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パニック障害は、ある日突然、めまい、心悸亢進、呼吸困難といった自律神経の嵐のような症状とともに激しい不安が発作的に起こる病気です。医師の診断を受けても身体的にはどこも異常なところは発見されません。ですから、従来は、専門医からは不安神経症とかうつ病と診断されることが多く、一般医からは自律神経失調症、心身症、心臓神経症、過呼吸症候群、心室性頻脈、狭心症、メニエ−ル症候群、過敏性大腸炎、と診断されていることが多い状態です。
1960年頃、米国のクラインという精神科医が、当時「不安・恐怖反応」と診断していた一群の患者にイミプラミンといううつ病の薬を投与したところ、10人中10人ともいわゆるパニック発作が消えてしまったのを観察しました。これが研究の出発点となり、1980年に米国精神医学会の分類で「パニック障害」という病気としての概念が公にされました。ですから、パニック障害というのはある種の薬が著名に効果を現したことから他の病気から区別された病気です。 パニック障害は100人に1人ぐらいの割合で起こる病気です。欧米諸国では男性1人に対し女性が2人以上の割合で発症するといわれていますが、日本では男女ほぼ同じくらいの割合で発症しています。発症年齢は男性では25歳から30歳位にピ−クがあり、女性では35歳前後の発病が最も多くみられています。 では、次にパニック障害の事例を紹介しましょう。 プラットホ−ムで突然激しいめまいに襲われたAさん (32歳サラリ−マン) Aさんは会社の帰途、お茶の水で快速に乗り換えるため降りて雑踏の中で立っていました。周囲の景色や状況はいつもの帰宅時と全く変わりません。ところが、「アッ」と思っているうちに、急に頭が熱くなり脳の血管がドクンと音をたてたように感じた次の瞬間ファ−としためまいが起こり、これはなんだ「どうしようどうしよう」と頭が考えている間もなく、なんともいえない不安感で胸がいっぱいになりました。その時には既に心臓は激しく鼓動し、手足は震え、額には汗が出始めていました。そして、死の恐怖が胸いっぱいに迫りもう立っていることが出来ませんでした。不安と恐怖の坩堝にいる間に誰がいつ呼んでくらたかわからず救急車に乗っていました。救急車の中でああ自分はまだ生きているのだなとおぼろげに考えていました。病院に着いた頃には周囲の状況もはっきりしてきており、医者の質問にも答えることが出来ました。すぐ、心電図、脳CTの検査を受けましたがどこも異常がないということで深夜に迎えに来た妻とともに家に帰されました。 Aさんはこの様な発作があった後、1週間に2〜3回同じ様な発作に襲われ、そのつど病院に運ばれました。発作の起きる場所は家であったり、会社であったり、時場所を選びません。発作が余りたびかさなるので、ついに会社を休んで精密検査を受けることになりました。結局何も異常は見つからず、精神安定剤をもらって退院しました。それからというものは、Aさんはお茶の水を通過して、四谷までいって快速に乗り換えました。発作を起こしたお茶の水のプラットホ−ムに立つと気分が悪くなるからです。また、電車が込み合ってくるとまたあの発作が起きたらどうしようと心配が特に強くなります。この発作の不安は家にいても会社にいても常に頭から離れません。 パニック発作 パニック発作の症状
パニック発作の出現の仕方 パニック発作はある一定の時間に限り激しい恐怖感や不安感とともに上にあげた症状が4つ以上ほぼ同時に突然出現し、10分以内にピ−クに達します。パニック発作はその激しさが最高潮に達した後は30分以内に症状が消え去ることが多いようです。しかし、一部の患者では半日以上も症状が持続することがあります。 パニック発作が始めて起きてから次の発作が起きるまでの時間は様々です。多くの人では、1週間以内に第2回目の発作が起きます。そして、発作は起き始めると次々に連発する事が多いようです。パニック発作の頻度は、著者の患者140名の統計研究では、発症時には週に3〜7回の人が最も多く、診察時には日に1回以上という人が最多になります。 