家族のまとまり

 私たちがこの世界で心身共に健康で幸せな生活を送っていくために、自分を取り巻く社会への関心や人々との交流が不可欠であるのと同様、家族も家族としての健全な機能を失わないためには、社会に対して開かれた存在であることが欠かせない条件といえます。私たちは周りの多様な情報をいつでも正しく万遍なく捉えることで、自分の考えや行動のバランスをとることができるのです。私たちの行動も家族の活動も社会との相互作用的関係を抜きにしては考えられないわけです。

 ところが家族メンバー間の絆の在り様で、家族と社会との十分な交流がなされず、家族メンバーの社会的発達や行動が阻害されることがあるのです。そのような家族は、社会に対して開かれ、様々な課題に適切に対処できる健康な家族とはおよそかけ離れたものといっていいでしょう。

 ”家族”を、子育てという主要機能と、夫婦・親子等の関係構造をもつシステムと捉えた場合、夫婦・親子・兄弟それぞれが、サブシステムとしてどのような関わり方、結び付き方をしているかが、家族の働きや有り様を大きく左右する重要なポイントになると考えられます。

 今回は家族一人一人の社会的自立性や活動性をも決定づけるシステムとしての家族の結びつき方の二つのタイプを取り上げてみたいと思います。

 その一つは纏綿(てんめん)状態、二つ目は遊離状態です。

 ”纏綿状態”とは家族メンバーが一つの塊のように融合し、各人もしくはサブシステム(夫婦・親子・兄弟等)間の境界が曖昧となり、それぞれの自立性が損なわれてしまっている状態であります。このような状態にある家族は、家族全員、もしくは数人のメンバーが、自他の区別がついていないかのような同じ感じ方や考え方をしがちです。家族以外の人たちの考え方や社会の出来事への関心が薄いところから、家族問題は極めて限られた情報に基づき、その家族にだけ通用する考え方で処理され、事態の一層の悪化を招くことがあると考えられます。

 纏綿状態で特に問題なのは、あるメンバー間の密着性と特定メンバーに対する依存性であります。あるメンバー間の密着性は外のメンバーとの離反をもたらし、依存性はメンバーの自立を損なわせることになります。更に忘れてならないことは、纏綿状態が必ずしも文字どおり結びあっているわけではないということです。相互に一見親密な関係を作っているようにみえて、その奥には微妙な食い違いが潜んでいたり、愛情面の不満を内向させていることがあるのです。このような、社会に対して閉鎖的で、いささか家族本位となりやすい纏綿状態の家族は、もう一つの、次に述べる遊離状態を内包し、解体してしまうことにもなるのです。

 ”遊離状態”とは家族メンバー間やサブシステム間に、相互関係をもたらすコミュニケーションが働いておらず、それぞれ厚い壁を作ってしまっていて、家族としてのまとまりがみられない状態であります。遊離状態にある家族メンバーは、お互いにまったく関わりがないように動いたり、特定のメンバー同士が強く結び付き他のメンバーを除外したり、ある一〜二のメンバーを除け者にして、家族内緊張や不安を高めてしまいます。たとえば夫婦仲が悪く、そのかわり母子密着を一層強めているとか、親の不仲に不安を抱いた子供が学校に行けなくなるとか、様々な家族問題を引き起こすことになるわけです。かかる家族も、家族全員の相互理解と結束を図らない限り、家族外からもたらされる情報やアドバイスを、自らの家族問題解決に役立たせることは極めて困難だと考えられます。

 纏綿状態も遊離状態も家族のまとまり具合の両極を示したものであります。このような状態に陥らないよう家族同士の日頃のコミュニケーションを絶やすことなく、相互理解に努めるとともに、社会に対して開かれた家族であってほしいものであります。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
Que Sera, Sera Vol.7 1997 WINTER
岩館憲幸