センス・アビリティ〜気づきの力を高めるための〜

 ”センス・アビリティ”…あまり聞き慣れない言葉かもしれません。1999年アメリカで、セラピスト、ドリス・ワイルド・ヘルマリングによる「センス・アビリティ」が評判となり、その翻訳が昨年伊藤はるみ氏により「みんなに好かれる人避けられる人」と改題出版(日本教文社)され日本でも話題となりました。伊藤氏の著者紹介によりますと、ドリス・W・ヘルマリングは、セラピストとして約30年間、主に、夫婦や家庭の危機、職場における人間関係のトラブル、抑うつ病などのカウンセリングにあたり、数多くのクライエントの人生を援助してきたのだそうです。

 ”センス・アビリティ(sense ability)”……直訳すると「感覚力」ということになりますが、著者ヘルマリングは人間関係と日常生活での「気づきの力」(アウェアネス)を十分に働かせる技術(スキル)と意味づけております。

 家族間、仲間同士、職場の人間関係、近所付き合い、商店やサービス機関の窓口などのパブリックな場所での人との対応などなど、私たちは様々な人との関わりを抜きにして考えられない社会的存在といえます。人との関わりの良し悪しが私たちの日常生活を大きく左右することになるのです。

 自分も含め人の気持ちや特性を捉え理解することを対人認知(対人理解)と呼ぶことがあります。対人認知は自己認知(自己理解)と他者認知(他者理解)に分けることができます。人との関わりの不調には、この対人認知の誤りや不確かさから、相手の気持ちに添えないまま失望感や不快感を与えてしまっている場合がよくあります。この”気づきの力” (アウェアネス)を働かせるセンス・アビリティがどれだけ発揮されているかで、普段の人との関わりかたが違ってくるのです。

 誰よりもお互いよく分かっている筈の夫婦でさえも、相手の願いや悩みにさっぱり気づいていないことがよくあります。夫婦や家族間の問題はかかる気づきの力を発揮させる己のSA(センス・アビリティ)を働かせようとしないコミュニケーション不全の家族に発生し易いと思われます。

 3年前、東京文京区で起きた幼稚園児春奈ちゃん事件は、園児の母親が自分の子どもと同じ幼稚園児だった被害者の母親への屈折した感情を高めていって、「あの子さえいなければあの母親と付き合わなくて済む」の思いにかられ短絡的に殺してしまったという悲劇的な事件でした。あの事件の報道でまず気になったのは、あそこまで自分自身を精神的に追い詰めてしまっている彼女の異変に彼女の夫は気付いていなかったのかということでした。

 その後の放送記事で、彼女が夫に春奈ちゃんの母親への悪口を語り、「私が犯罪者になったらどうする」とまで訴え、心の中で起きている異変に、夫の助けを求めるシグナルを送ったのに、夫の答えは「一家離散だよ」の一言、それ以上彼女とは向き合おうとはしなかったのだと知らされました。しかし日頃の二人の関係がどうだったかはともかくとして、必死の思いで救いを求める妻の心がのっぴきならない状態にあると気づかなかった(あるいは気づこうとしなかった)ことで夫はその1か月後、当然のことながら夫としてまた家族として大変な苦境に立たされることになるのです。もし夫が妻の訴えに対して、妻の苦悩を感じ取り、しっかりと受け止め対応することのできる「SA」(センス・アビリティ)を働かせていたなら少なくとも、この一家にこのような形での破局はやってこなかったのではないでしようか。

 次は、私の友人A君夫妻の場合です。夫婦喧嘩などめったにしないというお二人にも、時々感情の行き違いがあるのだそうです。A君からの一方的な話ですから、必ずしも事実と一致しない点もあるかもしれません。奥さんからお叱りを受けることも承知の上で書きます。A君は昨年暮れ、同期会の席上で私にこうぼやくのでした。「うちのかみさん、食器棚の開けっ放しを、こちらが注意したり、勝手に閉めでもしようものなら、今閉めようとしていたのになんで余計なことを……と逆に文句を言われるんだよ。」そして続けて彼はこうも言うのでした。「俺が”あれ”から注意や指摘を受けた時は、ちゃんと返事をし、納得のいくことであれば、できるだけそのようにしているつもりなのに、”むこう”はかえって黙り込んでしまう。俺の言うことをちゃんと聞いてくれていないと思うから、つい言いたくもない文句を繰り返してしまうんだ。」 − ここで一言私の尊敬するA君の奥さんの名誉のため申し上げておかなければならないのは、彼等がこれまで共働きを続けてこれたのは、いくら忙しくっても家事の手抜きはしない働き者の奥さんのお陰があるということです。私は彼のぼやきにこう応じてやりました。「奥さんの嫌がることにお前は無神経過ぎるのではないか、戸棚の開け閉めまで指摘されるなんてたまらんのと違うか、そういう奥さんの気持ちにもっと気づいてあげる必要があると思うよ。」

 気づきの力はまず己に対して及ばせる必要があります。自分は今相手に対してどんな感情どんな考えで接しているのか、そして相手に対するそんな自分の言動、態度、表情が相手にどう捉えられているのかに気づく必要があるのです。

 初めに紹介したドリス・W・ヘルマリングは上記著書で、「SA(センス・アビリティ)とは、あなたの人生や人間関係における”気づきの力”(アウェアネス)を十分に働かせる技術である。SAは自分の思考、感情、行動をより高いレベルから眺める能力である。SAを働かせれば、自分の思いがいかに様々な感情を生み、その思考と感情がいかに行動を左右するかがわかってくる。更に身近な人々への気づきも深まり、自分の感情や行動が他者にどんな影響を及ぼしているかをその場で感じとることができる。」と語っているのです。

あなたも是非SAを高め”気づきの力”を発揮して頂きたいものであります。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
Que Sera, Sera Vol.30 2002 AUTUMN
岩館憲幸