日本短波放送「薬学の時間」
 演題「パニック障害」

心療内科・神経科 赤坂クリニック
 理事長 貝谷久宣

放送日
 平成10年4月16日(木)午後8時10分〜25分
録音日
 平成10年4月1日(水)11:00〜
録音場所
 日本短波放送本社 港区赤坂1-9-15
03-3583-8151

 パニック障害は大変ポピュラーな病気です。みなさんの周囲にも一人や二人は必ずこの病気に悩んでいる人がいるはずです。最近の米国の大がかりな研究によれば、100人のうち3人前後は一生涯のうちにこの病気にかかると言われています。米国では女性の患者が男性の2倍程多いとされていますが、日本ではほとんど同じか、女性の方がやや多いと思われます。

 では、まず、パニック障害の事例をお話しいたします。症例1は25歳のOLです。連日ハードワークが続き、さらに友人とかなりお酒を飲んで帰った夜のことです。ベットに入りテレビをつけ、眠ろうとしている時です。いきなり、心臓がドクンドクンと鼓動を打ち始め、おかしいと思い、トイレに行き気分を落ち着け、横になりました。しかし、この心悸亢進は全くおさまらずに、それどころかそれに引き続き、呼吸も苦しくなってきました。その時、彼女はこのまま死んでしまうのだと思ったそうです。それと同時に意識が遠のき、震えが出て、からだの自由が利きません。やっとの思いで友人の部屋に駆け込み、救急車を呼んでもらいました。病院に入院し、いろいろな検査を受けましたが異常はないということで退院しました。2回目の発作は、1ヶ月後、ボーイフレンドと高速道路をドライブしているときでした。1回目の発作以上に激しい症状で、また救急車を呼ぶはめになりました。それから癖になってしまったように、至る所でこのような発作に襲われました。しかし、2回目の、高速道路を走っているときの発作が大変激しかったので、その後、車に乗ると、必ず発作が出るようになりました。はじめのうちは、高速道路とか、信号待ちとか、渋滞の時だけに発作を起こしていました。そのうちに、普通に走っていても発作を起こすようになり、さらに車をみただけでドキドキするようになり、ついには、車に全く乗れなくなってしまいました。

 パニック障害の主な症状はパニック発作です。パニック発作は特別な理由もなく、不意に起こるのが特徴です。そして、発作は繰り返しやってきます。このOLは一日のうちで、もっともゆったりした時間に発作を起こしています。発作症状は種々なものがあります。このOLでみられたのは、心臓のドキドキ、息苦しさ、手足の震え、現実感の薄れ、死の恐怖 でした。その他のパニック発作の症状として、汗をかく、息が詰まる、胸の痛み、または、不快感、吐き気、腹部のいやな感じ、めまい、頭が軽くなる、血の気が引く、ふらつき、自分が自分でない感じ、常軌を逸する、狂うという心配、しびれやうずき感、寒気やほてりがあります。このような症状が、ほとんど一度にやってきて、約10分前後で最高潮に達します。そして、その後、徐々に症状は消えていきます。

 パニック発作の中心症状は、何と言っても激しい不安です。パニック障害でみられる不安は、何らかの誘因や理由のある不安ではなく、体の内側からやってくる不安です。これを原発性不安とか、内因性不安といっています。パニック障害ではこのような原発性不安だけでなく、二次性の不安も必ずみられます。このOLは車をみただけでドキドキするといっています。それは、発作がまたくるのではないかという心配です。これを予期不安と呼んでいます。すなわち、死の恐怖にみちた、恐ろしいパニック発作の再発をおそれている状態です。パニック発作のもう一つの特徴は、発作を説明できる臨床検査所見がないということです。このOLは、入院して精密検査を受けましたが、どこにも異常がないということで、退院しました。

 彼女は、もっとも激しい発作を車に乗っているときに経験し、車に乗ると言う状況が予期不安をかき立て、この予期不安がパニック発作を誘発し、そして、次に車に乗るという状況がさらに予期不安を高めるという悪循環を繰り返しています。その結果、車に全く乗れなくなってしまいました。このようにパニック発作をおそれ、逃げることが困難であったり、助けがすぐ求められないような状況にいることに、著しく苦痛を感じたり、そのような場所を避ける状態を広場恐怖と呼んでいます。

