書評

貝谷久宣 著

気まぐれ「うつ」病 −誤解される非定型うつ病−

樋口 輝彦

精神医学 Vol.50 No.1, 2008 P102

 最初にこの本の表題を見たときには、久々に新たな呼称の「うつ病」が登場したかと思った。これまで歴史的に多くのうつ病概念が提唱され、その特徴に応じた名称が与えられてきた。「荷降ろしうつ病」「根こぎうつ病」「逃避型抑うつ」「仮面うつ病」などなど。DSM−V以降、大うつ病に一括されて以来、このような呼称はあまり表に出なくなり、新たな呼称も登場しなくなったので、やや寂しく感じている方も少なくないと思われる。小生もこれまでの呼称には味わい深いものがあり、正規の診断名とするかどうかは別にして、日常的に使うのは大変便利であると感じている。したがって、「気まぐれうつ病」を目にしたときには、「久々のヒット病名現る」とやや大げさであるが狂喜乱舞した。

 しかし、実際に中身を読み進むうちに、著者が「非定型うつ病」を「気まぐれうつ病」と命名していることがわかり、興奮した気持ちはトーンダウンしたが、逆に新たな発見ができて、その感動にひたることになった。

 非定型うつ病は1959年にウェストとダリーがMAOIに反応するうつ病の一群があることを報告し、その症状や病像が内因性うつ病のそれと異なることを報告したのが起源である。その後、非定型うつ病は1969年にクラインによって、概念が固められ、DSM−Wで採用されるに至っている。では、「何も今さら、改めて非定型うつ病について述べることはあるまい」と思われるかもしれないが、この本を最後まで読み進むと「さにあらず」ときっと前言を撤回されるであろう。まさに小生がそうであった。

 著者の貝谷はパニック障害をはじめ不安障害の専門家である。おそらくパニック障害のケースを日本で一番多く診ているのは貝谷であろう。また、彼の経営する和楽会の3つのクリニックでの不安障害患者数は、年単位の新患数でみるとこれも上位にランクされるのは間違いないであろう。

 貝谷は多くのパニック障害や社会不安障害の患者を診療しているうちに、しばしば抑うつ状態を呈する症例を経験するようになった。少数の事例を診ているだけでは恐らく「パニック障害に現れる二次性抑うつ」で終わってしまうところである。千例、二千例の症例を経験しているからこそ、この一群に目を向けることができたのである。その一群に共通する症状は非定型うつ病の症状であることを貝谷は見出した。これだけであれば、「なるほど!」で終わるのである。

 貝谷の貝谷たるゆえんはそこにはない。彼の慧眼は彼の著書の36〜50頁にかけて書かれている「非定型うつ病によくみられる随伴症状」の箇所である。貝谷はここで「不安・抑うつ発作」「怒り発作」「過去現在混同症候」といったオリジナルな症状を記載している。なかでも「不安・抑うつ発作の特徴はわけもなく涙が出ること」という観察は彼ならではの観察力によるものと感心する。これら随伴症状のおかげで、「非定型うつ病」は従来言われてきた「非定型うつ病」を超えるのである。

 最後にひとつだけ注文をつけたい。非定型うつ病は果たしてうつ病なのだろうか?抗うつ薬が効かない、その場の雰囲気でうつ気分は変化する、過眠・過食がある。どれもうつ病(典型例)とあまりにもかけ離れている。むしろ、うつ病とは異なる別な病気と考えられないだろうか。そのような大胆な仮説をぜひ貝谷先生に検証していただきたい。
  (国立精神・神経センター)

新書判 208頁 定価714円(本体680円+税) 筑摩書房