パニック障害

ある日突然、激しい不安が襲う

背景にあるのはストレス社会

「栄養と料理」 2003年6月号
女子栄養大学出版部 P129〜P135

医療法人 和楽会 理事長
貝谷 久宣

 突然激しい動悸や呼吸困難に襲われ、死への恐怖で胸がしめつけられる……。パニック障害とは、このような状態が発作的に起こる病気です。症状が重い人では通常の社会生活を送ることもむずかし くなるといいます。パニック障害という病名が一般に知られる以前から数多くの患者の治療を手がけてきた貝谷久宣さんに伺いました。

身体的にはなんの異常もないのに、激しい動悸やめまい、呼吸困難などの発作が頻発する

最近、著名な芸能人などがマスメディアを通して自身がパニック障害であることを公表したこともあってか、その病名が一般によく知られるようになりましたが、いったい、パニック障害とはどのような病気なのでしょうか。

 パニック障害とは、めまいや激しい動悸、呼吸困難といった身体的な症状とともに、精神的にはいいようのない不安に襲われる「パニック発作」がくり返し起こる病気です。

 しかし、動悸や呼吸困難が起こるからといって、心肺機能に異常があるわけではありません。病院で検査を受けても、身体的にはどこにも異常な所は見当たらないのです。その原因についてはまだ不明なことが多いのですが(それについては後述します)、パニック障害は脳の病気なのです。

 私は、「脳のぜんそく」あるいは「脳のアレルギー体質」だと考えればイメージしやすいかと思っています。ぜんそくのように、調子が悪いときは何度も発作が起きるし、調子がよいときには発作が少ない。そしてある季節になると毎年アレルギーが出てくるように、ある程度重症の人は、生涯を通してずっとつき合うことになる病気なのです。

これは、珍しい病気なのですか。それとも患者数は多いのでしょうか。

 パニック障害は、1980年にアメリカ精神医学会でその概念が公にされるまでは、不安神経症、うつ病、自律神経失調症、心身症、心臓神経症、過呼吸症候群などと診断されていました。しかし、実際のところ患者数は多く、たとえば現在、アメリカでは100人に3人がパニック障害であるとの調査報告があります。そして、一昨年に日本で私たちが行なった調査研究では、日本人も100人に3.4人の割合でこの病気にかかっていると推定することができます。この数からすれば、たいへんポピュラーな病気だといえるでしょう。

パニック発作はどのようなときに起こるのですか。

 それは、前触れもなく場所も選ばず、ある日突然起こります。通勤途中の電車の中や駅で、仕事中の職場で、あるいは買い物帰りの道端でなど、どうしてそんな所で発作が起きるのか、まわりの人はもちろん本人もまったく理解できません。

 発作の症状は先に述べたほかにも、大量の汗をかく、手足が震える、吐きけや腹部の不快感がある、しびれやうずきがある、寒けやほてりを感じる、また、雲の上を歩いているかのような非現実感といったものもあります。そして、このまま苦しんで死んでしまうのではないかという強い不安にも襲われます。

 たいてい、これらの症状はどれか一つだけではなく、不安感も含めて4つ以上がほぼ同時に出現します。この症状数が多い人ほど重症であり、病気が長引く可能性が強いことがわかっています。

発作はどの程度の時間続くのですか。

 多くの場合、発作は波のように襲ってきて10分ほどでピークを迎えたかと思うと、今度は潮が引くように去っていきます。ピーク時には心拍数が上がり、血圧も急激に上昇してこのまま心臓が止まってしまうのではないかと感じるほどの苦しさなのに、30分から1時間もすれば、それはうそのように治まってしまうのです。患者が苦しがっているので、まわりの人が驚いて救急車を呼ぶと、病院に運ばれたころにはすでに発作が治まっているということもよくあります。

 パニック発作はひとたび起こると、それ以後も起こりやすくなります。多くの場合、最初の発作が起きてから1週間以内に2度目の発作が起こります。そして、だいたい週3回から多いときは一日1回以上というぺースで頻発するようになるのです。