 パニック障害患者の7割前後は、程度の差こそあれ、また、一過性にしろ広場恐怖を示します。広場恐怖の患者がしばしばおそれる状況は、乗り物、劇場、エレベーター、人混み、などの物理的に拘束を受ける状況だけでなく、会議に出席する、会食をする、スーパーのレジに並ぶ、といったような精神的な束縛状況も嫌います。広場恐怖症が高度になると社会的な障害の程度が高まります。

 次に、症例2を紹介いたします。この患者は大学3年生の男性です。真夜中の2時か3時に、突然、目が覚めました。急に体が興奮したような感じで、体の中がグラついているようで、目が覚めたのです。この大学生は死んでしまうのではないかと不安になり、母のベットに助けを求め、走り込みました。母の横で仰向けに寝ていても全くおさまらない、何が起こったのか説明できない、ただ、恐ろしいという感じでした。救急車を呼んでほしいと頼みましたが、親たちは、息子が意識もはっきりしていて、何も異常がありそうに見えないので、本当に救急車を呼ばなければならないのか、何度も確かめました。救急車に乗っているときも、意識ははっきりしていました。病院に着いたときは、全身がガタガタ震え、ただ寒いだけでした。自分はどうなってしまうのだろう、と言うことばかり考えていました。病院の医者には過呼吸だから心配ない、と行って、帰されました。

 この大学生の症状は、睡眠時パニック発作です。パニック障害患者の約4割は、パニック発作を睡眠中に経験します。夢を見ているときにパニック発作が起きることは、ほとんどありません。睡眠時パニック発作は、レム睡眠前の、深い眠りの段階に起きます。

 この症例でもはっきりしていることですが、パニック障害は主観的には激しい不安・恐怖を伴う苦痛の大きい病気なのですが、客観的にはなかなか問題にされない病気です。パニック障害を知らない医師は、検査所見が正常であるので深刻に扱ってくれません。もちろん、親でさえ、その苦しみがわからない病気です。ですから、患者は周囲から理解されず、孤独感に悩みます。パニック障害が昔のように神経症という診断がなされると、当然、その人の性格とか心の持ち方が問題にされ、なかなか治療に結びつかず、患者にとっては大変なマイナスです。

 パニック障害は脳の機能障害であるというのが現代の考え方です。それは次のような研究結果から示されます。まず第1に、炭酸ガス吸入、カフェイン、乳酸、気管支拡張薬、コレチストキニンなどでパニック発作を実験室で起こすことができます。この発作は、自然発症のものと変わらず、治療薬で阻止することができます。

 第2に、パニック障害は家族性出現の多い病気です。現在、まだ、遺伝子は発見されていませんが、それは時間の問題だと考えられています。第3に、ここに示した男子学生のように、原因と考えられる精神的な出来事が無く、睡眠時の発作として出現します。第4に、ペットスキャンのような脳の画像診断で、パニック発作の最中も、発作が起きていない時期にも、脳血流や神経伝達物質受容体の変化が見つかっています。

 パニック障害の治療は、まず何と言ってもパニック発作のコントロールです。発作がなければ、予期不安は時間とともに消失していきますし、その結果広場恐怖も改善していきます。私は、パニック障害の治療をまずベンゾジアゼピン系抗不安薬で始めます。ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、効果発現が早く、不快な副作用が比較的少ないので、第1選択の治療薬です。これにより、早期にパニック発作を消失させることができます。そして、あるところから、三環型抗うつ薬を少しずつ追加していきます。この薬は、うつ状態にはもちろんのこと、パニック発作にも効果がありますし、恐怖症も改善します。3割前後の患者に、パニック発作発症の前後に、うつ病がみられます。パニック障害は慢性疾患ですから、長期にわたり服薬する必要があり、うつ病を予防する意味からも、抗うつ薬の投与が望ましいと考えられます。広場恐怖は、薬物療法だけで大部分の患者はよくなります。しかし、慢性重症例は行動療法が必要となります。

 最後に強調しておきますが、パニック障害は正しく診断し、根気よく治療すれば、決して、やっかいな病気ではなく、生活の支障をほとんどゼロにすることができる病です。