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「シンポジウム−パニック障害」 診断と治療

Nikkei Medical(1997年9月)

パニック障害の診断と治療

貝谷久宣

心療内科・神経科 赤坂クリニック、不安・抑うつ臨床研究会

パニック障害は大変ポピュラーな病気で、その頻度は一般人口の1〜3%に達する。
パニック障害患者は一般医を訪れることが多く、ほとんどが身体症状を主訴とする。
パニック障害の診断の決めては、不安や抑うつさらには乗り物・外出恐怖といった精神症状を問いただすことである。
パニック障害の治療は副作用が少なく効果発現の早いベンゾジアゼピン系抗不安薬で始めるとよい。
パニック障害は経過の長い病気であり、慢性期には軽いうつ状態、自律神経系の不定愁訴など種々な症状を呈する。

T パニック障害の診断

A.精神障害の診断と分類の手引き第W版(米国精神医学会)1)による診断基準

 パニック障害という病名は米国精神医学協会の操作的診断システムである「精神障害の分類と診断の手引きW第3版(DSM−V、1980)」2)からみられるようになった。それまで不安神経症とされていた病態がDSM−Vによりパニック障害と全般性不安障害に大きく区分された。DSM−Wでは「パニック発作」と「広場恐怖」をまず定義し、それからパニック障害の診断基準を示している(表1)。パニック発作では、10の身体症状と3つの精神症状の中の4つ以上が突然出現し、短時間の中にその激しさが最高度に達する。パニック障害のパニック発作においてはその突然で激しい症状による恐怖感もさることながら、体の内側から湧き上がってくる不安(内因性不安)を伴うことが特徴である。それは”居ても立ってもおられない、そわそわする、自分の居場所がない”などと表現される。

表1 パニック障害の診断基準 − 精神障害の分類と診断の手引き第4版(DSM−W、米国精神医学協会 1994)より抜粋パニック障害という病名は米国精神医学協会の操作的診断システムである「精神障害の分類と診断の手引き第3版(DSM−V、1980)」からみられるようになった。それまで不安神経症とされていた病態がDSM−Vによりパニック障害と全般性不安障害に大きく区分された。DSM−Wでは「パニック発作」と「広場恐怖」をまず定義し、それからパニック障害の診断基準を示している(表2)。

表1 パニック障害の診断基準−精神障害の分類と診断の手引き第4版(DSM−W、米国精神医学協会1994)より抜粋

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 パニック発作:ある限定した時間内に激しい恐怖感や不安感とともに以下に述べる症状の中4つ以上が突然出現し、10分以内にピ−クに達する

心悸亢進、心臓がどきどきする、または心拍数が増加する
発汗
身震い、手足の震え
呼吸が早くなる、息苦しい
息が詰まる
胸の痛みまたは不快感
吐き気、腹部のいやな感じ
めまい、不安定感、頭が軽くなる、ふらつき
非現実感、自分が自分でない感じ
常軌を逸してしまう、狂ってしまうのではないかと感じる
死ぬのではないかと恐れる
知覚異常(しびれ感、うずき感)
寒気または、ほてり

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表2 パニック障害の診断基準

A.(1)と(2)をみたす。
(1)再発性で不意のパニック発作の出現
(2)少なくとも1回の発作後1ケ月以上以下の症状が1つ以上ある
(a)次の発作を心配する
(b)発作に関わることやその結果を心配する(とり乱してしまう、心臓発作が起こる、狂ってしまうのではないか)
(c)発作と関係する行動変化の存在

B.パニック発作は物質による生理的作用ではないし(薬物濫用や服 薬)、内科疾患によるものでもない(例、甲状腺機能高進症)

C.パニック発作はその他の精神障害、たとえば、社会恐怖(恥を恐れ社会的状況のみを回避する)、特殊恐怖(エレベ−タ−のようなただ一つの状況を避ける)、強迫性障害(汚されるという強迫観念を持つ人が汚いものを避ける)、および、分離不安障害(自宅や身内から離れることを避ける)により説明されがたい。

