである。

 そんなわけで、当日お答えできなかったご質問への返答に加え、カエルさんの心あたたまる一文が加わり、講演会にご参加くださった方々にとっても、意義ある一冊になったのではないかと思う。

 最後に、講演会当日にお集まりいただき熱心に聞いてくださった皆様、本書の中でお答えした質問を寄せてくださった皆様に、心より感謝申し上げます。

二〇〇七年七月   加藤忠史

目 次

躁うつ病の症状と診断…樋口輝彦

 古くから存在した躁うつ病
 躁とうつの症状とは
 躁うつ病は今日「双極性障害」と呼ばれる
 T型とU型
 躁うつ病の特徴
 うつから発症する可能性もある
 病前性格について
 症例でみる診断のポイント
 最近の動向

躁うつ病の薬物療法…田島 治

 欧米で注目される躁うつ病
 周りは躁で、本人はうつで困る
 うつ病として治療されている?
 抗うつ薬の及ぼす影響
 QOLを高めるために
 薬による治療
 どの薬を服用するか
 気分安定薬と新しい抗精神病薬
 リチウム療法はどのように発見されたのか
 リチウムと上手に付き合っていくために
 バルプロ酸とカルバマゼピン
 服薬の際の注意点
 効果が注目される新しい抗精神病薬
 いかにして再発を防ぐか

躁うつ病の心理社会的治療…忽滑谷和孝

 はじめに
 心理社会的介入の必要性
 家族の負担と特徴
 心理教育
 病相期ごとの家族ができる対応法
 おわりに

躁うつ病治療の実際…岡本長久

 うつ病相(双極性うつ病)の治療の実際
 躁状態(躁病)の治療の実際
 躁・うつ混合状態(不快躁病)の治療の実際
 ラピッドサイクラーの治療の実際
 薬物療法以外の治療の実際

躁うつ病の原因はどこまでわかったか…加藤忠史

 躁うつ病の研究目標とは
 わからないところの多い不思議な病気
 双生児研究から発展した遺伝子研究
 遺伝子研究の二つの流れ
 脳画像研究
 細胞内のカルシウム濃度
 薬理学的研究
 躁うつ病は神経細胞が死にやすい病気?
 研究のきっかけ
 ミトコンドリア仮説とは
 カルシウムの変化と病的変異
 躁うつ病のモデルマウス
 一卵性双生児研究
 今後の研究の方向性

躁うつ病体験記患者の立場から…敷島カエル

 躁うつ病のはじまり
 コントロール不能な躁状態
 動くことすらできない重いうつ
 「せめて子どもの前では笑顔でいたかった」
 躁とうつとのたたかいの果てに
 病気と一緒に生きていこう
 誰かのためにできること
 周囲の理解とともに

躁うつ病Q&A…加藤忠史

 診断
 発症
 薬物療法
 家族・援助者
 外的サポート
 治療
 原因研究

●筆者(執筆順)
樋口輝彦(ひぐち・てるひこ〉
国立精神・神経センター総長
田島治(たじま・おさむ)
杏林大学保健学部精神保健学教室教授
忽滑谷和孝(ぬかりや・かずたか)
東京慈恵会医科大学医学部医学科精神医学講座講師
岡本長久(おかもと・ながひさ)
国立精神・神経センター武蔵病院精神科医長
敷島力エル(しきしま・かえる)

●編者略歴
加藤忠史(かとう・ただふみ)
1963年、東京生まれ。1988年、東京大学医学部卒業。滋賀医科大学精神医学講座助手、東京大学医学部附属病院講師を経て、現在、理化学研究所脳科学総合研究センター老化・精神疾患研究グループ・グループディレクター、精神疾患動態研究チーム・チームリーダー。著書は『躁うつ病とつきあう』『こころだって、からだです』(日本評論社)、『双極性障害−躁うつ病の分子病理と治療戦略』(医学書院)ほか。WEBサイト

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