パニック発作ではふつう4つ以上の症状が同時に出ます。著者の患者140名の統計では、発病時の発作症状数は6つであったという患者が最も多く、初診時には9つの発作症状を持つ人が最も多くなっています。中には症状数が1〜3だけの患者もいます。これは小発作といいます。小発作は、病気の程度の軽い人、不充分な治療を受けている人、激しい時期が過ぎた経過の長い患者でみられます。私のクリニックの最近の調査では、発作症状数が多い程重症で病気が長引く可能性が強いことがわかりました。 パニック障害にみられるパニック発作の特徴 パニック障害のパニック発作は誘因なく突然はじまるのが特徴です。過度の緊張のあまり上がってしまった状態とか、たいへん恐ろしい場面でパニック発作が出現することは納得できます。ところが、パニック障害のパニック発作はどうしてこんな所で発作が起こるのかと本人にも周囲の人にも全く理解できないのがこの病気の所以です。まさに青天の霹靂です。しかし、数は少ないですが、なかにはあるきまった一定の場所でしかパニック発作を起こさない人もいます。例えば、車を運転中だけとか、電車に乗ったときだけしか発作はおきません。しかし、このような人でも、自宅でくつろいでいる時に発作ほど激しくない症状で不意に気分が悪くなることがそれまでにあったということがしばしば聞かれます。 パニック発作では様々な身体症状が出現しますが、発作症状を説明できる臨床検査所見がみつかりません。心電図、心エコ−検査、心臓カテ−テル検査、胸部X線検査、脳波、CT,MRI画像検査、胃腸の透視検査、血液−尿検査などすべての検査で異常は認められません。ただし、心電図検査でときに僧坊弁虚脱症の診断を受けることはあります。 パニック発作の治療 始めに述べましたようにパニック発作はイミプラミンという三環系抗うつ薬が効きます。この薬は効果を発揮するのに時間がかかり、口渇、便秘、眠気などの副作用が出易いので、最近はアルプラゾラム、ロラレパム、クロナゼパムといったベンゾジアゼピン系抗不安薬がまず用いられることが多くなっています。これらの薬物療法とともに、認知・行動療法も発作を減ずる効果が明らかに認められます。 予期不安 パニック発作がひとたび起こるとそれは生命の危機をひしひしと感じさせるものであるので、発作に対する恐怖感は計り知れないほど強い。それは不意に突然起こることが多いので、またいつあの恐ろしい発作が起こるのではないかと常に心の底に不安感を持ち続けます。不安は対象が明かではない恐怖であると言われていますが、パニック障害の予期不安の内容をもう少し具体的に突き詰めて行きますと次のような恐怖であると考えられます。
予期不安の治療 イミプラミンは予期不安に直接効くことはありません。但し、この薬で発作が消失することにより時間とともに予期不安は軽快して行きます。予期不安に直接高かがあるのは前述したベンゾジアゼピン系抗不安薬です。もちろん、認知・行動療法も予期不安を現弱する重要な治療手段です。 外出先で発作を起こしてからPTAの会合に行けないBさん (38歳、主婦) 2年前のことです。Bさんは、ス−パ−へ入った瞬間、脈が欠けるのを感じましたが、そのまま買い物を続け済ませました。1週間分の食料品を買い込んで人でごった返すレジの行列に並んで待っていました。すると、急に胸のあたりが熱くなってきて激しい動悸が始まりました。この動悸は1分もしないうちに最高潮に達しもうこのまま心臓が止まるのだと思いました。息づかいは荒く、全身冷や汗で、手足はブルブル震え、下半身の力が抜けてしまいました。丁度、そこに居合わせた近所の奥さんがス−パ−の休憩室へ連れて行ってくれました。ベットで30分も休んでいたら気分は楽になったので、そのまま家へ帰りました。それから、ス−パ−のレジでは決まって気分が悪くなり、そこへいくだけでイライラしたりドキドキしたりします。結局、この1年間はス−パ−へは主人が代わりに買い物に行きます。一番困るのが学校へいけないことです。中学校と小学校の子供がいますが、もう長いこと懇談会に行っていません。