医療法人 和楽会  なごやメンタルクリニック院長

原井 宏明

 ケセラセラにこうして書くのもこれで7回目です。診察のときのふとした雑談にケセラセラの記事の話がでてきます。今までに、私の本当の年齢を知って驚いたという方、作文下手じゃないですよ、と慰めてくれる方がありました。患者さんは私のプライベートなことを知りたがっておられるのでしょう。患者さんは医者に生い立ちや悩み事などプライベートなことを話します。患者さんの立場に立てば、患者だって目の前の医者の生い立ちなどプライベートなことを知りたいのよ、ということなのかもしれません。

 2009年1月に、私が経験した一番寒い冬、ミシガン大学での話を書きました。今回は、私が経験した一番暑い冬のことを書きます。今度はどこ?と思われるでしょう。誰でもご存じ、ハワイです。2000年、2001年の2回、1月から2月までを過ごしました。

 ハワイには四季がありません。天気予報はありますが、聞いても面白くありません。雨はよく降りますが、1時間もすれば晴れ上がり、車で山を抜ければ天気が変わります。結局、毎日同じ天気です。時間と場所で違うだけです。昔は独立した王国、今は巨大な米軍基地を持つ観光主体の南の島というところが沖縄と良く似ています。ハワイの人口の約半分はアジア系、そしてアジア系の約半分は日系です。医療関係者にはさらに日系人が多く、顔や名字だけ見ていたら日本にいるようです。違うところは台風が来ないこと、湿度が低く、エアコンなしで過ごせること、住民がみんな小錦体型をしているところでしょう。私と同じ祖先を持つことが信じられないぐらい、日系人でも太っていました。

 こんなところで冬を過ごした私が羨ましいと思われるでしょう。アメリカ人にとってもハワイは常夏の天国です。ハワイは物価がアメリカ本土よりも高めです。そのことを"Paradise Tax"と呼ぶくらいです。しかし、私が過ごしていたところはワイキキのあるリーワード(風下)側ではありません。ウィンドワード(風上)側です。ノースショアが近いと言えばすぐ分かる人はきっとサーファーでしょう。

 昼間は、オアフ島の反対側のカネオへというところにある州立精神病院とそれに隣接したヒナマウカというアルコール・薬物依存の民間治療施設で過ごしていました。私のハワイ滞在の目的は、厚生労働省の研究費をもらって薬物依存症の患者さんの面接調査をするためだったのです。夜は、あちこちのNAやAAのミーティングに参加していました。毎日・毎夜、覚醒剤やコカイン、ヘロイン、安定剤などに依存していたり、していた患者さんの話を聞いていたのです。国立肥前療養所にいるとき私は薬物依存の患者さんの病棟を担当していました。日本の患者とハワイの患者の違いを調べるのが研究の目的でした。

 日本とハワイの違いを数字にすると驚かされます。ハワイ大学病院精神科の新患の半分以上が薬物依存症でした。薬物依存の約半分が覚醒剤でした。ハワイでは高校生から売人をしています。薬代金も自分で稼ぎます。男性患者の8割に逮捕歴があり、警察から病院や治療施設に紹介されています。薬物を止めなければ刑務所に行かねばならないのです。女性患者の半分が10代で子どもを生んだシングルマザー、母子家庭対象の生活保護を受け、小児保護事務所(児童虐待を扱う役所)から治療施設に紹介されています。薬物を止めなければ子どもと引き離され、生活保護も打ち切られるのです。

 医療制度も違います。ハワイ州立精神病院の入院費用は一日が約30万円。患者100人程度のところにスタッフが700人ぐらい。菊池病院は患者230人程度でスタッフが150人ぐらい。スタッフの給料はどちらもほぼ同じぐらいですから、入院費が高いのも理にかなっています。会議や規定の数も違います。和楽会のクリニックに初診した患者さんは問診票の多さに驚きます。ハワイの治療施設に初診した患者さんは30枚ぐらいの説明書を読み、担当カウンセラーの前で理解し、同意したことを示すサインをしなければなりません。こんなの全部読めるか、と床に資料をぶちまける患者さんも多いとか。担当カウンセラーも同じようにサインが必要でした。日米同じなのは、医療関係者の字の汚さ。日本語はまだ漢字で判別できます。英語で字が汚いのは、諦めるしかありません。

 そして、もっとも印象的だった違いはハワイの医療制度が30年間で大きく変わったことでしょう。30年前のハワイ州立精神病院は1000床ある、肥前療養所と菊池病院を併せたぐらいの巨大精神病院でした。今は100床ちょっと、敷地の大半は短大・専門学校に化けてしまっています。ある50歳ぐらいのアルコール依存症の患者さんはこんな話をしてくれました。30歳の時、精神病院で一ヶ月間の入院治療を受けた、毎日精神科医の診察があり、費用が140万円、全部健康保険が払ってくれた。40歳のとき、同じ病院で保険で入院できるのは1週間だけ、それ以上入院したければ全部自費になった。50歳の時は精神病院がなくなっていて、民間治療施設に一ヶ月、精神科医の診察は1回だけで、自分の健康保険は使えず、自費。30、40、50歳と同じ状態なのに、治療と費用が違うのはなぜか?と私に不満をぶつけていました。アメリカは改革が好きな国です。医療制度改革と現状維持とどちらが患者のためになるのか、考えさせられました。

 日本とハワイが同じと感じたこともあります。日系人の恵まれた家庭に育った患者さんは売人をすることも、逮捕されることもなく、妊娠したら親の薦めで中絶し、親元から治療施設に通ってきていました。親が子どもを保護する傾向は日本人の血のようなものかもしれません。もっとも親が子どもを保護すれば良い結果が出るわけではありません。刑務所や子どもが待っている患者は、薬物を止めなければという動機づけがありました。親が待っているだけの患者には薬物を止める理由が見あたらないのです。

 ハワイはリゾート地です。きれいなビーチは数えきれません。カイルアでのNAミーティングもビーチの中でした。沖ではウインドサーフィンをしていました。私も昔やったことがあります。人が遊んでいるところを見るとうらやましくなります。もっとも、遊びに行きたくても、野郎一人ということを考えると、気が引けます。有名観光地に行くと、日本人もぞろぞろいますが、みんなカップルです。そういうところへは野郎一人というのは、惨めです。ワイキキのスーパーで買い物をしていると、一人で暇そうにタバコを吸っている日本人女性が、ハワイ人男性二人にナンパされていました。女性もまんざらではなさそう。女性ならいくらでも遊び相手が見つかる、と羨ましかったのでした。成り行きにも興味がわいて、耳ダンボになりそうでしたが、変態中年と呼ばれる前に逃げ出したのでした。

Que Sera Sera VOL.57 2009 SUMMER