第1回アゴラ会始末記

  −広場恐怖患者の自助会を組織した記−

  私のクリニックのパニック障害の受診者は500名を越した。パニック障害患者は概してまじめ、熱心、やりての傾向がみられ、社会で中堅クラスとして活動していた人が多い。その様な人がパニック発作をひとたび経験すると、また発作が起こるのではないかという強い予期不安を持ち、発作が起きたときに助けが求められないような空間や、逃げ出すことの出来ない状況を忌み嫌い避ける。この様な状況や空間はどんどん拡大していき、遂には日常生活に支障を来すようになる。この様な障害を広場恐怖と呼んでいる。広場恐怖の患者は周囲からなかなか理解してもらえず孤独感を強く持つ。仲間を紹介して欲しいという患者の希望が強かったので、この様な患者の自助会を組織する事を企て、アゴラ会と称し、平成8年10月5日、愛知県産業貿易会館会議室で第1回会合を開催した。

  アゴラ会の名称は、広場恐怖 - Agoraphobia -に由来する。 Agora というのはアテネなどの古代ギリシャの都市国家−アクロポリス−の経済、政治、社交、などの中心となった広場のことである。だから、日本語の「広場」とやや意味あいが異なり、むしろ、「大勢の人々が集まる場所」という意味のほうが適切のようである。  さて、当日は、まず、受付で首からぶら下がる紐付きのB5版の名札をもらう。この名札は年代別で色が違っており、それには名前、恐い場面、自分の希望またはスロ−ガンを書くようになっている。これによって、一目でお互いの弱みがわかり、本音で話し合える。5人の患者が受付・司会・進行係をして、実に円滑に会は進行した。私は始めの挨拶でこの会の意義を述べるとともに、この会のモット−として、本音のつきあい、助け合い、行動あるのみ、を提案した。 次に男性患者5人が自分の克服談を発表した。ヘリコプタ−操縦中にパニック発作に見舞われ、6年余り地上勤務を強いられた患者がまた操縦できるようになった努力と喜びを語り、聴衆から敬意と羨望の眼が向けられた。デイラ−を経営する別の患者が、パニック障害を発症後に新幹線に乗ったとき、ベルがなり扉が閉まる間際に襲われるイヤ−な気持ちについて話すと、会場から大きなうなづきの声がもれた。体験発表の後の談話会はまたひときわ参加者を元気にした。この談話会は年代別に別れ、運営委員の会員が適当に場を取り持ち、盛り上がりを見せた。とりわけ、歯科医の患者が出席し、歯科治療の椅子の上ではなく、彼は理髪店の椅子の上でパニック発作を体験したことを話した。仰向けという非防衛的な体位にさせられ、束縛感の強い歯科の椅子の上も床屋の椅子の上もパニック障害患者にとっては苦手な場面である。「歯科の椅子に座る恐怖症」を持つ患者が自分の悩みを本当に理解してもらいながら治療を受けたいと、この歯科医の周囲に人垣が出来た。座談会の終了間際には、多くの参加者が住所を交換しあっている風景が目についた。

  大手新聞2社がこの会のアナウンスをかなり大きくとりあげてくれたこともあり、泊まり掛けでやってきた方々数名を含み、参加者は患者・家族総勢約60名となり、盛会裡に終了した。第2回アゴラ会は患者主導で半年後に開かれることになった。この様なユニ−クで存在意義の大きい会が今後ますます発展していってくれることを期待している。

愛医  平成9年1月

医療法人 和楽会
理事長 貝谷久宣