ストレス講座 〜その12〜

スランプからの脱出法(その2)

早稲田大学人間科学部教授
野村 忍

 巨人の名誉監督である長島さんが、以前名球会のコマーシャルで「プレッシャーを楽しむことができればいいですねー」と軽く言っていたのを覚えている方も多いと思います。長島さんにまつわる逸話はたくさんありますが、その中の一つを紹介します。

 彼は、現役時代にベンチの中で「なるべく重大な場面が回ってこないかな、できれば二死満塁で、一打サヨナラの場面が来るように…」と祈って待っていたということです。そこで、いざそういう場面になると「よし来た!」という感じで力ーンとタイムリーを打つ。チャンスに強い「印象に残る男」になったのも当然というわけです。

 それと対照的に、実力はあっても大事な場面になると緊張でガチガチになって思うように働けない人も随分たくさんありました。野球というゲームの中でも、プレッシャーのかかる場面で、それをどういうふうに受け止めるかによって全く違った結果になるというわけです。

 ストレスがかかった時に、「ああピンチだ、困った、大変だ」というふうに受け止めると「あれも大変、これも大変、八方ふさがりでどうしようもない」というようにどんどん悲観的になり自滅してしまいかねません。そんな時、「おっチャンスだ、ラッキーだ」というふうにまったく別な角度から見直すと非常に新鮮な考え方ができることが多々あります。こういう発想の転換をうまくできる人は、ストレスに対して強く、スランプに陥りそうになってもすぐに立ち直り、かえって元気になるというわけです。その身近な例を「ことわざ」の中から見つけてみましょう。

 ことわざに見る発想の転換 

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
 これは、幽霊だと思って恐ろしがっていたものをよくよく見ると、風にゆれる枯れすすきであったという川柳です。
 びくびくして見ると恐ろしく見える物事も、正体がわかってしまえば案外たいしたものではないという意味です。パニック障害の人は、ちょっと動悸がしても「心臓病で死ぬのではないか」とすぐに考えて、不安や恐怖がふくれあがって発作につながってしまうことがあります。こういう時には、症状や気分の状態を点数をつけて記録するとより客観的にみることができるようになります。

「明日は明日の風がふく」
 フーテンの寅さんのセリフみたいですが、スランプに陥ると過去のことを後悔し、先のことを心配してくよくよし、今日を空しく過ごしてしまいがちです。
 明日は明日にまかせて、今日をせいいっぱい生きることが問題解決への近道です。

「冬来たりなば、春遠からじ」
 昔の映画のタイトルにもなっていましたが、厳しい冬がやって来たならば、暖かい春がすぐ近くまで来ているという逆転の発想です。「冬=寒くてつらい」という認識から「冬=春が近くてまちどおしい」という認識へ変容するもので、生活の知恵の代表的なものです。
 うつ病になると「トンネルに入って出口が見えない」とよく言いますが、トンネルには必ず出口があります。いまスランプの状態でも、出口が見えるのを楽しみに待つという発想に転換するとうつ状態はだんだん良くなっていきます。

「楽は苦の種、苦は楽の種」
 これは、いま楽をすれば後で苦労をし、先に苦労をすれば後は楽になるというもので、楽であるからといっておごらず、苦であるからといって嘆かないという意味です。
 おうおうにして苦労が多いと、あれもだめ、これもだめと暗くなってしまいますが、「苦は楽の種」と割り切ってしまうと意外とはやくスランプからぬけだせます。

 以上、ことわざの中から発想の転換に役に立ちそうなものを選んでみました。気に入ったものがあれば、名刺の裏にでも書いておいて、いざという時のための切り札として活用してみましょう。また、自分でスランプを脱出するための川柳をひねってみるのも一興です。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL. 33 2003 SUMMER