 上記の診断基準をみたし、広場恐怖の有無により「広場恐怖を伴うパニック障害」と「広場恐怖を伴わないパニック障害」にわける。

広場恐怖

A.不意のまたは状況関連性のパニック発作またはパニック発作類似症状が起きたとき逃げ出すことが困難かまたは助けを求めることができないと考えられる状況にいることの不安。広場恐怖の恐怖は、自宅の外にいる、人混みのなかで一人で立つ、橋を渡る、バス、列車、車で旅行するといった特徴ある一連の状況に関与している。もし、回避行動が一つまたは2〜3の特別な状況に限られるならば、「特殊恐怖症」の診断を、また、回避行動が社会的状況に限られるならば、「社会恐怖症」の診断を考慮する。

B.このような状況を避けたり(旅行範囲を制限する)、さもなければ、パニック発作やパニック発作類似症状が出現するのではないかと心配して著明な苦痛を感じたり、誰かに同伴を頼む。

C.これら不安や恐怖による回避行動がその他の精神障害、たとえば、社会恐怖(恥を恐れ社会的状況のみを回避する)、特殊恐怖(エレベ−タ−のようなただ一つの状況を避ける)、強迫性障害(汚されるという強迫観念を持つ人が汚いものを避ける)、および、分離不安障害(自宅や身内から離れることを避ける)により説明されがたい。

 パニック発作では、10の身体症状と3つの精神症状の中の4つ以上が突然出現し、短時間の中にその激しさが最高度に達する。パニック障害のパニック発作においてはその突然で激しい症状による恐怖感もさることながら、体の内側から湧き上がってくる不安(内因性不安)を伴うことが特徴である。パニック障害は、突然のパニック発作を発症してから、その発作がまたやってくるのではないかという恐れ、すなわち、予期不安に悩むか、またその予期不安のために何らかの行動の変化がみられるようになる病態である。パニック障害ではパニック発作は1回だけのことはまれで、発作は次々に頻発してくることが多い。また、大部分のパニック障害は(約3/4)程度の差こそあれ広場恐怖を伴う。また、パニック発作に前後して半数以上の症例でうつ状態がみられる。パニック障害に伴ううつ症状は内因性うつ病にみられるいわゆる抑うつ気分は少なく、むしろ自発性減退を主とするいわゆる意気消沈うつ病である。

B.パニック障害診断に際する症状特性3)

 パニック障害ではパニック発作は1回だけのことはまれで、発作は次々に頻発してくることが多い(図1)。パニック発作症状のうち出現頻度の高いのは、心悸亢進、呼吸困難、めまいである。(図2)。パニック発作の症状数は発症時には9つあったと訴える患者が最多であるが、初診時には6つと訴える患者が多かった(図3)パニック発作が起きる状況は原義的には不意に全く予期しない状況であるが、発作を繰り返しているうちにある決まった状況だけで条件反応的に生ずる傾向がでてくる。このような予期できる状況は、乗り物にのっている時とか会議中といった物理的または心理的に束縛されてた場所が多い。また、約4割の患者では夜間睡眠中に発作が起きる。この睡眠時パニック発作は入眠後2〜5時間後に多く(図4)、終夜睡眠脳波研究では睡眠第V〜W期に生じ、夢を見ているレム期には記録されていない。

 パニック障害は不安の病である。パニック障害の中心症状は、上述の内因性不安ととも、発作がまたやってくるのではないかという恐れ、すなわち、予期不安である。その予期不安のために何らかの行動の変化がみられ、ついには広場恐怖症に発展する。広場恐怖症はパニック発作が起きたときにすぐ逃げ出せないか助けを求められない状況を不快に感じ、忌み嫌い避ける状態である。パニック障害患者の70%以上は程度の差こそあれ、一時的または持続的に広場恐怖を伴う(図5)。また、パニック発作に前後して半数以上の症例でうつ状態がみられる。パニック障害に伴ううつ症状は内因性うつ病にみられるいわゆる抑うつ気分を主兆とするものもあるが、むしろ自発性減退を主とするいわゆる意気消沈うつ病が主である(図6)。