 仕事を持っている人も、発作中は当然ですが仕事どころではなくなります。こうなると、ふだんの社会生活に支障をきたすようになってきます。

発作への恐怖が広場恐怖や対人恐怖を呼び、行動範囲を狭めていく

どうして発作が頻発するようになるのでしょうか。

 パニック発作は患者本人にとっては生命の危機を感じさせるものであるために、一度体験すると、なかなかその恐ろしさを忘れることはできないのです。そこで「また発作を起こすのではないか……」という恐怖感を持ち続けることになります。これを「予期不安」といいます。

 予期不安には、発作症状そのものに対する不安のほかに、発作を起こすことで生じるさまざまな状況を想定した不安があります。それは「病気になったり、死んだりするのでは」、「気を失なったり、気が狂ったりするのでは」、「事故を起こすのでは」、「だれも助けてくれないのでは」、「発作を起こした場所から逃げ出すことができないのでは」、「人前でとり乱したり、倒れたり、吐いたり、失禁したりするのでは」、「だれかに迷惑をかけてしまうのでは」……などの不安です。つねにこのような不安をかかえてリラックスのできない精神状態が、次の発作を引き起こす誘因にもなるのです。

不安が発作の誘因になるとはどういうことですか。

 たとえば、ある人が通勤のため電車に乗っている途中、A駅とB駅の間で発作を起こしたとします。それは単なる偶然で、たとえ電車に乗っていなくても、あるいは別の区間でも、おそらく発作は起こったことでしょう。

 ところが、それ以後その人は、電車に乗ってA駅とB駅の間にさしかかると「もしかしたら、また発作が起こるのではないだろうか!」という予期不安でいっぱいになってしまいます。そうすると、本当に発作が起こるのです。不安のあまり、その場所に来たらかならず発作を起こすように思い込み、脳がそのように学習をして ―― 誤った学習なのですが ―― 条件反射で発作が起こるようになるのです。

 このように、初めは不意に起こっていた発作が、しだいに状況的に起こるようになるわけです。しかも、本来、発作は時と場所に関係なく起こるのですから、電車に乗っていないときにも起こります。すると、その場所も発作が起きる場所として脳に刻み込まれる……こうして「そこへ行けばかならず発作が起こる」という場所、状況が増えていきます。もちろん、いつどこで発作が起きるかわからない不安も相変わらずあります。

それでは外に出ること自体が怖くなってしまいますね。

 発作が起こることを怖がり外出ができなくなったり、1人で乗り物に乗れなくなったりする状態を「広場恐怖」といいます。

 広場恐怖のある人は、発作が起こっても助けを呼ぶことができない場所や、すぐに逃げ出すことができない場所にいることを恐れ、避けようとします。パニック発作を起こした患者の約3/4は、なんらかの広場恐怖を示します。

具体的にはどんな場所に恐怖を感じるのですか。

 新幹線や飛行機など一度乗ったらすぐには降りることができない乗り物、トンネルやエレベーター、橋などの狭い場所、倉庫や窓のない部屋といった閉鎖空間などです。ほかにも、美容院や歯科医、会議、行列に並ぶなどの束縛された状態を怖がったり、高速道路、特に交通渋滞を恐れたりします。また、自宅から遠く離れることができない人や、家でひとりきりで留守番をすることができなくなる人もいます。

行列に並ぶのが怖いとはどういうことでしょうか。

 乗り物やエレベーターなどの場所や状況は物理的束縛状態です。一方、行列に並ぶとか歯科・美容院のいすにすわるとかは精神的束縛状態です。このようにパニック障害患者は物理的・精神的束縛状態に弱いのです。

 広場恐怖の対象は、発作をよく起こす場所はもちろんですが、「もしもこのような場所で発作を起こしたらたいへんだ、恥ずかしい」と想像することでどんどん広がります。要するに二次的な対人恐怖です。そして患者の行動範囲はどんどん狭まります。

