医療法人 和楽会

非定型うつ病

憂うつ,過食,眠い,体が重い……若い女性に多いうつ病

非定型うつ病
非定型うつ病

監修/貝谷久宣
(心療内科・神経科 赤坂クリニック理事長)

取材・文/岸原千雅子
イラスト/すがわらけいこ

オレンジページムック『元気が出るからだの本』
P48-53, 秋 2005

落ち込むだけでなく、イライラしたり不安になったり。楽しいと元気にはなるけれど、死にたくなるくらいつらく、傷つくことも多い。そんな「非定型うつ病」が20〜30代女性に増えているといいます。食欲がなく、体重が減る普通のうつ病と違い、過食ぎみになって体重が増えやすいのも特徴。日常でできる対策や病院のかかり方まで、こ紹介しましょう。

若い女性に多いうつ病とは?

うつ病にはタイプがあります
 ふつう「うつ病」といわれるのは、「定型うつ病」とか「メランコリー型うつ病」と呼ばれるもので、気分の落ち込み、意欲や食欲・集中力の低下、不眠などがおもな症状となります。「非定型うつ病」は、この定型うつ病とはタイプの違うもの。定型うつ病とは症状のあらわれ方が違ううえに、対処の仕方も大きく異なるため、注意が必要になります。

非定型うつ病とは?
 非定型うつ病は、何か楽しいこと、望ましいことがあると、気分がよくなります。普通のうつ病(定型うつ病)では、何があっても元気が出ないのに対し、出来事に反応して気分が明るくなるのが大きな特徴です。その他、下表にあるように、タ方になると調子が悪くなる、過食や過眠ぎみになる、などの傾向もみられます。

20〜30代に多いのが特徴です
 この非定型うつ病は、かつて「神経症性うつ病」と呼ばれたタイプ。定型うつ病は、長年勤勉に働いてきた年代に多くみられ、20〜30代でかかるうつ病では、多くがこの非定型タイプと考えられます。とくに20〜30代女性の場合、8割が非定型うつ病にあたるとか。若い男性にも起こりますが、女性では男性の3〜5倍にみられるといいます。

若い女性に多い「非定型うつ病」と「普通のうつ病」には、こんな症状の違いがあります

普通のうつ病

非定型うつ病

好きなことにもやる気が起きず、いつも元気がない
 終始落ち込んで、元気や気力がないのが特徴。出来事の内容を問わず、何に対してもやる気が持てません。とくに今まで積極的に楽しんでいた趣味にも、関心や喜びが持てなくなります。


憂うつな気分だが好きなことには元気が出る
 気分の落ち込みや気力、集中力の低下など、うつ病に特有のブルーな気分はあるものの、楽しいことやいいことがあると、その気分が明るくなります。すなわち、出来事に反応して気分が変わる「気分の反応性」がみられるのが特徴。
朝から午前中に調子が悪い
 「モーニング・デプレッション」と呼ばれ、朝起きたときに調子が悪く、気分が落ち込みます。家事や仕事もおっくうで、何をやる気にもなれない。そんな憂うつな気分がだらだらと続きますが、やがてタ方くらいになると少し気が楽になってくるのが特徴。非定型タイプとぐあいの悪い時間帯がまったく逆になります。




夕方から夜にぐあいが悪化
 一日のうちでは、タ方になると気持ちが不安定になりやすいのが特徴。午前中から昼は比較的穏やかに過ごせるものの、タ方から夜になると不安やイライラが高まってぐあいが悪くなります。「サンセット・デプレッション」と呼ばれ、ときには気分が高ぶって泣きわめいたり、リストカット(手首自傷症候群)などをしてしまうことも。
寝つきが悪い、早朝目覚める「不眠」傾向
 夜ふとんに入っても、なかなか眠れない。夜中にもたびたび目が覚める。朝早くから目が覚めてしまい、そのまま眠れない。とくに早朝に覚醒する傾向が強く、慢性の睡眠不足になりがちです。


いくら寝ても眠い「過眠」傾向
 一日の睡眠時間が10時間以上にも及ぶくらい、過眠傾向にあります。睡眠時間を長くとっているにもかかわらず、昼間には眠けを感じ、いくら寝ても寝足りないような気がするのが特徴。
食欲が落ち、体重は減
 食欲や性欲といった、基本的な欲求が低下するのが特徴。食欲が落ちて食べる量も減るため、やせて体重が落ちます。「元気がない」「やる気が起きない」といった気分の変調に加え、「近ごろやせてきた」「体重が減った」ということから、うつ病の可能性に気づくこともあります。


