ストレス講座 〜その9〜

不眠症 〜夜がこわい〜

早稲田大学人間科学部教授
野村 忍

 昔から、健康の条件として「快食、快眠、快便」という言葉があります。つまり、美味しく食べられて、ぐっすり眠れて、よい便が出ることが健康ということです。中でも、睡眠は健康の大きな指標で、一日の疲れを取り、次の日の必要なエネルギーを蓄積する重要な時間でもあり、一日の約1/3の時間を占めています。睡眠には個人差が大きく、ナポレオンが3時間しか眠らなかったという逸話が有名ですが、それほどではないにしても、短い睡眠時間でぐっすり眠る人と、8時間以上眠らないとだめな人といろいろあります。また、加齢とともに眠りが浅くなったり、朝早く目が覚めたりすることはよく知られています。現代の複雑多様なストレス社会にあって、不眠に悩まされている人は多く、日本では不眠の出現率は一般人口の約20%といわれています。今回は、不眠症の分類、治療、生活上の注意点などについて考えてみましょう。

不眠症のタイプ

入眠障害:寝つきの悪いタイプで、眠ろうとすればするほど眠れなくなりますが、いったん入眠すると朝まで眠れるというもので、不眠症の中では一番多くみられます。不安や心配事などの急性のストレスやゴルフの前日に興奮して眠れないというのがこのタイプです。

熟眠障害:眠りが浅く、すぐに目が覚める、夢ばかり見て眠った気がしないと訴えるタイプで、老人の不眠や慢性的なストレス状態で多くみられます。

早朝覚醒:朝早く目が覚め、その後眠れないというタイプで、高齢者に多い傾向がありますが、これには就眠が早すぎるだけで全体の睡眠量は足りているということもあります。また、うつ病・うつ状態では朝早く目が覚めて気分が不快というのが特徴的です。

治療

基礎疾患の診断と治療:身体的疾患(発熱、痛み、かゆみなど)や精神障害(不安障害、うつ病など)による不眠は、まずこれらの基礎疾患の診断と治療が必要です。

心理療法:現実的に避けられないストレス状況があることは当然です。一人で悩んでいては解決つかない問題も誰かに相談することで考えが整理されることも多いので、知人、友人あるいは保健師さんやカウンセラーなどに相談にのってもらうとよいでしょう。不眠の人には、えてして「どうしても寝なければいけない」という“すべし思考”、「まったく眠れない」「一睡もできなかった」といった“全か無かの思考”のような極端な考え方をする人が多い傾向があります。これでは眠ることに意識過剰になり、かえって緊張状態になって、ますます不眠が強くなるという悪循環をきたすようになります。こういう場合は、実際どのくらい眠っているかを客観的に振り返ってみたり、「完全に眠れなくても大丈夫だ」あるいは「目をつむっているだけでも脳は休まる」というようにこだわりをゆるめることが大切です。

唾眠薬:不眠に対する薬物療法はあくまでも対症療法ですが、不眠に対するとらわれが強く、悪循環をおこし慢性化している人には、「眠れる」という安心感を持つ意味でも睡眠薬は有用です。ただし、睡眠薬の使用にあたっては、副作用や依存性の問題がありますので、医師の指示を守り、不眠症のタイプにあった適切な薬剤を服用することが重要です。

生活上の注意・予防

 多くの人が悩んでいる不眠は、心理社会的ストレスによる反応としてあらわれるものです。自分では処理できない過重な責任や悩み、緊張状態などで眠れなくなる場合と、ストレスによって生活のリズムが乱れたり、就寝前の過剰な飲酒・喫煙あるいは刺激物などの生活習慣(ライフスタイル)の変化によって睡眠障害になる場合があります。これらの場合は、日頃からストレス解消法を身につけておくことや相談相手(ソーシャル・サポート)を確保すること、ライフスタイルに注意して規則正しい生活リズムをこころがけることが大切です。睡眠薬も有用ですが、必要最小限にして、できれば薬を使用しなくても「快眠」をとれるようにこころがけたいものですね。また、心身の過度な緊張がある人には、リラックスする方法として自律訓練法を練習したり、最近では音楽・映像テープやアロマテラピーなどの快眠グッズが市販されていますので試してみるのもよいでしょう。

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ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL. 30 2002 AUTUMN