 広場恐怖が軽症のうちは、外出に多少不安を感じはしてもどうしても必要な所にだけは行けるのですが、重症になると、ほとんど家に閉じこもり、外出にはかならずつき添いが必要になります。こうなると患者だけではなく家族もたいへんです。

 さらに病気が進行すると、患者の約半数は、やがてはうつ状態、または本格的なうつ病を併発するようになるケースが多いのです。

治療によって「発作の起きない状態」を作リ出し、病状を改善していく

たいへんな病気なのですね。ところで原因は不明とのことですが、現在わかっていることを教えてください。

 パニック障害という病気は、1962年にアメリカの精神科医クラインによって発見されました。彼が、当時はまだパニック障害という病名がないため「不安・恐怖反応」と診断していた一群の患者に「イミプラミン」といううつ病の薬を投与したところ、その全員が発作を起こさなくなったのです。驚いたクラインは本格的に研究を行ない、その後、イミプラミンがよく効く不安発作を主症状とする症候群が「パニック障害」という病気として認められるようになったのです。つまり、パニック障害という病気は、ある種の薬が特別によく効いたことから成立した病気なのです。

 脳にはギャバという神経伝達物質があります。パニック障害の治療薬は、ベンゾジアゼピンという抗不安作用がある化合物で、脳にはその受容体があり、薬がそこに作用するとギャバの働きがよくなるのです。これまでの研究では、パニック障害患者はそうではない人と比べてベンゾジアゼピン受容体の数が少ない、あるいは受容体の感受性が違うのではないかということがわかっています。

どうして受容体の数や感受性が違ってくるのですか。

 それはまだわかっていませんが、おそらく遺伝的なものが大きいと考えられています。しかし、勘違いしてはならないのは、パニック障害は遺伝病ではないということです。病気になりやすい遺伝子を持っているからといって、かならず発病するようなものではありません。ただし、パニック障害を発病しやすい体質というものは遺伝するかもしれません。

発病のいちばん大きなきっかけはなんでしょうか。

 おそらくストレスでしょう。それも、1回だけの大きなショックなどではなく、かなり強いストレスが長期間持続してかかっていて、ある日それに耐えられなくなり発作が起こるというケースが多いようです。

 男性の場合は仕事によるストレスが多く、女性では、嫁姑の仲がうまくいかないとか、年老いた親の介護に追われているとか、子どもが障害児でその育児に疲れているなどといった、毎日のストレスが積もりに積もって発病するようです。

 また、現代社会はいうまでもなくストレス社会です。都市部は人口過密で、生活時間の経過が速いのが特徴です。窮屈な環境でだれもが忙しく時間に追われ、そのスピードについていけない者は振り落とされる、そんな生活は不安をかき立てるばかりです。ですから、この病気には現代病の側面もあり、患者数はこれからさらに増えるのではないかと予想されます。

 ちなみにパニック障害は先進諸国、特に日本とアメリカで患者数が多いことも、この病気が現代社会のストレスに関係があることを物語っているでしょう。

 なお、海外でも日本でも、女性のほうが男性よりも患者数が多いのですが、この理由はよくわかっていません。

発病後、治療にはどのような方法がありますか。

 発作をおさえるのに最も効果があるのは薬(抗不安薬)です。患者の多くは薬の服用によって、ほとんど普通に社会生活を送ることができています。

薬で完治するものなのでしょうか。

 精神医学の分野では、普通「完治」という言葉は使いません。というのも、精神の病気は一度発作などのくせがついてしまうと、そう簡単には元に戻らないものだからです。

 私たちは完治ではなく、「症状がない状態になる」という意味の「寛解」という言葉を使います。ですから、薬の服用を続けていても、病的症状がなければ寛解したといいます。

 薬をやめると再び発作を起こす場合が多いので、薬は長期にわたり服用することになります。最初は様子を見ながら少しずつ量を増やし、発作を起こさなくなる分量、つまりその患者にとっての適量を見きわめ、とりあえずその分量で半年間ほど続けるのです。