過食傾向で体重は増
 食べることで気持ちをまぎらわしたり、甘いものが無性に欲しくなって発作的に食べてしまったり、といった過食傾向がみられます。過食症と呼ばれるほどではないものの、そのために体重も増加しがち。また疲労感を通り越して、手足に鉛がついたように、体が重くなるのも特徴です。
頭の回転が鈍る
 頭の回転が鈍ったようになり、ボーッとして集中力が出ないのが特徴。以前なら簡単にすませていた計算が、なぜかできなくなり、間違えてしまう。てきぱきとこなしていた洗濯や掃除がおっくうでたまらなくなり、ボーッと過ごしてしまう。自分が無能になった気がして、自信も喪失してしまいます。




イライラして落ち着かない
 イライラした落ち着かない気分に支配され、集中力が散漫になり、仕事などが手につかなくなります。このため人間関係にもトラブルが起こりやすく、激しい感情をぶつけてしまったり、逆に相手に拒絶されたと感じて絶望的になり、突発的に関係を切るような行動に走りやすくなったりします。

まずは生活リズムを整え、規則正しい生活を送ることが大切です

もともと他人の顔色をうかがい、不安が強い人に多い
 普通のうつ病(定型うつ病)では、きちょうめんでまじめ、完壁主義な人ほどなりやすい、という傾向があります。一方、この非定型うつ病の場合には、他人からどう見られるかを気にし、他人の顔色をうかがう性格傾向がみられます。つねに相手の言うことを尊重し、従うため、小さいときから「いい子」と言われていた人が多いのも特徴。根底には、他者の評価が気になってしかたがない、といった不安があり、子どものころから人見知りがあったり、人前であがりやすいなど対人恐怖的な傾向もみられます。

育った環境も関係しています
 さらに、児童期や思春期に親を亡くすといった、早期の喪失・離別を体験していたり、子どものころに虐待された、あるいは養育者から充分に愛情を注がれなかった体験を持っている場合も多いようです。また、たとえば教室で別の子どもがしかられているのを見て
怖かったとか、電車の中で人がけんかしているのを見て恐怖や不安を覚えたなど、周囲の人の体験に怖い思いをした人にも多くみられます。

脳内物質が関係していると考えられます
 普通のうつ病(定型うつ病)では、脳内で情報交換をしている神経伝達物質のセロトニンやノルアドレナリンが、少なくなっているために起こるといわれています。非定型うつ病でも、神経伝達物質のノルアドレナリンが関係しているのではないかと考えられていますが、まだはっきりしたことはわかっていません。

昼夜逆転など生体リズムの乱れが起こりやすくなります
 私たちの体には、およそ24時間で一巡する生体リズムがあります。このリズムが正常に刻まれていると、朝明るくなると目覚め、暗くなると眠くなるのが普通。ところが非定型うつ病の場合、生体リズムに乱れが生じ、昼間遅くまで眠っていて、そのぶん夜目覚めている昼夜逆転が生じやすくなります。このタイプのうつでは「鉛様まひ」といって、手足に重りがついたように体が重く、ぐったりとした身体感覚を持つことが多くなりますが、これも生体リズムの乱れで、昼間覚醒できないために起こると考えられます。

生活リズムを整え、目的を持って生活することが大切です
 生活のリズムを乱れたままにしておくと、憂うつ、イライラなどの気分や、体の重さといった症状がますます悪化してしまいます。規則正しい生活を心がけることが重要。また定型うつ病では休養をとることが肝心ですが、非定型うつ病では、昼間は目的を持って活動することが、リズムの乱れを改善するために大切です。具体的な方法は、次の生活のヒントに紹介しています。

