ストレス講座 〜その20〜

ストレスと摂食障害

早稲田大学人間科学部教授

野村 忍 

摂食障害とは何か?

 摂食障害とは、神経性食欲不振症(拒食症)と神経性大食症(過食症)の総称です。

 両者は一応区別されていますが、ある時期に拒食であったものがその後過食へと移行する場合が約60〜70%見られ、本質的には共通の病態と考えられています。旧厚生省の研究班による神経性食欲不振症の診断基準を以下に説明します。

1 標準体重の-20%以上のやせ
標準体重の-20%以上のやせが、ある時期に始まり3ヶ月以上続く場合で、典型例では-25%以上やせることもあります。
2 食行動の異常
食行動の異常は、単に食べないだけではなく、経過中には逆に過食、大食あるいは隠れ食いをすることもあります。
3 体重や体型についてのゆがんだ認識
極端なやせ願望、肥満恐怖やボディ・イメージの歪みがみられますが、自分では病的だと思っていないので病識に欠けることがあります。
4 30歳以下の発症
この病態は、思春期の女性に多いと考えられてきましたが、最近では30歳以上で発症するケースもあります。
5 無月経
体重減少や心理社会的ストレスによって、女性ホルモンのアンバランスが生じ、二次的に無月経となります。

摂食障害の原因は?

 摂食障害は、典型的には若い女性がやせようとして極端なダイエットして、その結果著しい体重減少をきたし、栄養失調、無月経、ホルモン異常などさまざまな症状を伴う病態です。以前は、視床下部ー下垂体系や中枢性摂食調節の機能異常によると考えられていましたが、最近の研究ではこれらの身体症状は、極端なやせ、低栄養状態に伴う二次的な変化と考えられています。

 この病気は「神経性」という名前がつけられているように、心理的ストレスにより摂食行動の異常をきたした状態です。家庭、学校、職場、友人などの人間関係での悩みや自己実現、独立と依存の葛藤などの発達上の課題に対するとまどいから発症するケースが多いようです。精神分析の立場からは、成熟拒否、女性性の拒否、肥満恐怖そして幼児期への退行と理解されていました。行動論の立場からは、心理的なストレスに対する適切な対処をとることができずに、もっぱら摂食してやせることで対処していると考えられています。

摂食障害の治療法

1 身体的な治療
この病気は、長期間の節食〜拒食により著しい体重減少をきたし、極端な例では栄養失調で衰弱死するケースも数%みられます。したがって、高度のやせで栄養状態が低下した場合には、身体的治療が最優先で、点滴、高カロリー輸液などで栄養状態を改善することが必要です。
2 行動療法
行動療法は、食行動異常を誤った学習による不適応行動と考え、それを修正し、より適切な食行動を再学習するという治療法です。
3 認知行動療法
この病気の特徴として、体重・体型についての歪んだ認識の仕方や「少しでも食べはじめるとどんどん太っていって止まらなくなる」とか「○○kg以上になると自分はだめな人間だ」というような極端な考え方をする人が多いので、このような認知のゆがみを修正するという認知行動療法が必要です。
4 家族療法
この病気は、家族の人間関係のあり方と密接な関わりを持っています。家族療法は、家族システム全体の問題として取り組み、家族関係のあり方を調整していく治療法です。
5 心理療法
この病気になる人は、多かれ少なかれ発達上の自立・自己実現という問題を抱えていたり、心理的葛藤の処理の仕方や対人関係上の問題を持っています。これらの点に関しては、心理療法により、自我発達・自己成長へ向けての援助が必要です。

おわりに

 摂食障害の有病率は、若い女性では0.5〜3%と考えられています。病識に乏しいために自分で医療機関を受診することは少なく、治療への動機づけが難しい場合があります。摂食障害が心身に及ぼす悪影響について十分理解し、治療意欲を持ってもらうことが重要です。昨今のダイエットブームにのって、若い女性がダイエットを始めることは多いのですが、外面の美しさを追い求めるのではなく、内面の心の豊かさを取り戻したいものですね。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.41 2005 SUMMER