 パニック障害は経過の長い病気である(図6)。初期から中期にかけては短い時間に激しい症状がでる、いわゆる発作的に症状が出現するが、時間の経過とともに、穏やかで持続的な症状がみられるようになる。筆者はこれを残遺症状と呼んでいる。それは、頭重感、首や肩の凝り、眼の疲れ、軽いめまい感、軽い息苦しさ、発汗、全身倦怠感などからなる。このような症状が週に何回か一日数時間出現することが多い。このような症状だけを訴える患者は「自律神経失調症」と診断されていることが多いが、病歴をよく聞くとパニック発作の既往が存在する。

 パニック障害の診断基準には「パニック発作は内科疾患によるものではない」という規定があるが僧坊弁逸脱だけはこれに抵触しない。僧帽弁逸脱は、収縮期に僧帽弁が弁輪を越えて左心房に陥入する状態で、臨床的には胸痛、呼吸困難、めまい、失神、心悸亢進、疲労感などパニック障害患者のよく訴える症状を呈する。パニック障害における僧帽弁逸脱の頻度は正常対照の1.6〜3.5(平均2.3)倍であるといわれている4)。パニック障害患者の僧帽弁逸脱は軽度のものが多く、典型的な聴診所見を欠き、不整脈や自覚症状は少ない。僧帽弁逸脱がパニック障害を治療することにより消失したという報告もある。パニック障害と鑑別診断を要する内科的疾患を表に掲げる(表3)。

表3 パニック障害と鑑別を要する内科疾患

貧血
狭心症
不整脈
慢性閉塞性肺疾患
クッシング病
電解質異常
てんかん、特に側頭葉てんかん
甲状腺機能亢進症
低血糖症
副甲状腺疾患
褐色細胞腫
肺梗塞
一過性脳虚血発作

C.パニック障害患者の特性
  生涯にパニック障害に罹患する患者は100人に1から3人の割合であるといわれている。欧米では男女比は約2倍の割合で女性に多いが本邦では男女比はほぼ同じである。平均発症年齢は約30歳で、男性28歳、女性32歳であった(図7)。初診年齢はそれよりも2〜3年後にピ−クがみられる。
 
D.パニック障害が見逃される理由
  2例のパニック障害症例が呈示されその診断を記入するよう求めた臨床家へのアンケ−ト調査が最近本邦でなされた5)。その結果、「パニック障害/不安パニック発作」としたのは精神科医(180名)では45〜51%であった。一方、内科医(175名)は「心臓神経症」「不安神経症」「自律神経失調症」「パニック障害/パニック発作」としたのは、それぞれ、49%、37%、29%、5.7%であった(図8)。
  パニック障害についての知識がかなり普及している米国の一般医がパニック障害を診断する場合、患者が不安や抑うつを訴えればパニック障害の診断率は95%であったが、身体症状が主訴の場合は48%に低下した。パニック障害患者は一般に不安や抑うつ、さらには乗り物・外出恐怖症を訴えたがらない。特に一般医にかかる場合は隠しさえする。であるから、不安・抑うつの有無を積極的に聞くことが「不安の病・パニック障害」診断の決めてとなろう。パニック障害患者は発病すると専門の心療内科や神経科に訪れることはまずない。それ故、他科で高価な費用を使って無駄な検査を受けて貴重な時間を浪費していることが多い。これは患者にとっても社会にとっても大きな損失である。表4に種々な状況におけるパニック障害患者の割合を示した6)。

表4 パニック障害の頻度6)

一般人口            1〜3%
プライマリ−ケア−       7%
プライマリ−ケア−常用者    22%
冠動脈造影検査正常の胸痛患者  33〜43%
褐色細胞腫が疑われた高血圧患者 35%
過敏性大腸症候群患者      29%
所見のないめまい患者      13%
偏頭痛患者(一般人口中)    5〜15%
慢性疲労症候群患者       11〜30%

