冬季うつ病

医療法人和楽会理事長 貝谷 久宣

パンプキン1月号,No.226,p118-120,2010

日本人に多いうつ病は、早めに治療しておくことが何より大切。
また、症例は少ないものの、冬場にのみ発症する冬季うつ病もあり、この時期、心当たりのある人は、受診することが勧められます。
しかし一方で、ちょっとした不調をうつ病のせいにしてしまう風潮も。
うつ病の種類を正しく知ることが大事です。

 うつ病というと、気分が落ち込む、やる気が起きない、悪いことばかり考えてしまう、などの症状が、常時続く病気だと理解している人は多いでしょう。また最近は、マスコミなどでうつ病を取り上げる機会が増えたこともあり、ちょっと落ち込んだだけでもうつ病だと考える風潮が広まっているようです。この結果、医療費増大につながると指摘されたり、抗うつ薬の使用を制限しようという動きに発展したり、といった状況が見られます。
 うつ病は、落ち込み、抑うつなどを基本症状として、ほかにもいろいろな症状を有する病気のグループです。一定の症状が常時出ない場合もあります。どのような状態がうつ病なのか、いまの症状は何の病気なのか、治療が必要なのかをきちんと理解することが、本当に治療を必要としている患者さんが適切な治療を受けられる環境づくりの基本と言えるでしょう。
 日本人のうつ病患者は約600万人いると言われますが、治療を受けているのはその1割弱。自殺者の約7割がうつ状態にあり、日本は先進国でワースト2位の自殺大国であることを考えると、うつ病を正しく理解することは早急の課題と言えそうです。

 うつ病は、抑うつ症状だけが現れる大うつ病、抑うつ状態と躁状態の両方が起こる双極性障害に分類でき、そのなかでも症状の出方や治療法によってさまざまに分類されています。
 うつ病の多くを占めるのが大うつ病で、以下の「大うつ病エピソード」に該当するかどうかで診断されます。

@ほぼ毎日、一日の大部分の時間、気分が憂うつである
Aほぼ毎日、一日の大部分の時間、何に対しても興味と喜びを感じない
B1か月で5%以上、体重の増減が見られる、またはほとんど毎日、食欲がないか過剰にある
Cほぼ毎日、眠れないか、過眠だ
Dほぼ毎日、イライラしているか、何もしない
Eほぼ毎日、すぐに疲れる、あるいは気力が続かない
Fほぼ毎日、自分に価値がないと思う、または自分を責めてしまう
G思考力、集中力、決断力の低下
H死ぬことをしばしば考えたり、自殺の計画を考えたりする

 これらの
@Aを含む5つ以上に該当し、日常的につらい場合は大うつ病が考えられます。ただし該当しているなかでも、うつ病の種類によって特徴的な症状の出方があります。

 冬季うつ病は、季節性うつ病(季節性気分障害)の一種で、冬場にのみ「大うつ病エピソード」の症状が現れる、つまり冬だけうつ病になるという病気です。秋ロに悪化し、春に消えるということが2年以上続く場合、この病気と診断されます。
 なかでも過眠と過食、とくに甘いものを無性に食べたくなるという症状が見られるのが特徴で、常識を超えてチョコレートなどの甘いものを食べつづけ、1日に10時間寝てもまだ起きられず、肥満してしまうといったことが起こります。
 「冬になると眠くて仕方がない」「甘いものを食べたくなる」という人は多いでしょう。しかしほかにも大うつ病エピソードの症状があることが前提であり、起きたくても起きられないから仕事ができないなど、本人にとっては大変に深刻でつらいものです。日本ではまれな病気であり、「何となく冬は引きこもりたい」という気分の変化とは一線を画して考えるべきですが、逆に、日常生活に支障を来すほどの症状が2年以上続いたら、病院で治療が可能な心の病気の可能性が考えられます。悪化する前に精神科、神経科などの専門医を受診することが勧められます。

