笑いがほしい

 最近家族について暗い話が多すぎると思いませんか。どんなことがあっても笑いが戻ってくる、それも快適な笑いでいつの間にか会話が弾んでいる、そんな家族ができたらと思うことはありませんか。

 家族にとってどんな時でも欠かせないのは家族同士のコミュニケーションであります。お互いに交わされるユーモラスな冗談や笑いが家族の心を和ませ、コミュニケーションをよりスムーズにさせてくれます。

 笑いには様々な効用のあることが知られております。快適な笑いは脳内モルヒネと考えられるエンドルフィンの分泌を促し痛みや苦しみを和らげるといわれております。大いに笑うことが免疫能をもつNK細胞の増加をもたらすという報告もあります。

 精神科医で生理学者でもある志水氏は、笑いを快の笑い、社交上の笑い、緊張緩和の笑いと三つに分類することを提案しております。氏によると、「“快の笑い”は赤ちゃんがお乳をもらって満たされた後などに初めて見せる微笑みで、我々の欲求願望が充足された時によく現れる。

 “社交上の笑い”は、人間関係をよりよいものにする協調の笑いや、逆に相手との関係を壊す道具になる攻撃の笑いであり、“緊張緩和の笑い”は、心身の緊張が解かれホッとした際に出やすい」のだそうです。

 これまで私にも様々な家族との出会いがありました。幼少時から親類や友達の家をしばしば訪れました。一人で汽車に乗り泊まりがけで親類の家へ遊びに行くのが好きでした。小学2〜3年頃、隣町の親類を2里近く歩いて訪ねたこともありました。友だちの家も、本の貸し借りや野球ゲーム遊びで渡り歩きました。

 みんなそれぞれ思い出があります。そのなかで今でも懐かしく思い出される家族には、いつでも笑い声の絶えない明るい人達が多かったような気がします。なかでもとりわけ強く印象に残っているのは、大学受験で上京し、初めて訪れた父方の遠縁にあたる家族でした。郵便局に勤めるというご主人のAさんは、ジョークをしきりに連発しては家族や初対面の私を笑わせ、入試を明日に控えていることを忘れさせてくれたほどでした。受験には見事失敗してしまいましたが、それはもちろんAさんのお笑いのせいではなく、私の力不足によるものであります。以来いつ訪れてもユーモアと笑いで温かく迎えてくれるAさん一家が、浪人を続ける私にとってどれだけ心の和みとなったかしれません。その頃から人気があった漫画が“サザエさん”です。Aさんの家族にはどこかサザエさん一家を彷彿させるところがありました。

 漫画といえば50年代から60年代にかけてマンガ専門誌として君臨した文芸春秋社の『漫画読本』を忘れることができません。最初月刊誌『文芸春秋』の別冊として刊行されたのが好評だったところから『漫画読本』として独立したものであります。ボブ・バトルの四コマものの“意地悪爺さん”や、ヴァジル・パーチの一コママンガには毎月理屈抜きで笑わされ、嫌なことを忘れさせてくれました。連載のピンクコントも傑作でした。例えばこんな話などいかがでしょうか。


 “くやしい夢”
「ぼくは昨晩実にくやしい夢を見たんだ」と、フランクが友人に語った。「船が難波して、ぼくは物凄い美人三人と無人島に漂着したんだよ」
「くやしいだなんてとんでもない、そんな結構な夢はまたとないじゃないか」と友人が不思議がると、フランク曰く、
「ところがその夢では、ぼく自身も女だったんだ」


 ユーモアや笑いが通じあえるようになるためには、相手の言葉や表情しぐさへの関心とそれを読み取る感性が求められます。常日頃冗談や駄洒落を交わし合い、それを喜ぶ習わしが家族の重要なコミュニケーションパターンとして形成されている必要があります。自由に物が言え、大声で笑っても平気な雰囲気がないといけません。だからといって皆それぞれ好き勝手、なんでも許されるというわけではありません。たとえ家族であっても相手に不快感を与える意地の悪い冗談や嘲りの笑いは慎むべきでしょう。

 なにはともあれ何があっても笑い飛ばすことのできる、オープンで明るい家族であってほしいものであります。

 最後に日本の優れた笑い文化の一つと私が考えている川柳から、先週のNHK日曜ラジオ番組で選者特選に推された視聴者の投稿句

『生ゴミの甲羅を目立つように置き』

川柳入門書からもう一句、昔の人のユーモアを

『あげかかる凧に我が子がじゃまになり』

       川柳評 万句合

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
Que Sera, Sera Vol.23 2001 WINTER
岩館憲幸