想像力を高めたい

〜 この夏少年凶悪犯罪が続発した 〜

 今春心理学コースの学生達に実施した恒例の家族心理学アンケートで“家族”について最初に思いつく言葉やイメージの順位に微妙な変化があったのが気になっていました。

 例年上位を占める「暖かい」・「団欒」・「愛情」に代わって、いかにも即物的な「親(親子・父・母)」がトップになったのが、たまたま今年だけのことだったとしても私には、“家族”に対するイメージや想像力の乏しさが示されたように思えてならなかったのです。

 その矢先のことでした、7月初め少年による殺害事件が沖縄と長崎で立て続きに起きたのは。

 沖縄県北谷町(ちゃたん)で、中学2年・13歳の座喜味勉君は、6月28日中学3年生の男子生徒と16歳の無職少年を中心とする少年グループに、2時間にも及ぶ集団暴行を受け殺害遺棄されたのでした。逮捕された少年らの供述によると、勉くんの返答態度が気に食わなかったことから暴行、途中ジュースを飲むなどの休憩を挟みながら暴行を繰り返したが、殺すつもりはなかったというのです(朝日H15・7・23)。日常的にいじめがあったとも伝えられております。これまでの少年らによる集団暴行殺人事件に共通してうかがえるのは、特定標的への暴行が、日頃の鬱憤晴らしとして、集団心理的に一種のエクスタシー効果をもたらし、その結果攻撃衝動の抑制不能となってしまったのではないかと思われる節があることです。そしてもう一つもっと重要なことは、暴行を受ける相手の痛みを思いやる心の麻痺であり欠落であります。少年らの残虐行動に関連させ、このシリーズで“感性”を取り上げたことがあります(シリーズ家族10)。その中で私は「自分がこんなことをしたらどんな結果になるかを考える想像力が、今のこどもたちやその親の世代には欠けているのではないか」という、非行少年の補導や少年捜査の経験の長い警視庁の捜査員のコメントを紹介いたしました。

 かかる想像力の欠落を最も感じさせたのが、長崎で4歳の男児を暴行転落死させた中学1年・12歳の少年でした。

 長崎事件は、12歳という年齢に、これまであまり類のない事件の特異性から、連日マスコミによって、数年前世間を驚愕させた14歳少年の酒鬼薔薇事件と対比、論じられることになりました。だからといって、勿論ここで私ごときが少年の凶悪犯罪について語ろうというわけではありません。

 最初に述べたように、私には相手の心や事情を思いやることで、相手に対する行動を手加減できる、そのための感受性や想像力の乏しい人間が、子どもだけではなく大人にも増えてきているように思えてならないのです。

 私たち人間誰しもが、心の中に、場合によっては相手を殺しかねない程の破壊的な攻撃感情を潜ませていると知るべきなのです。通常それが行動化することなく抑えられているのは、相手の苦痛を我がものとする感性や、人を悲しませ命まで奪うが如き邪悪な行動への報いの恐ろしさを思い浮かべる想像力のお陰でもあるのです。

 最近岐阜県関市の中学で、生徒理解の在り方について話す機会がありました。話の糸口となったのが少年凶悪犯罪でした。最後に想像力を育てるためにどうすべきかアンケート形式でたずねてみました。先生方が想像力を育ててくれるものとしてまず挙げたのは読書でした。次いで自然の中での遊びや生活体験、人との積極的な関わりやコミュニケーション、絵や音楽等の美的なものとの触れ合いと続き、いずれもテレビ、ゲーム、コミックに夢中な子どもたちにとって疎かになりがちなものばかりでした。先生方はテレビゲームのようなバーチャルな世界に夢中になることが、現実世界での人との関わりや出来事に対する適切な対応を困難にさせている、自分が今行おうとしていることの意味や結果をまず考えるということを難しくさせてしまっていると懸念するのです。その上で感性や想像力を育てる読書の大切さが強調されたわけですが、私も全く同感でした。

 読書については一度このシリーズで取り上げたように(シリーズ11 「読書と家族」1999,1)、小さい時から絵本や童話、昔話、名作小説など読書に親しみ、感動体験を持つことで感性が育まれ、物語の展開、登場人物のこころに思いをはせることで想像力が豊かになっていくものなのです。

 長崎事件の少年は三国史を愛読するなど読書好きと報じられていましたが、その三国史とは、昔我々が夢中になって読んだ吉川英治の長編小説ではなくて、いま子どもたちに人気の劇画の方でした。コミックや劇画は余りにもすべてがストレートに描き尽くされていて、想像力を働かせる余地の少ない、バーチャルな世界に近いものだと考えられます。

 文化庁は6月19日「国語に関する世論調査」結果として、日本人の3人に1人(37・6%)が最近1か月、漫画や雑誌を除いて全く本を読んでいないと公表しております(朝日15・6・20)。親が読書好きだと、子どもも読書好きになるといわれております。学校の先生方が心配している子どもの読書離れは、我々大人たちの読書離れと無縁ではなかったのです。

 大人たちが本を読まず、人への思いやりや想像力を働かせなくなってきている、私たちはそのことにまず気付くべきなのかもしれません。

 悪いことをすれば恐ろしい報いがある……人間の邪悪な悪業への因果応報の怖さを私に教えてくれたのは、お寺の本堂に掛けられた地獄絵図であり、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」だったのかもしれません。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
Que Sera, Sera Vol.34 2003 AUTUMN
岩館憲幸