パニック障害の療養

治療ガイダンス

 医療法人 和楽会のクリニックでは患者・家族のためのパニック障害の理解と対処についての教育セッションを毎週開催しています。初診後の患者さんはすべてが、再診の患者さんも必要に応じて参加してください。この治療ガイダンスでは患者さんの病気に対する不安を取り除くだけでなく、薬物療法と認知行動療法の理解を高め、改善を早めます。さらには家族の出席が得られると治療に対する協力が容易になり、病気の回復に大きな助けとなります。パニック障害の患者さんが示す種々な症状を疾病利得(病気の症状を理由にいやなことから逃れている)ととったり、勝手がよい性格だと非難したり、怠け者の兆候であると誤解する家族にパニック障害の本態を理解していただくことは患者さんの大きな救いとなります。

日常生活での注意

 パニック障害の患者さんは多かれ少なかれうつ状態を経験します。貝谷はこれを“パニック性不安うつ病”と呼んでいます。このうつ病については前号で「プチうつ病」として紹介しました。このうつ病は、感情の過敏性、過眠、強い疲労感、過食が特徴です。この点についての対処を順次述べましょう。

(人間関係の調整)
 パニック障害を発症する人は対人恐怖的心性を多少とも持っており、行動パターンとしては自己犠牲タイプ(東大式エゴグラムのパターン)が圧倒的に多くみられます。元来傷つきやすい人が発症することによりますます傷つきやすくなるのです。そのため、パニック障害の急性期は複雑な人間関係を出来るだけ避け、恋愛も控えたほうがよいです。また、パニック障害では感応性(他人の気分が自分の気分になってしまう)が非常に高まりますので、患者さんから患者さんに症状が移ることがしばしばみられる。それ故、患者さん同士の付き合いは出来るだけ避けたほうがよいと考えられます。

(過眠と生活リズムの乱れ)
 パニック障害では脳内時計が遅れます。この日内リズムの乱れは研究によっても明らかにされています。睡眠ホルモン・メラトニンは真夜中にピークになるのですが、患者さんではそのピークが朝方に遅れ、さらに健常者よりも高くなります。要するに朝になってもいつまでも眠くて覚醒しない状態です。メラトニンの脳内の分泌は光にあたることで抑制されます。患者さんではこの光が薄明かりだとメラトニンの抑制が健常者よりも少ないことがわかっています。ですから、パニック障害の人には、@早寝早起き、A外気を吸い充分に日光にあたる、B三度の食事を同じ時間にきちんと取る(腹時計から日内リズムを調整する)、C毎日目標・計画を持った生活をする、といったことが非常に大切です。とくに、一日の行動計画をしっかり立て実行することは重要です。昼夜逆転がはなはだしく長期続いている人は、一晩徹夜して次の日の午後10時過ぎに眠ると脳内時計がリセットされます。断眠中肝要なのは一睡もしないことです。

(運動療法)
 パニック障害の患者さんは疲れをしばしば訴えます。また、パニック発作の恐れから、種々な病気を懸念し、自分の身体に保護的に振舞うことが多くみられます。そのため、大部分のパニック障害の患者さんは運動を避けます。このことについて筆者の友人であるゲッチンゲン大学のバンデロー教授はいくつか研究しています。それによりますと、エルゴメトリーで測定すると、患者さんの体力は健常者に比べずいぶん低下していました。ところが、10週間自転車漕ぎで鍛錬すると体力は健常者とは変わらなくなりました。そして、パニック障害の症状は運動をしなかった患者さんよりも良くなりました。別の研究では、ランニングを10週間した人は何もしなかった人より不安・抑うつ症状が改善しました。このようなことから、規則正しい持続的な有酸素運動はパニック障害症状の改善に有効だけでなく、体力を回復させ疲労しにくくする作用があります。筆者は、毎日汗をかくぐらいの掃除をすることからからだを使うことをはじめるのを推奨しています。それには3つの徳があります。第1に、体力を回復し病状を軽快させる、第2に、清潔になり心がすがすがしくなる、第3に、病気でも頑張っていると周囲のものが尊敬してくれるようになる。

(アルコール)
 アルコールは飲んだ直後は気分がよくなり、不安が払拭されます。しかし、その効果は長続きせず、酔いがさめた頃にはリバウンドがきて逆に不安が強くなります。二日酔い状態での発病や病気の悪化をみた患者さんは数えられないほど多いです。アルコールは服用している薬に作用を起すことがあります。とりわけ、抗不安薬の効果を相乗的に増やすので両者を同時に使用することは自動車事故を始め種々な事故の危険性が強くなります。パニック障害の療養中には大量のアルコール摂取は控えることが必要です。筆者は、多くの場合、節酒ではなく禁酒を指示しています。

(喫煙)
 パニック障害患者は喫煙する人が多い。不安障害の中でもパニック障害は特に喫煙率が高い。ある調査による不安症患者の喫煙率は、パニック障害40.4%、社会不安障害20%、強迫性障害22.4%であり、パニック障害患者ではヘビー・スモーカーも多いこともわかりました。ニコチンもアルコールと同じような方向に作用します。摂取直後には不安解消的に働き、禁断時には不安を呼び起こす作用があります。不安症患者527名の喫煙について調査した研究は、パニック障害をもつ喫煙患者の多くは非喫煙患者に比べ、不安が強く、広場恐怖が著明で、抑うつやマイナス思考が強く、ストレスを受けやすいことを明らかにしています。筆者らのクリニックで最近行った3〜7年後の予後調査でも重要な結果が見られました。非喫煙者129名と比べ喫煙者54名では、生活の障害度が大きく、抑うつ症状も重いことが明らかになりました。最近の海外の研究によれば、喫煙はパニック障害の発症の引き金となるだけでなく、症状を悪化させ、病気の予後にも悪い影響を与えることがわかりました。以上より、パニック障害をもつ患者さんは禁煙をすることが非常に重要です。最近は禁煙を援助する薬も使用できるようになりました。タバコは百害あって一利なしです。是非とも禁煙に挑戦して下さい。

(コーヒー)
 パニック障害を持つ人はコーヒーを好む人が少ない。それはパニック障害の患者さんはカフェインに過敏だからです。筆者の調査では、パニック障害患者287名中コーヒーを飲んだ後にパニック発作または不安感や不快な症状を訴えた人が54名(18.8%)ありました。米国の研究では、コーヒーを五杯飲めばパニック障害の患者さんの7割はパニック発作またはそれに類似した不安状態が起きると言われています。筆者は大量のコーヒー飲用後パニック障害が発症した症例を少なからず経験しています。パニック障害患者には今までにコーヒーを飲んで不安感や動悸を経験した人は以後コーヒーを止めたほうがよいでしょう。どうしてもコーヒーの味と香りを楽しみたい人はカフェインレスのインスタントコーヒーを試してみて下さい。

最後に
 パニック障害の三悪は、過労、睡眠不足、風邪です。パニック障害の治療に大切なことは、生活上すべてのことにおいてハメをはずさないことです。指示通りの服薬をし、自省し、節制し、積極的によいことに挑戦すれば必ずよくなっていく病気です。

医療法人 和楽会
理事長 貝谷久宣