プラスに誤解しよう

 患者さんの話を聞いていると、親しい間柄でもお互いに相手の気持ちを理解すると言うことはなかなか難しいことなのだなと実感することがあります。以前、彼氏からちょっとしたことで叱責されて非常に憤慨してしまったF子さんという患者さんがいました。「私がどんな思いでがんばっているのかということを彼は知りもしないで、何をやっているんだと叱るんです。」と彼女は切々と訴えました。しかし、よくよく話を聞くと、彼のほうもかなり彼女のために頑張っていて、同じような思いが彼のほうにもあることがわかりました。「僕がこんなに頑張って彼女を助けたいと努力しているのに、彼女はそんな僕の気持ちを分かろうともせず、不満ばかりをもらして…。」ということでした。お互いに相手に伝えたい色々な思いがあって、しかし、それがちゃんと相手には伝わっていない。お互いが相手の思いをもう少し肯定的に受け止めることができれば、ギクシャクしてしまった二人の関係も改善してくるのではないかと感じました。「私はこんなにがんばっているのよ」と言うF子さんのメッセージを彼氏はまず肯定的に受け止めること、また、彼氏がF子さんのためにいろいろと心配して言ってくれていることをF子さんも肯定的に受け止めることです。

 コミュニケーションというのは、難しいです。話す側が、ということを伝えたくて、(BとCは説明のつもりで)・B・Cということを話したとします。しかし、聞き手の側は、その時の気分、置かれた状況、何に関心があるかなどによって、話し手が予想もしていなかったことに反応してしまって、本来は補足事項だったはずのをメインに受け取ってしまうということが、日常茶飯事的におきます。そういう時は、言い方を変えて、しつこくを強調しても、やはり相手にはしか伝わらなかったりします(こういった場合は、時を改めて、別の機会にもう一度こちらの気持ちを伝えるようにしたほうがいいでしょう)。

 話す側の伝えたいニュアンスは、100%相手に伝わるわけではなく(果たして何%くらい伝わっているのでしょう)、聞く側のとらえ方によって、全然意味が違ってきます。言葉の裏にどういった意味を読み取るかによって、とらえ方が180度、違ってしまう場合もあります。

 こんなことがありました。患者さんのE子さんは、具合が悪くて小さいお子さんの世話ができないときに、近所に住んでいる義母に家事のお手伝いに来てもらいました。その時、義母がお子さんに、「お母さんは(今日は具合が悪くて)お台所ができないから、おばあちゃんがかわりにやってあげるね」と話します。E子さんは、その言葉に敏感に反応して、不機嫌状態になってしまいました。義母の言葉に、「この人は何もできない駄目な嫁だから…」という否定的な意味を付加してしまったんですね。確かに、いくらかは、義母にも批判的な気持ちが含まれていたかもしれませんが、心配する気持ち、手伝ってあげようというプラスの気持ちも含まれていたはずです。そのプラスの意味の部分を受け取ることができたらよかったかと思います。

 人の言葉というのは、普通、100%マイナスの言葉、100%プラスの言葉というのはないのではないでしょうか?心地よいメッセージでも、考えようによっては、いくらかマイナスの意味が含まれていたり、逆に、かなり批判的なメッセージでもよーく考えるとプラスの意味がいくらかそこにはあるものです。だとすれば、あえて、意識してプラスの意味を受け取るように努力していく、相手の言葉をプラスに誤解していくことが良いのではないかと思います。そうすることによって、相手に対するいらだちの気持ちが静まり、感謝の気持ちを抱くことができるようになるのではないでしようか。

 ただし、とんでもないお人好しになって人にだまされてしまってもいけませんから、相手の言葉をプラスに誤解しつつも、どこかに冷静な目を持っておくことも大切でしょう。

医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長

吉田 栄治



ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.43 2006 WINTER