ストレス講座 〜その5〜

ストレス潰瘍

早稲田大学人間科学部教授
野村 忍

 私の親戚で中学校の教師をしている人がいますが、田舎に帰った時に胃潰瘍で困っているという相談を受けたことがあります。よくよく話しを聞いてみると、しばらく前に転勤して風紀の悪い学校へ赴任し、しかも生徒指導部長を任ぜられ、非行やら暴力事件の善後策に日夜奔走しているうちに胃潰瘍になったということです。このようにストレスが潰瘍の発症や経過に影響していることは広く知られており、ストレス潰瘍という名称は古くから有名です。ストレス潰瘍の特徴は、なかなか治りにくく、多発性で、しかも再発しやすいというやっかいなものです。

 胃潰瘍の原因は、食べ物を消化する胃液(攻撃因子)とその胃液から胃粘膜を守る働き(防御因子)のバランスがくずれることによると考えられています。つまり、胃酸やペプシンの過剰分泌、迷走神経の興奮など攻撃因子が強く、胃粘膜表面の粘液や血流の減少など防御因子が低下すると胃炎や潰瘍ができます。ストレスは、この防御因子を低下させ、攻撃因子を強めることで潰瘍に悪影響を及ぼしています。最近になって、胃の中に生息するヘリコバクター・ピロリ菌が潰瘍の原因として注目されていますが、必ずしもピロリ菌だけで潰瘍になるわけではなく、原因の一つと考えた方がよいでしょう。

 胃潰瘍の症状は、上腹部痛、吐き気、胸やけ、げっぷ、腹満感、食欲不振などで、ひどくなると出血して、吐血、下血することがあります。他の症状としては、不眠、倦怠感、肩こり、頭痛、背部痛などの慢性的な過労によるものと同時に不審、焦燥感、過敏、抑うつ感などの精神的な不調をともなうこともあります。

 胃潰瘍の診断は、右記のような胃腸症状があれば、まず胃]線検査を受け、なんらかの異常があれば胃内視鏡で確認するという手順になります。熟練した消化器医であれば、最初から内視鏡をして確定診断をつけるようにすることもあります。

 内科的治療としては、攻撃因子をおさえ(胃酸分泌抑制剤)、防御因子を強める薬(粘膜保護剤)を服用します。最近では、H2ブロッカー(タガメット、ガスターなど)やプロトンポンプ阻害薬(オメプラール、タケプロンなど)の大変よい薬が開発されていますので、医師の指示を守り、きちんと服用すれば、たいていの場合、2〜3週間で軽快します。ピロリ菌がいる場合は、抗生剤を併用して除菌するとまず再発はしないと言われています。そして、ストレスの影響で潰瘍が治りにくい場合、いったん治っても再発を繰り返す場合は、心療内科的治療が必要になります。心療内科的治療としては、カウンセリングや自律訓練法を行ってストレスを軽減することや薬物療法として抗不安薬や抗うつ薬を服用します。また、ストレスによる行動変化として喫煙・飲酒・食行動などのライフスタイルに偏りが出ている場合があります。ストレス解消の手っ取り早い手段としてのやけ酒、食べ過ぎ、タバコの吸いすぎは、確かに一時的には気分がまぎれてストレス解消に役立ちますが、長期間にわたってストレス状態が続くと生活のリズムが不規則となり、悪い生活習慣となって潰瘍の発症や増悪の原因ともなります。こういう人に、単に 「タバコをやめなさい」「お酒を減らしなさい」「体重を減らしなさい」と言ってもほとんど効果がありません。むしろ、よりよいストレス解消法を考えることの方が重要です。そして、ストレス潰瘍になりやすい性格傾向として、几帳面、内向的、こり性で過剰適応(まわりに気を使い過ぎる)しやすく、感情表現が少ない(我慢する)人が多いので、日頃から、一人でくよくよ考えないで相談相手を確保しておくことが大切です。

ヘリコバクター・ピロリ菌とは?
 胃の中は大変強い酸性の状態でここに細菌が生息するとは考えられなかったのですが、1983年にこのピロリ菌が発見されました。このピロリ菌は、アンモニアを産生することによって胃酸を中和し自身を守るという特殊な働きを持っていますが、このアンモニアなどの有害因子で胃粘膜に炎症を起こし潰瘍が発生すると考えられています。ちなみに、日本人の成人では50〜60%の人が保菌者と言われています。

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ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL. 26 2001 AUTUMN