〜誤った学習を正し恐怖感を克服していく〜

認知療法でかたよった思考パターンを正していく

 最近では、不安や恐怖が中心となっているような症状、たとえば社会不安障害、強迫性障害、パニック障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、恐怖症などに対する心理療法では、認知行動療法が有効であるという報告が数多くみられるようになっています。

 ここではパニック障害を例にとって、認知行動療法について説明しましょう。

 私のところに来た患者さんで、運動をしたあとで心臓がドキドキし、これがパニック発作のきっかけになった人がいます。この人の場合の発作のメカニズムは、精神交互作用によるものです。

 精神交互作用とは、ある身体症状に対し不安を抱くと、その身体部に注意が集中し、その部分の感覚が敏感になって身体症状がますます助長され、また不安を生じるという悪循環に陥ることをいいます。生理的な心悸亢進を病的な状態と誤認してしまって不安感を高め、ついには発作をおこしてしまうのです。

 このような勘違いをしてしまうのは、「ある感覚をどのように受けとり解釈するか」という心の動きが、健康な人とは違っているためと考えられています。

 パニック障害の患者さんは「ものごとを重大に、そして悪い方向に感じとる傾向が強い」という説も提唱されていますが、このことをもう少し詳しく分析すると、次のようなことがあげられます。

(1) 十分な根拠がないのにもかかわらず、断定してしまう
(2) 「オール・オア・ナッシング」的思考である
(3) ものごとの悪い面だけをみてしまう
(4) すべて自分の責任と感じてしまう
(5) ものごとを自分の感情を基準にして判断する

 認知療法は、このようなパニック障害の原因と考えられているかたよった思考パターンを正していく治療法です。

 実際には、くり返し行われるカウンセリングのなかで、患者さんの悲観的思考パターンを、健全な前向き思考パターンと比較しながら、認知のしかたの多様性を示し、楽観的な思考に傾くように導いていきます。
行動療法で誤った学習を少しずつ是正していく

 行動療法は「暴露療法」とも呼ばれます。この療法は、条件反射学の理屈を応用した治療法です。

 有名な「パブロフの犬」の実験を思いだしてみてください。犬に餌を与える前にいつもベルを鳴らすと、いつのまにかベルを鳴らしただけで犬はごちそうをもらえると思い、唾液をだすようになります。犬は、ベルの音を聞くと餌をもらえると学習したのです。

 広場恐怖のおこりかたを、この条件反射の理屈で考えてみましょう。

 地下鉄に乗ったとき、はげしいパニック発作を経験したとします。次に地下鉄に乗ろうとすると、「またパニック発作がおこるのではないか」と考え、恐ろしくなって地下鉄に乗るのをやめてしまいます。つまり、地下鉄に乗ることは犬の実験と同様で、「地下鉄に乗るとパニック発作がおこる」といった、本来はまったく関係のない二つの事柄を関連づける学習がされてしまうのです。

 パニック障害では、パニック発作があまりにも激烈なため、一回のパニック発作で条件反射が形成されてしまいます。そのうえに地下鉄の中でふたたびパニック発作がおこったとすると、この誤った学習は強化され、ますます訂正することが困難になります。こうして地下鉄に乗れなくなり、広場恐怖が固定していくわけです。

 広場恐怖の暴露療法は、この誤った学習を少しずつ是正していく治療法です。

 先程の犬の例で考えてみましょう。

 ベルを鳴らすと唾液がでるようになった犬を、どのようにしたらベルを鳴らしても唾液をださなくすることができるのでしょうか。それは簡単です。ベルを鳴らしても餌を与えないことをくり返せば、犬はベルの音に以前のように反応することなく、唾液を流すことはなくなります。これを「条件反射が消去された」といいます。

 広場恐怖の治療の場合も、一定の手続きを経て条件反射を消去すればよいわけです。つまり、計画的に恐怖感の軽い場面から恐怖感の強い場面へ段階的に直面していき、発作がおこらないことをくり返し確認し、恐怖感をとり去っていくのです。

恐怖場面にのぞむためにリラクセーションとイメージ暴露療法を併用

 しかし、このように恐怖場面に直接のぞむことはたいへんな苦労ですから、私たちのクリニックではリラクセーションとイメージによる暴露療法を併用しています。

 まず、不安・恐怖を感じるいろいろな場面を患者さんにあげてもらい、程度の軽い場面から強い場面に段階をつけます。これを「イメージ暴露階層表」といいます。

 表 イメージ暴露階層表(例)
 患者さんは長いすに横たわり、自律訓練法で心身とも完全にリラックスした状態になります。初めはもっとも軽い恐怖場面、駅のホームに立っている自分をイメージします。からだが完全にリラックスしていれば、多少の恐怖がわいてきても動悸や呼吸困難はおこらないはずです。

 リラックスした状態が続いていることを確認し、次に、電車がホームに入ってくる状況を想像します。それでも恐怖を感ずることなく、心身ともおだやかな状態が続いていることを確認したら、自律訓練を終わります。

