コーチングのすすめ
 〜コミュニケーションの改善のために〜


 前々回、相手の話をしっかり聞く(傾聴)ということについて一ロコラムに書きました(「聞くのが8割、助言は2割」)。まずは、話をしっかりと聞く、相手のことをしっかりと理解する、という事から、良好なコミュニケーションは始まると思うのですが、これがなかなか難しい。親子、夫婦など家族の間で会話がうまくいかない、こちらが言いたいことを相手にわかってもらえない、話をちゃんと聞いてもらえないといった悩みは、やはりよく聞かれます。患者さんご本人からもご家族からも、その両方から、いったいどのように相手に話しをしたらいいのでしょうかと、しばしば助言を求められます。対話を始めるとお互いに相手に対する批判の応酬合戦になってしまうと言われる方もおられました。

 私は最近、こういった相談を受けた場合に、しばしば“コーチング”の本を読んでみられるようにおすすめしています。コーチングというのは、もともとスポーツの世界から生まれた言葉です。技術や知識を相手に教え指導することをティーチングと言うのに対して、本人のやる気や可能性を引き出して本人がもともと持っている能力を高めて行くのがコーチングだということです。これが、ビジネスの世界に広がって、上司による部下の育成などに効果を発揮し、注目を集めるようになったようです。近頃は、少し大きな書店に行くと、ビジネスのコーナーなどにコーチング関係の本が何冊も出ているかと思います。

 コーチングの内容をみてみますと、カウンセリング的な考え方や技法が非常に具体的でわかりやすい形で取り入れてあって、ビジネスの世界に限らず、人間関係全般のコミュニケーションの改善に、大変、参考になります。

 後ろにいくつか参考図書をあげましたが、@の「コーチングの技術」は特におすすめです。副題が「上司と部下の人間学」となっていますが、「親と子の人間学」、「夫婦の人間学」、「教師と生徒の人間学」と言っても良い内容です。

 たとえば、「相手の話をしっかりと聞く」ということについても、非常に興味深いエピソードが書かれています。会社の研修において、「部下の話をよく聞こう」と言う課題で、上司役と部下役に分かれてロールプレイ(役割実演、模擬体験)をしてもらったところ、たいていの場合、上司役が黙って相手の話を聞いていたのは長くて1分ほどで、気がつくと、上司役が一方的に話をしていたそうです。部下役の人に感想を求めると、「悩みを聞いてもらうというより、うんと励まされた。もっと頑張らなきゃいけないのかと気分が重くなった」ということです。上司役は相手の悩みをよく聞くという事が具体的にどうすることなのか分からないために逆に話をしてしまうのだそうです。著者は「黙って視線を合わせ、相手の話す速度に同調して相づちを打ってください」と助言しています。

 相手の話を聞こうと思って質問していながら、相手の答えが待てない人がいる(実は、たいていの人が待つことができません)、質問をしたらその後は黙って相手の答えを待つ、相手が沈黙してしまう場合はその沈黙が何を意味しているか考える、相手の沈黙を恐れない、一瞬、我慢をして待てば相手は自然に話し始めます、と著者は、わかりやすく説いています。

 コーチングと言うものがどういったもので、どういう環境で活用されるのかが紹介されたあと、「コーチングの技術」の章では、相手の心を開く方法から始まって、状況に応じた質問の仕方、相手が聞いてもらっていると感じる聞き方、相手のやる気を引き出す方法(説教や叱ることはほとんど効果がない)、自分の感情をコントロールし意見を率直に述べる方法などが、ひとつひとつ具体的な例をあげて書いてあります。この際、単にコミュニケーションの技法的な事柄だけが述べられているのではなく、相手のことを「能力を備えたできる存在である」ととらえて、相手を承認し祝福していくというコーチングマインドの大切さが強調されています。

 そして、最後の章では、「セルフコーチングのすすめ」ということで、自分で自分をコーチングするということについて書いてあります。自分で自分を信頼し、自分からやる気を引き出し、人生の一層の充実を目指して前進するよう自分自身を力づける方法についての、著者の提言がまとめられています。

 参考になることがきっといくつかあると思いますので、どうぞ、一度お読みになってみてください。

  お薦めの参考図書

@ コーチングの技術――上司と部下の人間学 講談社現代新書 菅原裕子(著)
A コーチングから生まれた熱いビジネスチームをつくる4つのタイプ ディスカヴァー社 鈴木義幸(著)
B コーチング・マネジメント ディスカヴァー社 伊藤守(著)

医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長

吉田 栄治

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.41 2005 SUMMER