人様の前で発作が起きたらどんな恥ずかしく迷惑をかけるかと思っただけで出席できません。元気なときは役員をして飛び回っていたのに、自分でも情けなく思います。子供のためにというより自分のために頑張ろうと思いますが、突然の不安や動悸には勝てません。 Bさんのようにパニック発作が出現してからそれをがまた起こることを恐れ、外出ができなくなったり一人で乗り物に乗れないような状態を広場恐怖と呼びます。 広場恐怖の出現 広場恐怖とは、パニック発作が起こることを恐れ、助けが求められない場所やすぐ逃げ出すことのできない場所にいることを非常に不快に感じたりまたはその様な場所を避ける状態をいいます。パニック発作を起こした患者の約4分の3は多かれ少なかれ広場恐怖を示します。具体的には、新幹線、航空機や地下鉄などの公共交通機関、トンネル、エレベ−タ−、橋などの狭い場所、倉庫や窓のない部屋といった閉鎖空間、美容院、歯科医、会議、行列に並ぶといった束縛された状態などがあり、高速道路、特に渋滞を恐れる人が目立ちます。また、自宅から遠く離れたり、家で一人で留守番できない人もよくみられます。 広場恐怖の対象は、発作をよく起こす場所はもちろん、もしこのような場面で発作が起きたら大変だと想像することによってどんどん広がります。ついには家から一歩も外にでられない人や、常に誰かを身近においておかないとおられない重症例があります。予期不安の症状の強さは次のような3段階に区別されています。 軽症:外出には多少不安を感じどうしても必要な所だけに行く 中等症:一人で外出できないことが多く、行動が制限されている 重症:ほぼ完全に家に縛られているか、付添いなしで外出できない 広場恐怖の治療 広場恐怖の治療の基本はまずパニック発作を完全に消失させることです。小発作でも発作があるうちは広場恐怖がよくなることはまずありません。約半数の人は発作が消失するとともに自然に広場恐怖はなくなって行きます。広場恐怖に直接作用する薬はイミプラミンですが、効果の出方は目立ちません。広く一般には認められていませんが、著者自身はスルピリドという別のタイプの抗うつ薬が効果を持つと考えています。頑固な広場恐怖の治療は、行動療法が最も効果的です(別章参照)。 その後のAさんの経過(事例1の続き) Aさんはその後内科で精神安定剤をもらいながら何とか会社に通っていました。しかし、薬を飲んでいても、はじめの発作ほどは激しくないのですが、朝の出勤時間になると心臓がドキンと打つのを意識したり、それと同時に額にうっすら汗をかきました。Aさんは毎日会社に出勤していましたが、以前のようにいきいきとした感じはありません。やっとの思いで会社にいっているという状態です。今までてきぱきと仕事を片づけていたAさんの様子がいつもと違うことに会社の同僚も気づき始めました。あれほどの巨人ファンのAさんが、いま優勝するかどうかのデットヒ−トを展開している巨人軍の話を全くしません。また、営業会議に出ても、自分から発言することは全くなくなってしまいました。Aさん自身も人生が無味乾燥したものと思えるようになってしまいしました。 うつ病の併発 Aさんはうつ状態に陥っています。パニック障害で発作の程度が軽くなってもなお発作が頻発していると、常に予期不安がある状態が続き、自分の病気以外には周囲のことに全く関心がなくなり意欲がどんどん減退して行きます。この様な状態は「意気消沈うつ病」と呼ばれています。このうつ病は本人にも家族にもはっきりと気づかれることなくじわじわと忍び寄るように起こってきます。ですから専門医でも時に見過ごすことがあります。この状態自体を本人は強く苦悩しませんし、周囲にとっても明かな支障を来すことがありませんが、貴重な人生のある時期を浪費することになります。この様なうつ状態は軽い抗うつ薬で早急に回復することが多いようです。 この様なうつ状態とは異なって、パニック発作が消失する前後に、または、パニック発作に先立ち強い抑うつ気分を主症状とするうつ病が現れることもあります。これは本格的なうつ病で充分な治療を必要とします。 パニック障害患者の約半数は、これら「うつ状態」や「うつ病」を示します。 次にあげる症状が4つ以上がかなり持続的に認められれば「うつ病」が強く疑われます。