非定型うつ病を改善する生活のヒント

可能な場合はなるべく仕事に行く
 仕事に行ける場合には、多少つらくても時間どおり会社に出かけたり、仕事に取り組むことも必要です。やらなければいけないことがあり、それに取り組むことが、精神の覚醒を促すため、体内リズムを正常にしてくれるのです。好きなことだけやっていると、睡眠・覚醒のリズムが暴走し、逆効果に。
毎日目標を持って生きる
 朝起きたら、「今日はこれをしよう」「何かをやり遂げよう」と、その日の目標を持って、毎日を生きることが大切。「この本を読もう」など簡単なことでかまいません。「何かをしないといけない」と自分自身で自覚を持つことが、昼間の覚醒を促し、生活リズムを整えるのに役立ちます。
規則正しい生活をする
 朝はきちんと起き、三度の食事を食べ、夜は12時前には寝る。そうした規則正しい生活を心がけましょう。私たちの体内リズムは、朝起きて光を浴びることで調整されます。目に光が入ると、脳の松果体から出るメラトニンという睡眠物質の分泌が抑制され、睡眠がリセットされます。これによって、一日24時間でサイクルする体のリズムが整うのです。
掃除や片づけなど、整理整頓を心がける
 体を動かす方法としては、掃除や片づけなどもおすすめ。適度な運動になるだけでなく、「今日は机の片づけをする」ということが、その日の目標になってリズム調整に役立ちます。きれいになると達成感もあります。さらに体を動かす姿を周囲の人に見られると安心し、感謝されることで人間関係の改善にもなり気分がよくなります。
外に出てウォーキングなどで汗を流す
 一日1回は外に出て、光を浴び、散歩をするなど体を動かすようにします。ウォーキングなどの軽い有酸素運動をすると、それによって脳では気分を安定させる脳内物質の分泌が増え、気持ちが楽になります。

身近な人がうつ病になったら……

うつ病のタイプによって接し方が違います
 普通のうつ病(定型うつ病)では、とにかくゆっくりと体を休め、休養をとることが必要。周囲の人が「がんばれ」と言葉をかけたり、励ますと、本人が自分自身を追い込んでしまうため、よくありません。逆に非定型うつ病の場合は、少し励ますことがかえって本人のためになります。決まった時間に起きて会社に行く。その日の課題をやり遂げさせる。かける言葉はやさしくても、心は厳しく持ちながら、本人の気力を奮い立たせるように接することが大切です。また、普通のうつ病が多くの場合、絶望感によって自殺を企てる(とくに重症期を過ぎて行動を起こす元気が出はじめたときに)危険があるのに対し、非定型うつ病では、周囲の人に助けを求めるサインとして、衝動的に自殺を企てるおそれがあります。不安や焦燥感が強いときは、しっかり見守ることが大事。

非定型うつ病体験談

過眠や過食から体重増加も
(A子さん、28歳、会社員)

 大学卒業後、システムエンジニアとして勤務していたA子さん。2年前、会社の都合で営業職に変わり、3カ月ほどたったころから、体がだるくて朝起きるのがおっくうになりました。昼ごろまで眠るようになり、会社も休みがち。過食ぎみにもなり、菓子パンや甘いクッキーなどを好んで食べ、体重が3s以上増えてしまいました。近くに住む両親が心配して声をかけますが、両親に攻撃的に怒りをぶつけたり、夕方電話してきて「死んでやる!」と叫ぶことが頻発。見かねた両親のすすめで精神科クリニックを受診。うつ病と診断されて投薬治療が始まりました。その後もリストカットをしたり、一度は夜に大量服薬して救急車で運ばれたこともありましたが、少しずつ状態は快方に向かい、小さな会社で再びSEとして働きはじめた今年初めから、毎朝仕事にも行けるようになっています。

自信を喪失し、夫にあたってしまう
(B恵さん、32歳、パー卜勤務)

 B恵さんの長男が小学校に上がったのが、昨年春。担任の先生から「教室で落ち着きがない」「友達とトラブルを起こした」などと電話がかかってくると、先生から「母親失格だ」と責められている気がして、B恵さんはどうしたらいいかわからず、すっかり自信を失ってしまいました。電話が鳴るたびにビクビクし、ふとんにもぐってやり過ごすことも。気分が沈み込み、家事も思うようにできず、外出もおっくうになりました。仕事から帰宅した夫に不安を訴え、聞いてもらえないと物を投げて激しくなじります。包丁を持ち出してしまったことも。このままでは大変と友人に紹介された心療内科にかかり、投薬治療とカウンセリングで少しずつ落ち着きを取り戻しています。

心配なときは旱めに病院へ.普通のうつ病よりも治りにくいことがあります

2週間以上続くようなら精神科か心療内科を受診
 気分の落ち込みがあり、興味や意欲の低下、睡眠のトラブルなどが2週間以上続いているようなら、うつ病の可能性を考え、早めに受診をしましょう。どんな人でも、うつ病になる可能性があります。うつ病は早期に発見し、早く治療を受けるほど治りやすい病気。受診は精神科か心療内科へ。

非定型うつ病はこんなふうに診断されます
 「気分の落ち込み」「興味や喜びの消失」「ボーッとしてやる気が起こらない」などの症状があり、さらに表のような特徴がみられる場合、非定型うつ病と診断されます。病院によっては「定型」「非定型」を区別して診断されないこともありますが、治療法や対処法に異なる部分があるため、注意が必要です。