U パニック障害の治療
  パニック障害の治療の大前提は患者にパニック障害についての理解を深めさせることである。不安の病であるパニック障害の患者は治療者がおよびもつかないほど発作症状を恐れ、その発作の原因となる重篤な病気を推定しあれこれ思い悩むのである。パニック障害は中枢神経系の機能異常による自律神経系の過敏体質によるものであり、有効な治療法があることを理解させるだけで治療の半分は終了したといっても過言ではない。実際の治療で最も重要なことは、パニック発作を完全に終息させることである。パニック発作が完全に消失しない限り、予期不安は消失しないし、さらにそれに続く広場恐怖やうつ状態を防ぎ治療することはできない。
  パニック障害の治療には薬物療法と認知・行動療法があるが紙面の都合で薬物療法についてのみ述べる。パニック発作の薬物療法は、基本的には抗不安薬による治療法と抗うつ薬による治療法、および両者の併用療法がある。両薬剤の利点と欠点を表5に示す。

表5 三環系抗うつ薬とベンゾジアゼピンの利点と欠点7)

利点

欠点

三環系抗うつ薬

1日1回服薬 効果発現が遅い(6-8W)
抗うつ効果がある 坑コリン性副作用
種類が多い インポテンス、射精遅延
十分に研究されている 体重増加
大量服用で致命的危険がある

ベンゾジアゼピン

効果発現が早い 服用回数が多い
予期不安にも有効 過鎮静
耐容性がよい 依存形成、離脱症状
種類が多い 認知機能障害(高齢者)

  パニック障害患者ではベンゾジアゼピン受容体の感受性が低下しているという考え方から、抗不安薬は高力価ベンゾジアゼピンを使用する必要がある。パニック発作に対する有効性が二重盲験法で確かめられているのは、ロラゼパム(ワイパック)、アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタン)、クロナゼパム(ランドセン、リボトリ−ル)である。これら薬物はどれも服用後2時間以内に血中濃度が最高に達し、血中半減期はそれぞれ12、14、27時間と異なっているので、これらのことを留意して使用する必要がある。パニック障害の治療には血中濃度半減期の長い薬物が望ましい。その点、上記以外にエチ−ル・ロフラゼペ−ト(メイラックス)やフルトプラゼパム(レスタス)はパニック障害の治療に好ましい抗不安薬である。
  三環系抗うつ薬は速効性ではなく坑コリン性副作用もあるが、パニック発作に前後するうつ状態が半数以上の症例にみられることからその使用は捨て難い。ゴルマンによるイミプラミン(トフラニ−ル、イミド−ル)療法が実際的であるので紹介する。イミプラミンを1日10mgから始め、毎日10mgずつ増量し、50mgになったら様子をみる。イミプラミンは特に投与初期に眠気を訴える患者が多いので1日1回眠前の投与でよい。パニック障害のイミプラミン治療はうつ病におけるよりもずっと少量で多くの場合有効である。著者は、強迫性障害の徴候のあるパニック障害患者には当初からイミプラミンではなくクロミプラミン(アナフラニ−ル)をほぼ同量同様に投与する。心悸亢進症状はたいへん頑固であることが多く、上記の治療でもコントロ−ル出来ないことがしばしばある。この様な場合には、中枢性作用のある(坑不安作用を持つ)β遮断薬(インデラルなど)の投与を考慮する7)。また、持続的な胸痛を訴える患者にはマプロチリン(ルジオミ−ル)が有効なことを著者は経験している。
 

文献
1)American Psychiatric Association:Diagnostic and statistical manual of mental disorders(Forth edition).AMA, Washington, D.C., 1994.
2)American Psychiatric Association:Diagnostic and statistical manual of mental disorders(Third edition).AMA, Washington, D.C., 1980.
3)貝谷久宣:不安・恐怖症、パニック障害の克服.講談社、東京、1996.
4)Katerndahl DA: Panic and prolapse. Meta-analysis. J Nerv Ment Dis 181: 539-544, 1993.
5)佐藤啓二:我が国のパニック障害の病態と治療に関する研究.Upjohn symposium Vo.9, Anxiety Disorders Mood Disorders,1994, 東京 p35-57
6)Katon W: Panic Disorder: Relationship to high medical utilization, unexplained Physical symptoms, and medical costs. J Clin Psychiatry 1996; 57(suppl 10):11-18.
7)貝谷久宣、山中学、宮前義和、久保木富房:循環器心身症の診断と治療、パニック障害.心療内科 1:143〜149