腹をくくる

 先日、埼京線に乗っていた時のことです。大事な用があってちょっと急いでいたのですが、先行車両の故障か何かで、目的駅のちょっと手前で電車が止まってしまいました。「よりによってこういう急いでいる時にかぎって、電車の故障とは困ったものだなあ」と思ったのですが、まだ予定していた時間までは、15分ほどの余裕もあって、「まあそのうち動き出すだろう」と、しばらく気楽に構えていました。ところが、5分たっても動く気配はなく、だんだん気持ちがやきもきしてきて、「ちょっとまずいなあ、時間に遅れてしまいそうだなあ」と、だんだん心配になってきました。それこそ、少し脈拍が速くなってきている感じでした。

 パニック障害や乗り物恐怖の患者さん方は、こんな状態がどんどん昂じて、動悸がしてくる、息が苦しくなってくる、めまいがしてくる、そして「どうにかなってしまいそうだ!」という状況になってしまうのだろうなあ、などと考えたりもしていました。

 そうこうするうちに、10分近くが経過して、いよいよ気持ちが焦ってきて、少々イライラ、ソワソワもしてきて、「勘弁してちょうだいよ」、「早く動いてよ」と気持ちが落ち着かなくなってきました。少し息苦しいような感じもしてきました。しかし、ここで腹をくくりました。「もうしょうがない」、「遅れてしまったら遅れた時だ」、「もう20分でも30分でも待ちましょう」、「遅れたときの連絡などの対処を一応考えたら、あとはじたばたしても何も好転はしないのだから、もう観念しましょう」、「もう好きにしてください」、「なるようになるさ」と開き直りました。そうしましたらスーッと気持ちが楽になって、あとは、ゆったりと構えることができました。結局、十数分経ったところで電車は動き出し、ぎりぎり時間には、間に合いました。パニック障害の方の不安とは比べようもない些細なことではありましたが、少し考えさせられる経験でした。

 電車が止まった時の不安を口にされる患者さんは多いです。1−2分の停車でも、「いつまで止まっているんだろう」、「早く動いてほしい」、「早く動いてくれないとおかしくなりそうだ」、「本当にドキドキしてきた」、「もうだめだ」などと考えてしまい、ますます具合が悪くなってしまうという悪循環が起こります。そんな時、「もうしょうがない、10分でも20分でもどうぞ止まっていてください」、「具合が悪くなってもなんとかなるでしょう」、「発作は必ずおさまっていくものだと主治医も言っていた」「いざという時は、車掌さんに具合が悪いことを申し出て対処をしてもらいましょう」と、腹をくくってしまうと、案外、気持ちが楽になるのではないかと思います。

 こんな患者さんがいました。その方は、電車に乗る時に、毎回、ドキドキしてきて心臓が苦しくなってしまうために、電車にだんだん乗れなくなってしまったそうです。治療が進んでいく中で、ある時、ドキドキしない工夫をするのではなく、電車に乗る時はドキドキするものなのだと考えることにしたのだそうです。そうしたところ、不思議とドキドキしてくることが減って、落ち着いて乗ることができるようになったと、嬉しそうに報告されました。

 これは、逆説的思考というものですね。「症状が起こらないように、起こらないように」と思っていると余計に気になってしまって、余計に落ち着かなくなってしまうというような場合に、逆に「来るなら来い!」と開き直ってみる、そうすると案外落ち着いてくるものなのです。

 どうぞ、皆さんも、パニック発作の特徴や対処法を学んだら、あとは「来るなら来てみろ」「なんとかなるさ」と腹をくくってみてください。

医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長

吉田 栄治



ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.52 2008 SPRING