フクロウ

  私はクリニックを開院したときの診療の信条と基本方針を明文化して、待合室においた。そしてさらにクリニックのロゴマ−クを決めた。このロゴをはじめフクロウにしようと思った。私は神経科であるので患者の半数以上は不眠を訴える。フクロウの私が、夜眠れない患者を静かに見守り、大丈夫ですよと言っているイメ−ジを与えようという発想である。フクロウは物知りで森の学者とされることもある。また、ギリィシャ語でアテネの女神を意味し「自由」とか「育む」という意味があるという。さらに、フランスでは「素敵なあなた」で、これ以上立派なことはないという意味もあるらしい。そんなことでフクロウに惚れ込み、ロンドンの蚤の市ではフクロウのはんこを買ったり、南フランスでは木彫りを手に入れたりしてフクロウを集めはじめた。開院前に、業者にフクロウのロゴをつくらせてみた。しかし、それは愛嬌がありすぎて医者のイメ−ジからほど遠いものになり、結局、フクロウをクリニックのロゴにするのはあきらめた。しかし、私は集めたフクロウのマスコットをいくつか待合室に飾っておいた。それを見た患者が、「先生はフクロウが好きなんですか? 」「なぜフクロウですか? 」と聞いて帰り、わたしのフクロウ好きが患者のあいだに広まっていった。

  そのうちに、「おもしろいフクロウを見つけたので買ってきました」といってフクロウを持ってくる患者が現れるようになった。そしてこの5年間に60以上のフクロウが集まった。これらフクロウの材質は木、紙、陶器、ガラス、金属、毛皮、竹、貝と様々である。またその用途も、ただ単なる飾り、香炉、キイホルダ−、本のしおり、状差し、扉のストッパ−、貯金箱、コースター、ナフキン・ホルダー、土鈴などである。フクロウの底には贈呈者と贈呈日を書いたラベルを張った。フクロウの顔一つずつに贈ってくれた患者の思い出が刻み込まれているから、どれをみても楽しい。

  医者に贈り物をしてくる患者の心理背景にはいろいろな思いが込められている。初診間もない患者の贈り物には親切丁寧にみて欲しいというメッセージが込められていよう。しかし、付き合いの長い患者のプレゼントのほうがやはり気楽である。とりわけ、わたしが手掛けているパニック障害の患者が、乗り物・外出恐怖を克服し、長年の夢であった旅先で買ってきたフクロウのみやげは貴重品である。これは患者と同じくらいわたしにとってはうれしく感激ものである。この種のフクロウがどんどん増えていくのが私の夢である。

愛医 平成10年1月

医療法人 和楽会
理事長 貝谷久宣