本格的な「うつ病」の治療にまず必要なのは休養です。休養は身体を休めることではなく心を休めることです。すなわち、気を使わないことです。そして、イミプラミンやクロミプラミンといった三環系抗うつ薬で本格的に腰を据えて治療することです。多くのうつ病は3ヶ月以内に軽快に向かいます。 パニック障害の原因 ストレス学説 パニック障害発症前1年間のライフイベントを調査した研究があります。ある研究ではパニック障害患者では明らかに発症前のライフイベントが多くストレスが発症に関係していると結論づけています。しかし、別の研究では、パニック障害患者にはライフイベントが発症前特別に多いことはなく、パニック障害患者はライフイベントをよりストレスフルに感じるというものでした。私が診た500余名の患者でも明らかにストレスが関与して発症の引き金になったと思われる人は1割前後です。しかし、死に関係するような強烈なストレスは大いにパニック障害の発症と関係があると考えられます。 環境因学説 著者のクリニックのパニック障害患者175人についての調査では15歳以前に親と離別した人は17.5%でした。諸外国の研究によっても小さい頃に親と死別または生別した人がパニック障害では多いことが報告されています。また、最近の私達の研究では、親からひどい仕打ちを受けた人がパニック障害では多いという結果が得られています。しかし、相対的にこの様な傾向があるということで、即座にパニック障害の原因がこの様な環境に起因していると結論づけることはできません。 遺伝学説 著者のパニック障害患者287名中22%に親、同胞、または子供の中にパニック障害の患者がみつかりました。ですから、パニック障害はメンデルの法則に従って必ず遺伝する病気ではありませんが、パニック障害を発病し易い体質というものは遺伝するかもしれません。 パニック発作誘発物質 炭酸ガス:パニック障害患者の7〜8割は炭酸ガスを吸うとパニック発作を起こします。この様な患者は炭酸ガスに対して先天的に敏感であると考える学者がいます。乳酸ソ−ダ:これは疲労したときに筋肉に貯まる老廃物質です。この物質を大量に注射するとパニック障害患者だけにパニック発作を起こすことが出来ます。カフェイン:普通のコ−ヒ−約5杯分のカフェインが体内に吸収されると多くの患者では発作が起きます。そのほかの誘発物質:喘息の薬として使用される気管支拡張剤、経口避妊薬など。 パニック障害の原因は現在のところ明らかにされていません。パニック障害という病気自体がいろいろな原因による病気の集まりである可能性もあり、パニック障害の原因究明は将来の研究により明らかにされるでしょう。 患者・家族のための10章 1 パニック障害は、患者当人には死を決意するほどのつらい病気であるが、決して死を招くような病気ではないことを確認する 2 パニック障害は気持ちの持ち方が悪いから起こる病ではない。ましてや、都合が悪いのでわざと起こしている病気でもないことを確認する 3 パニック発作が起こってもあわてふためかない。かえって不安が増強するので、静かに慎重に対処する 4 パニック障害の治療の根本はまず発作を完全に消失させること 5 発作が起きてから薬を飲んでも効果発現時には発作は終わっているので意味がない。発作を起こさないようにきちんと服薬することが肝要 6 広場恐怖に対しては、どんどん薬を使い、どんどん行動する 7 「併発うつ病」は早期発見、早期治療 8 パニック障害は完全にコントロ−ル出来る病気であることを確認する 9 パニック障害は頑固な病であるので、勝手な断薬は禁物 10 「パニック障害」という診断名を使う専門医に治療を受けること この「患者・家族のための10章」についての詳しい説明は貝谷久宣著「不安・恐怖症 −パニック障害の克服」講談社、1996を参照 ![]() 医療法人 和楽会 理事長 貝谷久宣
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