ストレス講座 〜その18〜

社会恐怖(社会不安障害)

― 人がこわい ―

早稲田大学人間科学部教授
野村 忍

 社会恐怖とはあまり聞き慣れない言葉ですが、対人恐怖、あがり症、赤面恐怖、視線恐怖などを含んだ名称で正式病名では「社会不安障害」と言います。誰でも、人前では緊張したり、あがってしまうことはよく経験するところですが、こういう問題のために社会生活が障害されるようになるとある種の病気ということになり、何らかの治療が必要になります。心理的なベースにあるのは、「恥をかいたらどうしよう、失敗したらどうしよう、変な人だと思われたらどうしよう」といった予期憂慮・心配・はからいで、これが強すぎると、不安・緊張とともに、動悸、発汗、ふるえ、顔面紅潮(赤面)などの自律神経症状を呈することになります。家族や親しい人とは平気で話ができますが、社会的場面や人前では極度の緊張や不安を感じ、そういう場面を回避するようになります。人前で話ができない、はじめての人や権威のある人と顔を合わせられないということになりますと学校や職場に行けない、まして接客業などはとてもできなくて社会活動が制限されてしまいます。

 社会恐怖は思春期・青年期に発現することが多く、有病率は人口の約8%とかなり多いと考えられています。この病気は、人々から注視されることに対する恐怖感を主とする症候群で、以下にあげるような特徴があります。

1 人前で注視されることに対する恐怖感。
2 恐怖している社会的場面で、不安反応が誘発される。
3 自分で恐怖が過剰あるいは不合理だと思っている。
4 恐怖する社会的場面を回避する。
5 回避行動、予期憂慮のために、社会的活動が制限されている。

 上記のような症状が、長期間(6ヶ月以上)にわたっている場合に、社会恐怖と診断します。

 治療は、認知行動療法と薬物療法(特にSSRI)との組み合わせが最も有効と考えられています。

@ 認知行動療法
認知行動療法とは、問題行動を不適切な学習の結果と考え、より適切な行動に変化させていく技法の総称です。心理教育、セルフモニタリング、不安場面に暴露させる方法(エクスポージャー)、社会的技術訓練など問題行動に応じていろいろな方法があります。社会恐怖の認知行動療法としては、これらの技法を組み合わせて行いますが、中でもエクスポージャーが最も効果的です。
A 薬物療法
抗不安薬:不安・緊張・恐怖感のレベルを下げることを目的として、抗不安作用の強いアルプラゾラム、ブロマゼパ厶やクロナゼパムが使用されます。
SSRI:選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)は新しい抗うつ薬ですが、最近になって社会恐怖に有効であるという研究が多く発表され、欧米では第一選択薬とされています。日本でも臨床研究が行われており、同様の結果が得られています。

 社会恐怖の原因は、幼少時から人見知りが強いこと、集団の中に入りにくいこと、人との接し方がうまく習得できないことなどの素因・性格的要因がベースにあって、何か人前で恥をかいた〜失敗したという心的外傷体験が予期憂慮および回避行動を強くすると考えられます。こうしたことは誰しも経験することですが、ソーシャルスキルを獲得するとともに解消していきます。人前で不安・緊張が高まり、時にはドキドキしたり汗をかいたりするのは当然の反応ですので、それを「恥ずかしい〜異常」と考えないことがポイントです。引きこもってくよくよ考えるとますます恐怖感は強くなりますから、よく言われるように「清水の舞台から飛び下りるつもりで...」思いきって何かをやってみると意外に気持ちがふっきれるものです。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL. 39 2005 WINTER