非定型うつ病(現代うつ病)

貝谷 久宣

医療法人和楽会理事長、同パニック障害研究センター所長

メディカル朝日,第39巻第2号,p24-25,2010

 非定型うつ病は、現代うつ病と言われることがあるが、実は非定型うつ病の原著は、1959年に刊行されたイギリスのWestとDallyによるものである。そして当時の記載は現代にも通じる。非定型うつ病が決して“現代型”というわけではなく、非定型病像を呈するうつ病が増えたということであろう。

 非定型うつ病は、パニック障害がイミプラミンによく反応する症候群であるということからその疾病概念が成立したのと同じように、モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)という薬物に反応した症候群である。現在、わが国で上市されているMAOIはパーキンソン病治療薬としてのセレギリン塩酸塩だけで、うつ病治療薬としては認可されていない。

憂うつ感やイライラ感を示す女子大生の例

 女子大学3年のAさんは、小さい時から人見知りが強く、中学生の頃より友人との人間関係でくよくよと繰り返し悩んだり、人前で異常な緊張をしていた。学校で発表しなければならない日の朝、体が重く登校できないことがあった。

 高校2年頃より、時々憂うつ感、イライラ感が強くなり、家で母親に当たることが増えた。そんな状態は、過食や親しい友人との気晴らしで解消していた。大学に入り、ボーイフレンドから化粧が派手だと指摘され、ひどく傷つき落ち込み、彼とは会わなくなった(拒絶過敏性=自分のプライドを傷つけられることに対する異常な過剰反応)。また、友人に会った後、激しい疲労(鉛様麻痺=四肢が鉛のように重く、時に発作的に出現する)で数日間寝込んだ。

 大学3年になり、登校できない日が多くなり、休学し、それを機に心療内科を受診した。気分がふさぎ込むと、終日、ベッドで過ごし、甘い物を発作的に大量に食べた。気分が良いと、彼に会い、夜遅くまで帰らなかった。母親の苦情に激しく反応し、口論が増えた。また、就寝前、理由なく突然、流を涙し、憂うつ感、絶望感、不安・焦燥感が襲う発作が増えた。この発作は高校時代から時々あった。

 この発作に引き続き、過去の失敗や忘れたい嫌な思い出がフラッシュバックし、動悸や息苦しさに苦しんだ。そのような時は、いたたまれず手首を切ったり、布団をたたいたり、叫んだりした(不安・抑うつ発作)。

病的な不安・抑うつ発作を見過ごさない

 この病態は、気分が良いと元気に飛び回ることができ(これが著明であれば双極U型障害となる)、いったんふさぎ込むと不機嫌で、終日寝るか食べる状態である。精神医学的には、気分反応性、過眠、過食があると理解する。対人関係で傷つくと、鉛様麻痺や拒絶過敏性が認められた。従来の精神医学で気付かれなかった重要な症状は、不安・抑うつ発作である。この状態は非常につらいので、その対処行動としてアクティングアウト(葛藤が言葉によらない行動で表現される)が約半数の若い患者に見られる。

軽症PTSDととらえ、適切な治療につなげる

 表面的な行動にとらわれて患者の真の病的症状を見逃さない。例えば、リストカットや大量服薬といった異常行動に目を奪われているのではなく、その根底にある不安・抑うつ発作を治療することが重要である。非定型うつ病には、境界性人格障害(感情を制御できなくなり自己破壊行動に走るなどの思春期から成人期にかけて起こる人格障害)の診断がなされていることがあるが、筆者はあくまでも病気による性格変化と理解している。このあたりは、古い論文にきちんと書かれている。イギリスのSargant(1960)は、以下のように記述している。

 「非定型うつ病の一部は大ヒステリーに表面的には類似したケースがある。しかし、大いに異なっている点は、発病までは、彼らは良好な、または時には非常に優れた人格の持ち主であったことだ(
@)。

 発症の2年ぐらい前から、軽い抑うつ状態があったり、感激性が増したり、どことなく不安であったり、そして時に、街頭に出たり、ひとりで旅行することに不安・恐怖の既往がある(
A)。

 また、気立てが悪くなったり、怒りやすくなったり、過敏で攻撃的になったりと、内因性うつ病とは多くの点で異なっている。彼らは自分の異常な行動に対して病識を持っているが、それをコントロールし改善することはできない」

 この記載で注目する点として、
@については、元来は健常な性格であったことから人格障害という診断は当てはまらないこと、Aについては、不安・恐怖症を併発している事例がまれならずあることが挙げられる。実際にここに示した事例では、社交不安障害(対人恐怖)の診断が可能であったし、重症例は広場恐怖を伴うパニック障害後のうつ病として認められる。不安障害のない一群では、プライドが高く、打たれ弱い病前性格の人が多い。

 現在、多くの研究は、非定型うつ病の中核症状は拒絶過敏性(繊細で破たんを招く対人関係)であるとしている。この対人過敏性の根底には、不安障害や自己愛性傾向の性格が存在する。非定型うつ病は、このような病的な対人関係過敏性に人間関係にまつわるストレスが加わって反応を起こしてしまう状態だと考えられる。

 筆者は、一部の非定型うつ病を「軽傷PTSD」と考えている。そのような意味で、根本的治療は不安障害の治療、生活療法(体を鍛えることが心を鍛えることにつながる)、そして曝露療法であるが、さしあたりの治療として抑うつ気分に対しては抗うつ薬、情動不安定に対しては感情調整薬や非定型抗精神病薬が必要となる。


参考

『気まぐれ「うつ」病 ―― 誤解される非定型うつ病』(貝谷久宣著、ちくま新書、2007年)