2年ほど前にこの題名の映画が流行りましたが、今回のコラムは、映画の内容とは全く関係ありません。題名を拝借させていただいただけです。

 しばらく前のことなのですが、妻と二人で出かけた帰り、地下鉄メトロに乗っていた時のことです。急に私がトイレに行きたくなり、途中の駅で降りることにしました。妻には「先に帰っていいよ。」と話したのですが、妻は「私も付き合うよ。」と言ってくれて、有楽町あたりで一緒に降りました。ちょっと改札を出て、有楽町界隈をぶらぶらしたのですが、何やら妙に新鮮な感じがして、「優しいじゃない。ちょっと感動かな?」などと、冗談めかして話しました。そうしたところ、妻が言うには、「半年くらい前、二人で地下鉄に乗っていて、私がトイレに行きたくなった時には、『先に帰っていていいよ。』って言ったら、あなたは『あ、そう?』って言って、さっさと一人で帰っちゃったのよ!この人、何て冷たいんだって思ったんだからね。」とチクリとやられてしまいました。全くの忘却のかなただったのですが、基本的に能天気な私は、「えー?そんなことあったっけ?言われてみるとそんなことがあったような…。それは申し訳ないことをしました。ごめんなさい。」と素直に謝りました。こういう時は意地を張らないのが一番です。内心は嬉しく思っていても、ここで変に意地を張って、「別に一緒に降りてくれなくても良かったんだ。」などと言ってしまおうものならば、地下鉄メトロで夫婦喧嘩が始まってしまうところです。

 この時、心理学的なことをちょっと考えたりしました。

 よく夫婦は以心伝心といいますが、コミュニケーションにおいては、この以心伝心がくせものなんですね。こんな話があります。奥さんがちょっとした病気で入院して、ご主人に対して「仕事、忙しいだろうから、お見舞いに来なくていいからね。」と言います。ご主人は本当に見舞いに行きません。内心では心細くて見舞いに来てもらいたかった奥さんは、「何て冷たい人だ!」と憤慨してしまいます。このように、親密な関係においては、こちらの気持ちを察してほしいのに相手が察してくれなかったということで、気分を害してしまうことが結構、多いんですね。

 実は、相手に以心伝心ということはあまり期待すべきではないのです。「わざわざ口で説明しなくても自然に心が通じ合う」ということは、そうそうめったにあることではないのです。自分の気持ちは、しっかり言葉でもって伝えないと相手には伝わらない、あいまいな言葉だけでは伝わっていないことが多い、そういうものだと心がけておくことが大切です。しっかりと伝えたつもりでも伝わらない場合があるのですから。

 ところが、親子であるとか、夫婦であるとか、恋人同士であるとか、親密な関係になると、この以心伝心を期待してしまうんですね。家族なら、恋人なら、こちらの気持ちを察してくれるのが当たり前!と思うから、察してくれないと腹が立ってしまう。ですから考えかたを切り替えることが大事です。人は、なかなかこちらの気持ちを察することが出来ないものなのだということを理解して、もしこちらの気持ちを察してくれることがあったなら、その時は、大いに感謝するようにする、それが、人間関係を円満にしていくコツでしょうか。

 とは言うものの、今回の地下鉄メトロでの出来事で、私自身、少し反省をしました。「以心伝心は期待出来ないのだから、一緒に降りてもらいたいなら降りてもらいたいで、ちゃんと口で言わなければ気持ちは伝わらないのだ。」と正論を吐いてもだめなんですね。相手の気持ちを受け取る側は、以心伝心がなかなか難しいとしても、相手の気持ちを察する努力をしていくべきなんですね。そのことを改めて認識しました。

 そして、相手の気持ちを察することが出来なくて、不満を言われた時は、意地を張らずに、相手の気持ちを汲んで上げられなかったことを素直に謝り、「なかなか気がつかないことが多いかもしれないけれども、その時はちゃんと言って下さいね」と伝えましょう。

今回、私が感じた教訓は、
 @自分の気持ちが相手に以心伝心するということは期待しないで、
  しっかりと言葉で伝える

 Aしかし自分のほうでは、出来る限り相手の気持ちを汲むようにする
 Bそして相手の気持ちを汲むことができなかったときは、
  変に意地を張らずに素直に謝る

ということでした。
医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長 吉田 栄治
ケ セラ セラ<こころの季刊誌> VOL.47 2007 WINTER