雷の思い出

 雷恐怖症の方がたくさんおられて、私たちのクリニックに治療に来られています。雷のシーズンは、そろそろ終わりかと思っていましたが…。

 今日は、9月のお彼岸なのですが、外で、ゴロゴロ雷が鳴っています。ケセラセラの締め切りは、とうに過ぎてしまって、何を書いたものかと思案していたところでした。今回は、なかなか考えがまとまらず、どうしたものかと悩んでいたのですが、外でゴロゴロとなっている雷を聞いていて、私の雷体験談について書くことにしました。

 しかし、ちょっと季節外れの雷ですね。雷のシーズンはもう終わって少し安心したと話しておられた患者さん方が、今頃はドキドキされているのではないかと少々心配しながらこの記事を書いています。

 こんなことを言うとなんですが、実を言うと私は、なぜか昔から雷が案外好きでした。ゴロゴロ聞こえ出すと、ちょっとわくわくしてきます。雷は子供のころから好きで、ピカピカ!と光る稲光、あれを見ると「すごいなあ」と、ぞくぞくしたものです。スペクタクル映画の一場面でも見ているような気分になります。壮大な自然の景観を見たときの感動ですね。

 とは言っても、ゴロゴロなりだした時に、外を歩いているのは怖いです。雷が落ちてきたら、どうしようと思います。足早に家路を急ぎ、建物の中に避難します。しかし、家の中にいるときは、時々、窓から外の景色を眺め、稲光の瞬間を見学したりしています。

 雷が、好きだという人は、案外多いんじゃないでしょうか。かたや雷恐怖の人がいて、かたや雷にわくわくする人がいる。これは、もともとの怖がり体質や子供時代の体験が影響しているのでしょう。子供時代に非常に怖い思いをすると、恐怖のイメージがこびりついてしまう。両親や周りの大人の影響もあるかもしれません。

 ただ、私も、子供時代は両親や祖父母から、雷については散々、脅されました。私の子供のころは、怖いものと言えば、「地震、雷、火事、親父」と言われたものです。

 雷が、ゴロゴロ鳴り始めると、祖父母からは「雷様におへそを取られるぞ」と良く脅されました。雷がひどくなりそうなときは、蚊帳(かや)をつって、電気を消して、その中に祖父母と避難したものでした。今から思うと、蚊帳の中に避難することが何の効果があるのだろうかと思いますが、私の田舎の習慣では、そうしていました。電気を消して、薄暗い中で、祖母が、怖い昔話などを、聞かせてくれたものでした。案外、それが楽しくて、雷に関してあまり嫌なイメージが、しみつかなかったのかもしれません。

 雷に関しては、非常に怖い思いをしたこともあります。中学3年の夏休み、8月の終わりの夜のことでした。離れの部屋で、たまった夏休みの宿題を一人でしていたのですが、雷が鳴り始めて、だんだん音が大きくなってきていました。電気をつけていると、そこに雷が落ちやすいと思っていましたから、いよいよ雷が近くに来たら、電気を消して、おとなしくしていようと思いながら、宿題をやっていたのですが、稲光と雷鳴の間に大分時間があったので、まだまだ遠くだなと、安心していました。すると、突然、ガラガラドッシャーンと、すぐ近くに雷が落ちました。道を挟んだ向かいの納屋のコンクリートの土台に雷が落ちたことが翌日わかりました。その部分のコンクリートが砕けていました。その雷が落ちた瞬間は、頭をドーンと上から平手で殴られた感じでした。同時に停電し、目の前が真っ暗になり、その瞬間、「あ、自分は、死んだんだ」と、思いました。しかし、少しして、意識があることに気がつき、「ああ、大丈夫だったようだ」と思ったのですが、次には「きっと、周りが、すぐに火の海になる」と思い、「早くここから逃げなければ」と考えていました。そうこうするうちに電気がともりました。停電は、ほんの一時のことでした。夏休みの作文の宿題が、まだできていませんでしたので、この日の出来事を書きました。クラスで発表した時は、大いに受けましたが、優秀賞には選ばれませんでした。

 今から思えば、かなり怖い体験だったと思うのですが、なぜか、雷恐怖になることはなく、今日に至ります。もう中学3年生で、幼い子供ではなかったということと、夏休みの作文の題材として面白おかしく書くことができたということが、恐ろしいイメージの定着…ということに、つながらなかった要因でしょうか。

 第一回の一口コラムにも書いたように(“イメージの変換”)、一旦しみついたイメージというものは、なかなか厄介なもので、ぬぐい去ることが難しいところがあるのですが、面白おかしく茶化すくらいの気持ちで、イメージの変換が図れれば、と思います。そもそも人というものは、ハラハラドキドキするスリルを味わうというところがあります。現実的な危険が伴わなければ、「おお、ドキドキしてるぞ、ドキドキしてるぞ」と、楽しんでしまうような心持になれると良いですね。「このドキドキは、スリルだ!」と考えてみましょう。

 ひどい雷の時に外にいることは、もちろん危険ですが、建物の中にいれば、基本的に危険なことはなく(恐怖症の人は、それも、大変危険な状況だと感じてしまうのでしょう)、危険ではないんだということをしっかりと心と体で理解して、少し、ドキドキを楽しんでしまうくらいのつもりになってみましょう。「おお! 今の稲光は、すごかった!」と言えれば、しめたものです。

医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長

吉田 栄治

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.62 2010 AUTUMN