近所付き合い

 近所付き合いが苦手という人は少なくないと思います。

 いささか古いデータになりますが、1989年の『厚生白書』は1985年現在で都市に住む世帯は全世帯の8割を占めていること、そして都市の居住環境の様々な問題点の中で特に地域社会との関わりが希薄になっていることに触れ、近所と親しく付き合う人の割合が町村では64%であるのに対し、十大都市では36%であるという数字を示して、都市部を中心に地域で孤立して子育てを行っている家庭が多くなっていると指摘しております。

 そういえば、数年前NHKラジオ深夜便で作家小桧山博氏が、21世紀、日本の家庭から真っ先に姿を消すのは、亭主関白、お節料理を作ること、そして近所付き合いであろうと語っていたのを思い出します。

 話は違いますがさらにもう一つ、最近の学生や若者たちには、相手の気持ちや立場を無視するような、自分のことだけでせい一杯とでもいうような、あるいは自分さえ良ければいいといった風情の、社会的に未熟としかいいようのない気ままな行動が目について仕方がないと感じているのは私だけではないでしょう。しかしよく考えてみますと、実は、そのような人との関わりのまずさ希薄さ、自分本位の身勝手さは、かかる若者や子どもたちを育ててきた我々大人たちにもしばしば見受けられるものだったのです。

 ところで現代はストレス時代といわれております。そして、ストレス原因のトップにいつもランクされるのが、職場を始め、家族や仲間など様々な人間関係です。嘘の多い人、相手の気持ちを無視してしまう人、自分さえ良ければの身勝手な人、朝夕の挨拶
や”ありがとう””ごめんなさい”の言葉がめったに聞かれない人など、周りの人たちを不愉快にさせたり失望させてしまう、まさにストレス源となる人たちといえましょう。それでも自分の言動が相手に嫌な思いをさせてしまったと後で気付き、素直に謝ることができれば相手にとっても許される範囲内の話、ストレスフルなしこりとなって残ることは少ないと思われます。

 問題となるのはもともと人付き合いが一方的過ぎたり、人との常識的な関わりができにくいといった人たちです。このような人たちの人間関係のまずさ身勝手さが、近所付き合いにあらわれることがあります。町内会での取り決めが守れない人がおります。月に一度の町内清掃にほとんど出て来ないとか、ゴミ出しの約束事の無視とか自分さえ良ければの住人に悩まされるのはよくある話です。しかしその一方で、近所の人と顔を合わせるのがつらくて、心ならずも町内の集まりには失礼しがちだという人もみえるわけです。腹が立つのは、そのような皆とうまく付き合うのが苦手でひきこもってしまう人までも、身勝手で人の迷惑を顧みない人と一同じように、奥様方の井戸端会話で噂や悪口の対象にされるということなのです。

 数年前、あるネットワークグループが主催した、地域社会の在り方について意見交換するフォーラムで、近所付き合いが苦手と思う大きな理由の一つとして挙げられたのがこの”寄り合えば人の噂や批判・悪口になってしまいやすい”ことでした。

 しかし、だからといって近所付き合いを回避しようとするのには賛成しかねます。

 近隣の人たちとの交流は、その地域社会の生活に必要な情報交換の場となるばかりか、何かあった時の助け合い・支え合いを可能にしてくれるからです。

 その上、近所付き合いは子どもにとっても、親以外の人との親和的な関わり体験を持つことで親や家族以外の人への関心を高め、親離れ・家族から自立への一つのきっかけとなったり、社会的成熟を早めてくれるに違いないのです。

 子どもは社会性や社会的スキルの基本を、幼児期から親の行動をモデルとして自然に身に付けていくことが多いものです。親が近所の人と良い付き合いができていれば子どもも他人との信頼関係を築きやすい。親が近隣・身近かな人の悪口ばかり言っているようだと、子どもも些細なことで人への敵意や不信感を抱く傾向を強めてしまうに違いありません。

 ネット交際による犯罪が続発しております。現実の人との関わりを避け、安易にネット交際を求めようとする若者の傾向は一層強まると考えられ、かかる犯罪は今後も増え続けるのではと懸念されるところです。

 仲間遊びが少なくなっているといわれる子どもにとって、家族の近所付き合いは、身近な大人たちの関わり方をお手本とし、自らも年齢の異なる人とふれあう経験を持つことで、人間関係の在り方や社会的スキルを直接学び取れる貴重な場であると思うのです。

 最後に近所付き合いで悩まないために必要な人間関係の基本的心得(社会的スキル)をいくつか挙げてみることにしました。

 相手に良い意味での関心を示す(無視しない)。挨拶はこちらから。できるだけ笑い顔で、相手の話をまずよく聞く。相づちを打って応答する。人それぞれの持ち味長所を見つける。自分の価値観や考えを押しつけない。相手の口調や表情の変化に気付く。相手の感情や要求をできるだけ正しく捉える。自分の言葉や態度
に気をつける (相手がどう捉えたかに鈍感であってはならない)。相手の好まぬ話しは避ける。何かあった時のお礼やお詫びの挨拶を忘れない。人の悪口は厳に慎む。いわれのない噂詰も避ける。相手の立場や気持ちへの配慮を忘れない。自分の言動に責任を持つ。

 人に相性の有る無しはよくあること、しかし合わないからと人を避けてしまわないこと。つかず離れずの大人の関係が、上手な近所付き合いの第一のコツといえます。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
Que Sera, Sera Vol.26 2001 AUTUMN
岩館憲幸