患者さんの病前の行動パターンを聞いているとパニック障害の人は実によく活躍していたことに気がつきます。昼間は一流商社のOLをして夜は六本木のクラブで働く麗人、建設業を自営しながら中古車のセールスをするハンサム男性、食堂経営の合間に外国製家庭用品の訪問販売でトップになった板前さん、などなど例を挙げるときりがありません。結果的に、パニック障害患者さんには結構お金持ちが多いことにも気がつきました。結果的にと書いたのは、多くの患者さんは必ずしもお金を儲けることを第一の目的に活躍していたのではなさそうな人が多いように見受けられるからです。むしろ、彼らは働き者でじっとしておられないのです。パニック障害は不安の病です。不安気質の人にパニック障害は起きやすいのです。このような人たちは何もしないでいることが大変苦痛で不安なのです。ですから仕事に逃げこんでいると言ってもよいかもしれません。また、"わたしには目的のないブラブラ歩きが出来ません"とか、"落ち着いている場所がない"という患者さんがいます。このような心境の根底には、常に不安があり、心を自由に遊ばせることが出来ないのです。パニック障害になる前の人たちは、身体的によく動くだけでなく、気配りも心遣いも人一倍強いように思います。そこまで気を使う必要がないのにとかそんなに遠慮しなくてもよいのにと思わされることがしばしばあります。その気遣いに疲れ果てて、または、その人間関係で傷つきパニック障害を発病する事例が多いことに筆者は憂えています。

 人と物があふれ、分刻みのスケジュールで世の中が動き、音速で世界を飛びまわる現代社会に疲れ果てた人たちで日本はいっぱいです。このような時勢に良寛さんが人気を呼んでいます。それは、物にも血縁にも執着せず、何もしない生活を送った人だったからです。良寛さんは、檀家を持ち葬式をするわけでもなく、お説教をするわけでもなく、寺を持つわけでもなく、蓄えがなくなれば托鉢だけをして越後の五合庵で質素な生活をした坊さんです。その北国の生活のなかで良寛さんは季節の移ろいを肌で感じ、自然のたのしさを味わい、子供との遊びに興じたのです。何かのために仕事をするといった生き方をしない良寛さんではありましたが、良寛さんはいるだけで周囲の人を何となく心が和み楽しげな気分に誘い込んだと言うことでした。無為のひと良寛さんの生き方を現代人はもう一度考えなおす時期に来ているのでしょう。
冬ごもり 春さり来たれば
飯乞ふと 草の庵を
立ち出でて 里にい行けば
たまほこの 道のちまたに
子どもらが 今を春べと
手鞠つく ひふみよいむな
汝がつけば 吾はうたひ
吾がつけば 汝はうたひ
つきて唄ひて 霞立つ
永き春日を 暮らしつるかも
霞たつながき春日をこどもらと手まりつきつつこの日暮らしつ

こどもらと手まりつきつつこの里に遊ぶ春日はくれずともよし

この歌のように何の屈託もなくその日その日をエンジョイ出来ることは素晴らしいことです。何にこだわることもなく、何を憂えることもない心はあるがままで自由自在にはたらいています。このような心境に到達できたのは、すべてのものを放し、何もない無一物でよいという心境です。それは自分の命さえ惜しまないということにも通じるように思います。良寛さんはその様な状態を表現する言葉として"優游 復 優游(ゆうゆう また ゆうゆう)"という言葉をしばしば使っています。不安とか恐怖といった心を克服してその向こう側に到達出来てしまった人なのでしょう。先々を憂えるのではなく「今ここに」を大切に生きる心境なのでしょう。

 さて、パニック障害を発症してしまうとよく働いた患者さんはどうなるのでしょうか? 急性期のパニック発作が頻発する時期が過ぎ慢性期にはいると、多くの患者さんは疲れやすいとか体がだるいといって動かなくなります。家事をするのでもなくごろごろしてしまう人が多いようです。体をまめに動かさないと乳酸がたまりやすい体質に変わっていきます。そうするとパニック発作が起こりやすくなり、マイナス思考に傾き悪循環が生じます。そして、時には絶望状態に陥ってしまいます。この状態は良寛さんの無為とはずいぶん異なっています。良寛さんは何もしなくとも心は健康で、常に自由闊達、何にとらわれることもないのです。このような患者さんにぴったりの言葉を江戸時代の健康書に見つけました。年頭の言葉としてパニック障害患者さんに謹んで差し上げます。
心は楽しむべし 苦しむべからず
身は労すべし 休みすぎるべからず
(貝原益軒 養生訓)
医療法人 和楽会 理事長 貝谷 久宣
ケ セラ セラ<こころの季刊誌> VOL.27 2002 WINTER