M.N
 私がK先生を本で知り受診して約1年半になろうとしています。遠方なのでたびたび受診できませんが。

 K先生が先日「医療従事者としてなにか書いてみる気はないか」と言われました。

 この何年間かをふり返る意味でもちょうどいいなぁと思い用紙に自分の気持ちをぶつけてみることにしました。

 私は36歳の主婦、そして15年間看護婦として働いています。でも、パニックにおちいったら看護婦なんてまったく関係ありません。ただ恐いだけでした。

 私が「パニック障害」と診断されて6年の歳月が流れてしまいました。何でもない通勤電車の中で、突然の動悸、強い不安感、吐き気、そして自分では何もコントロールできなくなりこのまま変になりそうでした。友人に助けを求め、その場を乗り切りました。ちょうど妊娠中だったのでホルモンのバランスでも崩れたのかなぁと思っていました。出産までにデパート、美容院でも同じようになり、ひとりで外出するのがちょっとずつ不安になってきました。男の子を無事出産し、発作も起こらなくなり楽しい育児休暇を過ごしていました。しかし、またまた一人で買物、子供の健康診断等に行くたびに動悸と不安感に襲われはじめました。「これは変だ。“不安神経症”?」と思いはじめました。「わたしが“心の病”に?」恐怖感とあせりと失望感でいっぱいになりました。とにかく仕事に復帰するまでにこの心をどうにかしなくては! 神経科、精神科に大変抵抗を感じながら行きました。幸いに初めての病院で「パニック障害」と聞いたこともない診断をうけました。ショックでそのときのことはあまり記憶にのこっていません。

 今まで元気でいつも笑顔で患者さんと接し、元気に仕事をしていた私が精神安定剤と抗鬱剤の助けをかりないと今までの私にもどれないなんて。

 とにかく悲しくて、不安でボロボロの毎日でした。

 職場復帰の日、とてもこわかった。ドキドキ、ドキドキ。

 どうして今まで普通にしていたことが不安で、恐いの?でも看護婦という仕事はやめたくなかった。逃げたくなかった。きっと仕事はリハビリにもなるし、患者さんと接していたらまた元気になれる。勇気をだして一生懸命に職場に通った。

 一方で、同僚に「パニック」のことがわかったら偏見をもたれ、仕事をまかせてもらえないと思い手に汗をにぎり、ドキドキしながらできるだけ笑顔でがんばる日々でした。

 少しずつドキドキがおさまり自信がもてるようになったころ又又不安発作がたびたびおこるようになりました。

 再発です。薬に頼りたくなかったので、減量するのがはやすぎました。あせりすぎました。不安発作がおこるたびに気分は落ち込み、自信がなくなりスーと消えてしまいたい気持ちでした。この時は、アゴラ会の仲間の存在もしらず、ただ孤独感でいっぱいでした。

 夫、2人のこどもにも涙をみせたりして心配をかけました。「どうして、どうして、“心の病”に???」自分の人生を悲しみ、恨みました。

 家では涙し、仕事では精一杯にがんばりました。でも、もう疲れてしまいました。とても憂鬱でした。とても苦しかった。

 その時、K先生を知り家族で名古屋まで行きました。

 K先生からは、しっかり薬を飲むことを指示されました。まだまだ私の心のなかは薬にたよることがとても恐かった。楽になると解っていても不安だらけでした。薬の事を多少知っている私には副作用や、依存性のことが頭をよぎり不安を強めました。

 でも、今は行動するための杖だと思い内服しています。もちろんアゴラ会の仲間の先輩方との情報交換もとても支えになりました。現在は、薬の調整中の段階です。

 この6年間は、仕事と家庭中心で行動制限もいっぱいありました。仕事上のつきあいも、友達とのつきあいもことわることが多く、そのたびに落ち込みましたが、仕事と家庭が守れる普通の生活ができるのであれば幸せだと思えるようになりました。

 私は、「パニック障害」という病になり、「病気」がこんなに辛く、不安で悲しいものであるということが本当に本当にわかりました。今までの看護婦としての私は、患者さんの本当の辛さは理解できていなかったように思います。

 今でも薬の調整中なので、予期不安や、恐怖感に襲われますが、できるだけありのままで行動しようとしています。「心の病ではなくて、誰にでも理解してもらえる身体の病だったらどんなによかっただろうな〜」とか、「できれば、生まれかわって不安発作をおこす以前の私にもどり人生をやりなおしたい」と思うことの多い今日この一頃です。

 でも、それは無理。

 ここまで支えてくれた大切な家族、そしてアゴラ会の仲間に感謝しながら一日一日を大切に過ごすことを喜びにしています。

 先日、家族で北海道旅行に行ってきました。ボロボロだった私が、ここ迄たちなおることができたことがとてもとてもうれしかったです。もちろん予期不安はありましたけど不思議に行けたのです。できあがった写真は幸せそうです。

 「薬で症状をコントロールしながら病気と上手につきあうようにしなければ」ということをやっと心の中で認めることができるようになった気がします。一日は泣いて過ごしても、笑って過ごしても一同じ一日ですよね。「パニック障害にどうしてなったの?」「暗いトンネルどこまで続くの?」「ブラブラとショッピングいつできるの?」「ドキドキ、フワフワ、いつとれるの?」「心の底から本当に笑える日はいつくるの?」疑問符ばかりの人生がまだまだ続きそうですけど、仕事をがんばりながらその中で人の心を癒し、又自分の心を癒しながら、家族としあわせにすごしたいと願っている私です。

「LET'S GO 飛び出そう外へ」
「LET'S GO 勇気出して」
「LET'S GO いいことあるさ」
ほら笑ってごらん。