 冬季うつ病は、日照時間と深く関係します。通常は昼間、日光を十分に浴びると、目から脳に信号が伝わり、夜間、松果体という部分からメラトニンというホルモンが分泌されます。このホルモンは睡眠を調整し、体内時計を24時間にセットします。体内時計は自律神経やホルモン分泌などにも関与しているので、冬場に日光を浴びる量が減ってメラトニンが十分に分泌されないと、睡眠と覚醒のリズムが乱れ、疲れやすい、食欲が制御できない、気力がなく落ち込む、といった抑うつ症状が出やすくなってしまうのです。
 もちろん、だれもがうつ病になるわけではなく、体質にもより、自律神経の働きを乱すストレスを多く抱えている人、性格は穏やかで感情豊かな人がなりやすいと言われます。
 治療には人工的に光を浴びる光照射療法が用いられます。これは3000ルクス(一般的な学習スタンドの2〜3倍程度)の光を毎朝数時間、器械を使って浴びるもので、自宅で行うこともでき、数週間のうちに症状が改善されます。あわせて気分安定薬である炭酸リチウムを継続的に服用することで、発症を予防します。通年の服用が必要ですが、毎冬、閉じこもっていた人が、元気になったという例もあります。

 冬季うつ病に限らず、体内時計が規則正しく作用することは、多くの心の病気の改善・予防に有効です。
 そのためにはできるだけ毎日、同じ時間に起き、朝の光を浴びること。どうしてもつらくて起きられない人は、部屋の照明を明るくして浴びてもいいでしょう。そして3食規則正しく食べること。とくに朝食をとると血糖値が上がり、1日の活動エネルギーになります。
 生活リズムをつけるだけでなく、運動すると脳から抗うつ作用のあるホルモンが分泌され、また神経の成長を促すことも明らかになっています。無理にジョギングをしようなどと考えず、部屋を片付けるところからはじめ、徐々にウオーキングなどをしていくといいでしょう。
 ところで、過食や過眠を目の当たりにすると、家族はどう対処していいか戸惑うものですね。うつ病の過食は、食べることによってインスリンを上げ、抑うつ感をやわらげようという、無意識の自衛手段と見ることができます。睡眠に関しては、体内時計が乱れ、じつは夜間熟睡できていないのです。そういう面を理解し、患者さんがどんな協力を家族に求めているか、積極的に起こしていいのかなど、具体的な接し方を話し合って決めておくといいでしょう。


日光が体内時計をリセット

目から入った光の信号が脳に入ると、松果体という部分でメラトニンが産生・分泌されます。メラトニンは視床下部にある体内時計を規則正しく動かし、夜間の睡眠を促します。

増えている“非定型うつ病”とは

 これまでうつ病は、好きなことをしていても気持ちが晴れず、自分を責め、うつうつとした気分がずっと続く病気だと言われてきました。しかし近年、これに当てはまらないタイプのうつ病があることが明らかになってきました。非定型うつ病と呼ばれ、すでにうつ病と診断されている人のうち3〜4割がこのうつ病ではないかと指摘されています。非定型うつ病診断・治療の第一人者でもある貝谷先生は、従来のうつ病(定型うつ病)と異なる非定型うつ病の主な特徴を以下のようにあげています。

周囲の状況に応じて気分が激しく変動する
うれしいことがあると気分が晴れる
思いどおりにならないと他人のせいにする
過食、肥満、過眠になりやすい
夕方に憂うつになる

 これらの症状から、単なるわがまま、自分勝手な性格だと誤解されがちですが、本人の意思ではコントロールできず、抑うつ状態にあるときは大変につらい思いを抱えています。悪化すると、衝動的に自殺を考えることもあると言います。
 この非定型うつ病は、「ストレスが蔓延する現代社会において、自我が十分に育っていない若い世代が、ストレスをきっかけに発病するケースが増えている」と貝谷先生。定型うつ病と治療法が異なるとも。周囲に疑わしい人がいた場合、本人を傷つけないように客観的な意見として、精神科など専門医の受診を勧めてみることも大切かもしれません。