うつの時代を生きるために

 「うつの時代」と言われるように、昨今うつ病が増えています。WHOの調査によると、人口の4〜6%がうつ病に罹患していると言われます。特に目立つのは軽症のうつ病です。社会構造が複雑になり、ストレスの多い世の中です。うつ病が増えても当然かもしれません。しかし、だからといって手をこまねいてはいられません。うつ病は基本的には治る病気ですし、予防もある程度可能なのです。うつ病を克服するには、まずうつ病をよく知ることが必要です。

 うつ病は「気分障害」とも呼ばれますが、その名の通り確かに「気分の落ち込み」、「憂鬱」、「気分が晴々しない」など気分の障害が基本の症状です。しかし、必ずしも、これら気分の障害がはじめから自覚されるとは限りません。むしろ、病初期には目立たないことすらあるのです。うつ病の初期に多く自覚される症状には「不眠」「食欲低下」「性欲減退」「億劫」「テキパキできない」などがあります。不眠のタイプには@寝つきがわるい、A途中で目が醒める、B早朝に目が醒めて眠れないなどがありますが、うつ病の不眠は特にABで特徴づけられます。これに加えて、目が醒めたあと床の中であれこれ心配事が浮かんで悶々とする、起きたとき「また一日が始まるのか」と気が重くなるといった症状が伴います。食欲低下も必発ですが、食べる量の変化もさることながら、味わえない、おいしくたべられないと表現されることが多いのです。「億劫さ」はそれまでの日常生活で何の抵抗もなくできていたことが億劫になります。朝、出社前に必ず新聞を読んでいたサラリーマンが新聞の活字を見るのが億劫になる、家庭の主婦がそれまで午前中に掃除、洗濯をさっさとすませていたのが、億劫になってなかなか終わらなくなるなど。また、趣味をもっていたひとが趣味に熱が入らなくなるのも危険信号のひとつです。以上のような初期症状に気付いたら早めに専門医に相談することが大切です。うつ病もまた、早期診断、早期治療が原則なのです。

 軽症のうつ病は短期間の休息と少量の抗うつ薬の服用で軽快することが多く、長期の通院を続ける必要はありません。ただ、うつ病という病気は再発することが多いので、再発を繰り返す場合には再発防止の手立てが必要になります。再発を繰り返す例では多くの場合誘因になるストレスが存在します。誘因あるいはその患者さんの生活状況、ストレスなどを細かく点検してうつ病の再発に絡んでいるストレスを除去する(可能な場合)ことも必要です。

 以上はうつ病になった場合の話ですが、これからの時代はうつ病にならないための工夫も必要です。うつ病の原因は残念ながら、まだ明らかではありません。したがって、予防の手立ても完璧なものはありません。しかし、これまでの多くの研究のおかげで、うつ病になりやすい性格、脳の機能の脆弱性、うつ病の誘因、初期症状などが明らかにされてきました。これらを頭において生活の仕方を工夫することで、ある程度うつ病を予防することは可能と思われます。性格に関して言えば、几帳面、完璧性、徹底性、強い責任感などを持った方が多く、手抜きができずに抱えこんでしまってうつ病がはじまることも多いので、このような性格の方には手抜きすることの大切さを知っていただくようにしています。誘因の研究からは、昇進、退職、転勤、など仕事に関係したもの、新築、転居、子供の結婚などの家庭環境の変化に関するもの、出産、身体疾患などからだに関するもの、離別、死別などの喪失体験などが明らかにされており、特に上記の性格をもつ人がこのような状況におかれた場合には周囲のサポートが大切であり、うつ病を避けて通ることも可能になるわけです。

 うつの時代を生きるためにはうつ病をよく知ることが大切です。そして、兆候があればできるだけ早く専門医に相談してください。

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文責  樋口 輝彦
ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.7 1997 WINTER