なかなかやる気が起きない時(その三)

 ケセラセラの63号と65号に、二回にわたって、なかなかやる気が起きないときということでコラムを書きましたが、今回は、その三です。

 どうやってやる気を起こせばいいかということについて、いろいろと書きましたが、うつ症状が強い時は、意欲や気力の低下が著明で身体も鉛のように重く、どうにも身体を動かすことができないということが現実にはあり、やる気を出そうと思ってもなかなか難しいという時が確かにあります。具合が良かった頃には、いろいろなことをてきぱきとこなせていたのに、うつがひどくなってしまい、全く何もできなくなってしまったという方は多いです。

 そんな時は、どうすればいいか。基本的には、必要に応じて抗うつ薬などを服用しつつ、十分な休養をとることが大事です。「もう十二分に休んでいる、これ以上どうやって休めばいいんですか」とおっしゃる患者さんもしばしばおられます。しかし、あせらないことが肝心です。起床、洗面、食事、服薬、軽く身体を動かすなどの必要最低限の日課をこなしながら、エネルギーが少しずつ充電してくるのを待つという心持ちで過ごすことです。変に気分転換をしようとして刺激を求めないことも大事です。インターネット、ゲーム、パチンコ、衝動的な買い物などは、やっている最中は気分が一時的に上がったように感じても、あとから、がくんと気持ちの落ち込みが来ます。これらは、エネルギーの浪費につながります。ゆったりと静かな気持ちで過ごすことが大切です。

 ここでちょっと村上春樹さんの小説の一節を、参考までに引用してみたいと思います。ここ数年、村上春樹さんの小説をいくつか読んだのですが、日常の淡々とした生活の様子を描いている場面が、しばしば出てきます。主人公やヒロインが、ちょっとした手料理を作り、家のことを淡々とこなし、近所を散策するというような情景がたびたび出てきます。このあたりに、ゆったりとした過ごし方のヒントのようなものがあるように感じます。村上春樹さんの代表作のひとつである「海辺のカフカ」から、少し抜粋してみましょう。主人公のカフカ少年が、一人、家を出て、遠く離れた街で、図書館通いを始めた頃の様子です。

 6時半にラジオ・クロックで目覚め、ホテルの食堂で何かのしるしみたいな朝食をとる。
・・・(中略)・・・
 部屋で簡単なストレッチをし、時間がくると体育館に行ってサーキット・トレーニングをこなす。同じ負荷を、同じ回数こなす。それ以上少なくもしないし、多くもしない。シャワーを浴び、身体をこまかいところまで清潔にするようにこころがける。体重をはかり、変化のないことをたしかめる。昼前に電車で甲村図書館に行く。
・・・(中略)・・・
 縁側で昼食を食べ、本を読み、5時に図書館を出る。
・・・(中略)・・・
 駅前の食堂でタ食をとる。できるだけ野菜をたくさん食べるようにする。ときどき八百屋で果物を買い、父親の書斎からもってきたナイフで皮をむいて食べる。キュウリやセロリを買ってホテルの洗面所で洗い、マヨネーズをつけてそのままかじる。近所のコンビニエンス・ストアで牛乳のパックを買い、シリアルと一緒に食べる。ホテルに戻ると、机に向かって日誌をつけ、ウォークマンでレイディオヘッドを聴き、本をまた少し読み、11時前に眠る。

 大まかな生活のスケジュールを決めて、淡々と過ごしています。一日が経つのは早く、あれもこれもとやれるわけではなく、必要最低限のことをゆったりと行いながら、それなりに充実感を持っているように感じます。こういった生活を送るなかで、徐々にエネルギーが充電されてくるのだと思います。

 うつの症状がひどくて、どうにも身体が動かないときは、もう休んでいるしかありませんが、少し症状が改善してきて、身体が動かせるようになってきたら、まずは、日常生活の最低限のことから、淡々とやっていきましょう。最初のうちは、多くは、望まないことです。少しずつです。だんだんエネルギーが充電してくるのを感じてください。変に刺激を求めて、エネルギーを浪費しないように心がけてください。ゆったりとした時間の流れの中に充実感を感じるようにしていきましょう。

医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長

吉田 栄治

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.66 2011 AUTUMN