パニック障害患者の心性A

 患者さんの診察をしていると「なぜ?」と思うことが多々あります。「せんせい!わたし、カラオケに行くと発作を起こしてしまうんです!」とある30代の主婦が訴えます。「ハハン…カラオケボックスの狭い部屋が息苦しいのだな。この患者さんは閉所恐怖症があるんだ」とわたしは一人合点をしました。しかし、よく話を聞いてみると閉所恐怖症のためではなかったのです。彼女はカラオケが大好きで完全に扉が閉まった防音装置付きのカラオケボックスの中でも平気です。しかし、「今から3曲目が自分の番」と思ってよその奥さんの歌を聴いているときに発作が起きてしまうのです。どうも、パニック障害の患者さんは順番を待つことが大変苦痛のようです。そういえば、スーパーマーケットでパニック発作を起こす患者さんは珍しくありません。これはスーパーの中が人混みで逃げ出せないような雰囲気の時もありますが、しかし、それよりも、レジで順番を待っている時の方が発作が起こりやすいようです。自動車の運転中に信号待ちになっても発作が起きます。電車がポイント切り替えで一時停車をしてもいけません。先日、中央線が列車事故で立ち往生して止まったとき、発作が起きそうになったと訴えた患者さんが何人かいました。パニック障害の患者さんは「待つ」ことが大変苦手のようです。

 「待つ」という象徴的風景は、初めてのデートで彼が彼女を待っている場面です。彼女が今現れるか今現れるかとそわそわしタバコを何本もふかして駅の改札口の前を行ったり来たりしているといった場面です。この彼のそわそわは、彼女が果たして来てくれるのか、来たら何を話そうか、どこへ連れていこうかといった楽しい「不安感」の結果です。これは「通常のこころ」にみられる不安です。カラオケの順番待ちの時も、通常のこころでは「上手に歌いたい、失敗をしてはいけない」と思い緊張が高まります。しかし、パニック障害の患者さんの気持ちはどうもこれとは少し違っているようです。患者さん本人は「待つ」という気持ちの根底にある不安がどの様な種類の不安かはっきりと意識していないことが多いようです。その「こころ」をよく聴いてみると、「いま、発作が起きたらどうしよう」ということにつきるのです。もしも発作が起きたら「歌を歌うどころではない」「すぐ助けを求められない」「人前で恥をかく」「たくさんの人に迷惑をかけてしまう」といった十人十様の懸念がその次に生じてくるのです。

 パチンコをやっているときにパニック発作を起こしたという患者さんは10人を下りません。その状況を問えば、大部分の患者さんは、パニック発作が起こるのは玉が入って大入りの時だと答えました。玉がジャンジャン出るから興奮してパニック発作を起こすのかと考えるとそれは違っています。どの患者さんも玉が入ってうれしいが、興奮するほどではないと言います。大入りの時はチュウリップが開きます。これが開いているうちはパチンコ台の前から立ち去ることが出来ないと思ってしまい緊張感が高まり不安になるというのです。「いま、発作が起きたら?!…」と考えてしまうのです。これが予期不安です。この予期不安が不安発作を引き起こしてしまうのです。

 この様な心境になる状況はまだ他にもたくさんあります。比較的おおいのは、理髪店や美容院で整髪してもらっているときです。首にタオルを巻かれるのがうっとおしくていやだという患者さんもいますが、やはり、椅子にじっと座っていなければならないのが一番の苦痛のようです。整髪中に気分が悪くなったら何も遠慮せずに席を立ったらよいようなものですが、実際にはそうは出来ず精神的に束縛された気分となります。

 こうしてみると、パニック障害の患者さんはどのような状況にしろ束縛されることをもっとも恐れます。その束縛は物理的な束縛はもちろんですが、精神的な束縛は気がついていないところで複雑な形で作用しているようです。

 もう一つのパニック障害の患者さんの心性は「万が一の危険性」を極度に恐れることです。ある主婦は、「せんせい、わたし絶対にシャンデリアの下に行かないわ」と言いますし、また別のサラリーマンは「僕は高い煙突のそばを歩くことが大嫌いです、もちろん新宿の高層ビル街にも行きたくありません」と訴えています。「万が一」どころか「億に一」の可能性のないことに対してもそれが起こってしまったことを考え行動を制限してしまうのです。もしここで発作が起きたらと言う予期不安はさらなる不安をかき立て、悪循環に陥り発作の発症危険率をますます高めてしまい、結局発作を起こしてしまうことになるのです。

 このように考えてきますと、パニック障害の患者さんの束縛を嫌うこころに対しては「自由奔放なこころ」を、万が一の危険性を確実視してしまうこころに対しては「ズボラなこころ」を心がけることが大切でしょう。

医療法人 和楽会
理事長 貝谷久宣