 同じレベルの恐怖場面を三回以上イメージし、リラックスした状態が続くことを確認したら、次の一階層恐怖の高い場面に移ります。このとき、多少でも不安感があったり、動悸などの身体的な変化が現れたら、一階層低い場面にもどります。そして、その一階層恐怖感の程度の弱い場面でリラックスした状態をくり返し体験し、次の階層に移ります。

 こうして、少しずつ恐怖場面の階層を上げていき、もっとも強い場面まで到達します。これがクリアできたら、次はイメージではなく現実場面への暴露を行います。これは治療者のつき添いのもとに行われ、最後には一人でその場面にのぞみ、恐怖感がまったくない状態をくり返し体験します。

 このように行動療法は、綿密な治療計画を立て、少しずつ恐怖感をとりのぞいていくため、治療期間は半年から一年が必要です。
注目され始めた集団認知行動療法

 最近では、不安や恐怖が中心となっているような症状に対して、集団療法としての認知行動療法の治療効果が注目されるようになっています。

 私たちのクリニックでは、集団認知行動療法として、「外出恐怖とパニック障害を克服するためのセミナー」と「社会不安障害を克服するためのセミナー」の二つを始めました。

 たとえば、外出恐怖とパニック障害を克服するためのセミナーでは、参加者自身が改善目標を決め、自分の考え方や気分を調整しながら、自分で発作や不安をコントロールし、思いどおりに行動できることをめざしたプログラムが組み立てられています。したがって、参加者が主役であり、自主的で積極的な参加が期待されます。

 このセミナーは、「基礎編」「準備編」「実践編(1)」「実践編(2)」の4セッションからなります。基礎編では症状の成り立ちや維持のメカニズム、不安の変化などについて知り、準備編では不安への実際的な対処法を身につけます。また、実践編(1)(2)では実際に電車に乗ることで不安に打ち勝つ経験をつみます。

 今後、不安や恐怖が中心となっているような症状を有する患者さんに対しては、個人療法としての認知行動療法とともに集団療法としての認知行動療法もお役に立てるのではないかと考えています。

参考文献:貝谷久宣著『不安・恐怖症パニック障害の克服』(講談社)

CASE

行動療法で広場恐怖から回復 Aさん・41歳男性

 航空機会社の社員てあるAさんはヘリコプターの操縦士をしていました。しかし、35歳のときにヘリコプターの操縦中に急に全身から汗がでて力が抜けてしまい、なんともいえない不安感こおそわれました。その後、勤務地から車を運転して帰る途中の高速道路で、またヘリコプターを操縦中のときと同じ発作がでました。休暇中、今度は動悸、呼吸困難、全身の熱感、手足のふるえ、しびれ感、気が狂ってしまうのではないかという恐怖感におそわれ、救急車で病院にかつぎこまれました。

 病院では種々の検査が行われ、結局、不安神経症(パニック障害と全般性不安障害のかっての呼称)ということで、抗不安薬の治療を1年近く受け、その間も月に1、2回はヘリコプターの操縦を続けていました。

 しかし、ある日、勤務態勢が変わり、乗務員が自分1人だけになることが決まってから、操縦に対する不安が激しくなり、自ら地上勤務に変更する願いを提出。5年間は地上勤務を続けましたが、「また昔のようにヘリコプターに搭乗して働きたい」という強い希望をもって来院しました。

 このケースについては、抗不安薬、抗うつ薬による治療のほか、光フィードバック療法(光の点滅刺激を加える自律訓練法)とイメージ暴露療法、さらに音楽療法を同時に行うことにしました。

 まず治療者(音楽療法家)がAさんにインタビューし、Aさんのその日の気分や状態に合った曲を選び、ボディソニックで流します。そして、光フィードバック療法を始めます。光フィードバックによりアルファ波の出現が増加し、Aさんの気分が最高にリラックスした頃をモニターで見ながら、治療者はAさん自身がつくったイメージ暴露階層表のなかのいちばん低い段階から、情景をイメージするように指示します。

 Aさんがつくったイメージ暴露階層表は、(1) 乗合バスに乗る、(2) 地下鉄に乗る、(3) 車を運転する、(4) ヘリコプターを操縦して作業をする、(5) ヘリコプターの作業が終わり機体を遠隔地に運ぶ、といった内容でした。

 音楽−光フィードバック−イメージ暴露療法は、くすりによる治療を開始して4週間後から始めました。回数は2か月間は毎週1回、その後は隔週に1回です。

 幸いAさんはくすりによる治療を開始して3週間後に、気分がよいといって、先輩の操縦するヘリコプターに同乗しました。

 そして、行動療法を14回終了した時点でテスト飛行をすることができるようになり、復帰訓練を始めました。18回終了後から本格的にヘリコプターを操縦する仕事を始めるようになり、20回終了後は、またもとのように仕事ができるようになりました。
なごやメンタルクリニック・赤坂クリニック理事長 貝谷 久宣
暮しと健康(特集:不安な心をどうするか) 2003;12:24-27