単身赴任 〜絆と自立が?〜

 4月は新しい年度の始まり、学校には1年生が、職場には新規採用者が期待や不安を抱きながら入ってまいります。その一方でサラリーマンたちの転出入が多いのもこの季節といえます。もちろん職業や職場によって異なるでしょうが、出先の多い企業や官公庁などでは、転勤異動のあるのは当たり前、家庭の事情などで単身赴任を余儀なくされることが少なくありません。家族にとって、一家の大黒柱としていつも身近に居てほしい父親が、単身赴任で不在になってしまうことは、多かれ少なかれ心理的、経済的影響を覚悟させられることになります。今回はこの単身赴任について、取り上げてみました。

 厚生労働省の発表によりますと、有配偶単身赴任者の数は314,100人にも達しており(平成10年度調査)、年々増加傾向にあるのだそうです。

 単身赴任には、家族に対して二重生活に伴う経済的負担を強いるなど、当人や家族の心身になんらかの悪影響をもたらしがちな点でネガティブなイメージがあります。それゆえ雇用者側では、家族を伴った転勤が可能なように、社宅や官舎を整えたり住宅手当の支給を考えたりするわけです。にもかかわらず、単身赴任に踏み切った理由として、ある民間研究所(the0123引越文化研究所)は、調査結果から、「本人の希望」(34%)と「次は単身赴任と決めていた」(26%)を1、2位にあげておりました。いずれも子どもの教育を始めとする家族の状況を考えた本人の積極的な選択によると考えられます。同調査で3、4位にあげられている 「子どもの抵抗」(18%)や「妻の抵抗」(10%)にあって単身やむをえずとする消極的選択も、家族が理由ということになります。

 このような単身赴任の理由がなんであれ、本人にとっても家族にとっても離れて暮らす妻子や夫の安否が気遣われるのは当然のことです。

 上記調査によりますと、単身赴任の夫が家族について案じている事柄として上位にランクされるのは、「家族の平穏無事」をトップに、以下「子どもたちが元気で登校しているか」、「子どもたちの病気」、「妻がストレスで気が滅入っていないか」、「妻が家事や育児で疲れていないか」、「父親不在の子育て不安」と続きます。

 一方留守をまかされた妻の、夫への心配事には「食事」、「仕事疲れ」、「飲み過ぎ、吸い過ぎ」、「健康状態」などが、上位にあげられております。この調査結果には示されておりませんが、「赴任先での夫の女性関係が心配」も皆無とはいえないでしょう。

 さらに同調査では、単身赴任夫妻が互いのコミュニケーション手段として最も多用するのは、夫のケイタイやPHSと自宅の電話によるやりとり、次いで多いのが夫の部局や会社の電話使用であるとし、ケイタイやパソコンによるEメール交信の急速な増加も明らかにしております。 夫婦も親子も、離れてみて初めてお互いの姿がよく見えてくるのではないでしょうか。日頃感情的に反発し合うことの多かった家族同士が、心理的物理的に距離をおいて冷静にメッセージを伝え合うことで理解を深めることもあるのではないでしょうか。単身赴任の夫にとって一人生活は、家族を思いやり、改めて見直すよい機会だと思われるのです。それだけではない、当然のことながら食事や飲酒、睡眠、入浴、洗濯等々日常生活のもろもろを自分で対応管理しなければなりません。家のことはすべて”かみさん”まかせ、自分が読んだもの脱いだものから、飲み食いしたものまで、ほとんどそのまま放りっぱなしといった、家では専ら省力を決め込んでいるような”亭主”にとって、単身赴任は、かかる自分からの脱却、自立的生活への意識
改革という課題も負わされることになるのです。日常生活の乱れは、心身の不調、障害の要因となります。単身生活は、本人がたとえどんなに仕事に追われていても、不健康な生活とならない自己管理への姿勢が問われる機会でもあるわけです。

 私も、単身赴任で5年間家を離れたことがあります。ケイタイもパソコンも普及していなかった20年も昔の話、家族との連絡は専ら電話、たまに手紙を書くこともありました。赴任直後で、官舎に電話がまだ設置されていなかった折、部活の登山で悪天候から下山が心配された短大生の娘からの連絡を、近くのスナックで深夜まで待ち続けたことを思いだします。その時の無事戻ったという長女の声が忘れられません。

 長男が大学受験で仲間2人と上京、宿泊したことがあります。朝食に食べさせた、手作りのりんご酢入りきゅうり漬けが、ピクルスのようだと好評だったのも東京・大森官舎での単身生活で記憶に残る出来事の一つでした。

 共働きを続けていて、めったに来てもらえなかった妻が初めて訪れた際に、「標準米でもこんなに美味しく炊けるんだぞ」と自慢してみせたことが、彼女に、”夫”の一人暮らしは心配なさそうと印象づけたようでした。

 趣味や遊びや人付き合いに、好き放題なところのあった単身生活でしたが、少なくとも私にとっては、改めて家族一人一人を見直し、相互理解をはかることで家族の絆を強めることのできた、そしてその家族のため病気にだけはなるまいとする、己の健康管理責任を曲がりなりにも果たし得た意義深い5年間でした。

 最後は私事のつまらない話になってしまいましたが、初めに紹
介した大阪の民間研究所の調査結果と我が身の体験から、単身赴任のプラス効果としてあげられる家族の絆の強化と夫の自立的生活の促しを中心に述べさせてもらいました。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
Que Sera, Sera Vol.28 2002 SPRING
岩館憲幸