薬物療法に加え、必要に応じて心理療法が行われます
 非定型うつ病の治療には、下の表のような薬の服用による治療が行われるほか、生活を改善するための生活指導や、考え方を整理しとらえ直すための心理療法が行われます。とりわけ認知行動療法は薬物療法と同等の効果があることが確認されています。また、うつ病には、定型・非定型を問わず、自殺の危険があります。とくに非定型では、人間関係のやり取りの中で感情が激し、衝動的に自殺を完遂してしまうおそれがあるので、注意が必要。ときには入院による治療が行われることもあります。

人によって治るきっかけはさまざま。人間関係がボイントになることも
 休養をとり、適切な治療を受けることで回復していく定型うつ病と異なり、非定型うつ病の場合、悪循環を繰り返すことが多く、なかなか治りにくいのが現状です。しかし、治療を続けるうちにふとしたきっかけに遭遇してよくなることも多くなります。人間関係で不快な刺激が少なくなるなど、人によってそのきっかけはさまざま。職場の人間関係が影響する場合、異動を申し出たり、転職を試みるのもひとつのきっかけになります。

症状が治まっても,薬はしばらくのみつづけます

薬物療法
 非定型うつ病に使われる薬は、抗うつ薬(SSRI〈セロトニン再取り込み阻害薬〉と三環系)を中心に、気分を安定させる気分安定薬や抗精神病薬、不安や不眠を改善する抗不安薬や睡眠薬などさまざまなものが選択されます。薬をのむことで落ち込みやイライラが改善され、気分が安定して楽になります。治るまでに1年は続けてのむことが必要。通常うつ病に多く使われるパキシルなどのSSRIだけでは、このタイプのうつ病にはあまり有効でないことがわかっています。

心理療法・認知行動療法
 薬による治療に加え、リズムを整えるための生活指導や、考え方をとらえ直すための認知行動療法など、心理療法的なアプローチも重要です。このタイプのうつ病では、気分の不安定さを解消するためにギャンブルや買い物、セックス、お酒などに依存する傾向があり、そうしたものにのめり込む罪悪感から自傷行為を繰り返してしまうことも。心理療法の助けを借りて、そうした本人を苦しめる解消法ではない、有効な対処法を身につけていくことも大切です。

認知行動療法のプログラム例
大切な人(親)から愛されているという認知の増強・確認
劣等感の除去
自己主張のスキル
自己の客観視の向上
ストレス・コーピング(ストレスヘの対処法)
情動コントロール

再発しないために
 うつ病は再発しやすい病気です。再発防止のためにも、症状が治まっても薬をのみつづけることが大切。自己判断で薬をやめるのは禁物です。

非定型うつ病と併発しやすい病気・問違われやすい病気

パニック障害
 突然激しい不安にかられ、動悸や震えが起こり、このまま死んでしまうのではないかという恐怖でいたたまれなくなる。こうした「パニック発作」が繰り返し起こり、いつまたその発作が起こるかもしれない、と思うと不安でいられない病気。発作が起こりそうな不安(予期不安)が高じて、乗り物に乗ったり人混みに出かけたりすることができなくなる「広場恐怖」を併発することもあり、それにともなって強い体の倦怠感や無気力を感じる非定型うつ病に陥ってしまうケースも少なくありません。

社会不安障害
 いわゆる「対人恐怖症」と呼ばれる病気。人前に出れば、だれでも多かれ少なかれ不安や恐れを抱くものですが、「人前で失敗するのではないか」「恥をかくのではないか」「他人からバカにされ、変な人と思われたらどうしよう」という心配が過剰になり、人と会う状況を避けがちになって、社会生活にも支障をきたしてしまいます。体にも、「手足が震える」「息が苦しい」「動悸がする」「大量の汗をかく」などの症状があらわれがち。人との関係に過敏になるあまり、自信の喪失やひきこもりなどから非定型うつ病に至ることも。

境界性人格障害
 対人関係が不安定で、過剰な理想化と過小評価との両極端を揺れ動くのが特徴的。気分も安定せず抑うつ、イライラ、不安などの間を変動し、空虚感や見捨てられている不安を抱えていることが多くなります。また他者に受け入れてもらいたい半面、それが得られないと激しく怒りを爆発させて相手を責めたて、リストカット(手首自傷症候群)などを繰り返す、といった様子がみられます。そのため非定型うつ病と混同されたり、また併発することが少なくありません。