 私は、発作のないよい状態をとにかく半年は続けることが必要だと考えています。半年間薬を使っていたにせよ、発作が起こらなかったという事実だより、発作に対する予期不安が減少するからです。そうすると発作が起こりにくい体質に戻っていくので、その後は人によっては薬を減らしていくことも可能です。

薬を服用する以外の治療法はありますか。

 薬と併用して行動療法や認知療法を行なう場合もあります。

 行動療法とは広場恐怖を持つ患者を、あえて恐怖を感じる場所に連れて行き、その恐怖にさらす(暴露する)というものです。もちろん、これにはつき添う人が必要です。患者は最初、恐怖で発作を起こしかけることもありますが、つき添いもいますし、そもそもパニック状態とはそんなに長くは続かないものなので、やがておちついてきます。そうやって「この場所に身を置いても発作を起こさずにいられるのだ」ということを脳に再学習させるのです。行動療法は、回数が多いほど、また行なう間隔が短ければ短いほど早い回復が見込めます。

 認知療法は、患者の誤った認知をカウンセリングによって正すというものです。たとえば患者は発作に対する不安のあまり、階段を上がって胸がドキドキしているだけなのに「発作が起きた!」と思い込みがちです。それを、「この動悸は階段を上がったために起こった生理的なもので、病的な発作ではない」と状況を正しく認知させることで、発作への恐怖を減少させるのです。

人間本来の生活リズムをとり戻すことが予防・治療につながる

この病気は寛解するのはむずかしいのでしょうか。

 もちろん、寛解する人もいますが、一度はよくなったと思っても、数年後に再発するケースは少なくありません。冒頭でも述べましたが、この病気は、発病すると一生つき合うことになる可能性もおおいにあります。

 しかし、現状をしっかりとらえ、きちんと治療をすれば、よい状態を保つことはできるのです。調子がよいときはよいなりに、悪いときは悪いなりに、対処し乗り越えていくことです。パニック障害はコントロール可能な病気であること、また患者本人には死を決意するほどつらい病気ではありますが、けっして死を招くような病気ではないことを、本人も家族もしっかり認識することがたいせつです。

とはいえ、その苦労はそうとうなものだと想像できます。

 そうですね。患者も、患者を支える家族の苦労もたいへんかもしれません。

 それに、この病気の患者は発作が起きていない状態だと健康で元気な人にしか見えないため、病気のことをよく知らない周囲の人からは「本当に病気なの?」とか「気の持ちようで治るのでは」といわれるなど、なかなか理解されません。それもまた、患者と家族がかかえる苦しみの一つです。

 とにかく長期戦であることを覚悟して、しかし、あまり悲壮感でいっぱいにならずに根気よく治療を続けることです。

 治療以外にできる効果的な方法としては、早寝早起きをする、適度な運動をするなどの生活改善をすすめます。パニック障害の患者は、昼に寝て夜中は目が冴えて起きているなど、生活のリズムが逆転していることが多いのです。そもそも人間の睡眠覚醒リズムは、昼に日光に当たることで調整されるのですが、外出を怖がって日光に当たることがない患者は人間本来の生活リズムが狂いやすいのです。

 東京のある若い女性患者の例ですが、ふと思い立って鹿児島県・徳之島の親戚の所に行き、ゆったりとした自然の中で畑仕事を手伝う生活をしていたら、薬をのんでいないにもかかわらず、まったく発作が出なくなったといいます(ただし、残念なことに東京に戻ってくると、また発作が起こるのですが)。

 田舎に移住することは現実的ではないにしろ、この病気が、生き物としての人間本来の生活とはかけ離れた現代社会のあり方に深く関与していることは明らかです。できる範囲で生活改善をすることは、治療だけではなく予防にもつながるでしょう。