前回の一口コラムで、鈴木義幸さん著作の『コーチングが人を活かす』という本をご紹介しましたが、そうしましたところ、ある患者さんから「先生、あの本、私も前から大好きだったんです」と嬉しそうに御報告いただきました。そして、「今度、鈴木義幸さんが『セルフトーク・マネジメントのすすめ』という新しい本を出したんですけど、それもすごくいい本なので、是非、先生も読んでみてください」と薦めていただきました。早速、購入して読んでみましたら、これがまたいいんですね。というわけで、今回は、その本のご紹介をさせていただきます。

 セルフトークとは、人間の感情や行動の引き金として、心の中に生まれる特別なひとり言です。そして、「ここで失敗したらどうしよう」「前はこうじゃなかったのに…」「なんで自分だけ…」といったネガティブなセルフトークが問題になります。

 たとえば、部下が期限を守らなかった時などに、時折大爆発を起こしてしまうという上司の例が書かれています。その時のことをスーパースロービデオを見るように振り返ってみると、まず、「許せない」というささやきが心の中で生まれ、そのとたん視野が急に狭くなり、大爆発!となってしまうことが判明します。このとき「何があったんだろう?」と相手の背景を知ろうとする言葉を、意識して思い浮かべるようにしたところ、「バカヤロー!」でなく、「どうしたんだ?」と相手を思いやるセリフが出てくる様になったそうです。

 著者の説くところによると、セルフトークには、@「感情」を呼び起こし「反応」としての行動を引き起こしてしまうセルフトークAと、A「理性」を呼び起こし「対応」としての行動を導くセルフトークBがあるといいます。そして、セルフトークAをセルフトークBに変えていくことにより、自分の感情や行動をコントロールしていけるようになるといいます。先ほどの例でいうと、この上司は、他人の言動や出来事に自分の信念や価値観を刺激されて、「許せない」という否定的なセルフトークAが生まれ、感情的になり怒ってしまっていたわけですが、意識して相手の背景を知ろうとする「何があったんだろう?」というセルフトークBを生み出すことにより自分の感情をコントロールできるようになったということですね。

 クリニックの患者さん方の例で言いますと、大事な場面で緊張してしまいちゃんと話ができなくなってしまう(と思っている)社会不安障害の方たちは、「声が震えたらどうしよう」「変に思われたらどうしよう」といったネガティブなセルフトークAで頭の中が一杯になってしまい、本来の自分の力が発揮できなくなってしまうということでしょうし、広場恐怖を伴うパニック障害の方たちは「ここで発作が起こったらどうしよう、きっと大変なことになる」「なんだかドキドキしてきた、大きな発作に発展しそうだ、早く何とかしなきゃ大変だ」というようなセルフトークAが生じてパニックになってしまうのでしょう。ですから、実際に具合が悪くなりそうな時は、具体的にどう対応したらいいのか、本当に大変なことになってしまうのかといったことを自問自答するセルフトークBを生み出すことができると、良いわけです。

 認知行動療法では、このセルフトークAにあたるものを「否定的自動思考」と呼んでいます。この否定的自動思考は、その人の人生観や信念(ビリーフbelief)から生まれ、不適切な行動や反応を引き起こすと考えられています。著者はこの本の中で、認知行動療法は「行動」に働きかけていくものであると説明していますが、実際は、それだけではなく、「否定的自動思考」や「ビリーフ」にも働きかけていきます。ただ、認知行動療法は専門家の指導がないと内容的にちょっと難しいところがある。それが、この本『セルフトークマネジメントのすすめ』では、セルフトークをコントロールするという点に絞って大変わかりやすくまとめてあるように私は感じました。

 それでは、感情的反応を引き起こすセルフトークAを減らして、理性的対応を導くセルフトークBを増やすには、一体どうしたら良いのでしょうか?実は、それほど難しいことではないと著者は説明します。ネガティブなセルフトークAに気づくこと、まずはそれだけでいいと。

 実際、自分が緊張していること、不安になっていること、少々感情的になっていることなどに気づき、どんなセルフトークAが頭の中に生じているのかを認識する、それだけでも、人は冷静になり、対応を考えることができるようになるのです。以前コラムに書いた「自己の客観視」ということにもつながりますね。

 そして次には、自分自身に肯定・自責の質問をすることによって、ネガティブなセルフトークAを建設的なセルフトークBに置き換えていくことが大事である、と著者は説明しています。ここでの自責というのは、自分を責めるということではなく、自分で責任を持つという意味であろうと思います。つまり「今、この状況の中で自分には何ができるのだろうか」と、責任を自分で負って、自分ができることを考えていくということですね。苦しいことを他人のせい、環境のせいにして、周りが変わってくれなければ何も解決はしない、自分は何もできない(否定・他責)と考えるのではなく、苦しい状況ではあっても、その中で、自分にできることは何かを考えるようにするということですね。そうすることによって、冷静な対応ができるようになっていくのだと思います。

 また、セルフトークは行動のスイッチになるということで、著者自身の体験が披露されています。管理職を対象とした社内研修における講演で、挑戦的でいかにも乗り気でない部長たちを目の前にして、胸の辺りに鈍い重さを感じることがあったそうです。著者はその時、「逃げない」、そんなセルフトークBを心に浮かべたそうです。それによって、臆することなく毅然とした態度で講演を進め、部長たちの心をつかむことができたようです。プロとして厳しい態度であたらなければならない時、臆するわけにはいかない時に自分の強さにスイッチを入れるセルフトークBなのだそうです。著者はまた、講演の5分前になったら、「恐れを力に」というセルフトークBを思い浮かべて集中モードに入るようにしているということです。

 他にも、いろいろ示唆に富む内容が書かれています。「悩む」のではなく「考える」、出口が見えないときは視点を変えてみる、瞑想など自分の内側と向き合う行為により自分の中にある無意識の言葉の存在に気づく、心と体を整える、自分のことではなく相手のことを考える、緊張を否定せず逆に味わってみる、などです。そして究極には、セルフトークがなくなった完全に集中した状態としてゾーンとかフローと呼ばれる状態があるのだということが書かれています。

 興味を持たれた方は、是非、一度、読んでみてください。
医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長 吉田 栄治
ケ セラ セラ<こころの季刊誌> VOL.47 2007 WINTER