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 パニック障害における抑うつ状態

パニック性不安うつ病 (1)頻度と症状

貝谷久宣
医療法人和楽会パニック障害研究センター所長

宮前義和
香川大学教育学部講師

パニック障害 研究最前線
貝谷久宣.不安・抑うつ臨床研究会 編
日本評論者 55-78, 2000

 はじめに

 不安障害の主要な病態であるパニック障害とうつ病の近縁関係は以下の4つの点から論じられている。

 まず第一に、臨床的にパニック障害患者にうつ状態または大うつ病がしばしばみられることである。最近の研究のまとめによれば、DSM-V, およびDSM-VRの診断基準を満たすパニック障害と大うつ病および気分変調性障害が合併する頻度は24%(7〜61%)でかなり高く(Wetzler & Sanderson,1995)、大うつ病の診断基準を満たさないうつ状態を含めるとさらに高率になると考えられる。

  第二に、三環系抗うつ薬やモノアミン酸化酵素阻害薬はパニック障害に対してもうつ病においても効果のある共通した治療薬であると言うことである(Breier,1985)。

 第三に、クロニジンに対する成長ホルモン反応異常といったような共通した生物学的マーカーがあることである(Schatzberg et al..,1990)。 最後に、パニック障害の家系にうつ病がみられることである(上松ら,1992)。

 パニック障害に合併するうつ状態は種々な病型が報告されている。度重なるパニック発作や広場恐怖の苦痛に対して「自分は役立たずの弱虫だ」と自嘲し、気力が低下した状態をdemoralization depression(意気消沈うつ病)とKlein(1981)は呼んだ。これはパニック障害や広場恐怖に対する心理的反応としての抑うつ状態と考えられている。

 一方、パニック障害に先立つ、またはそれに引き続く大うつ病の85%は内因性の様相を呈すると報告されている(Breier et al., 1984)。広瀬(1979)は不安発作の後長い間欠期をおいて抑制主体のうつ病相が出現するタイプを指摘し、「不安発作・抑制型うつ病」と名付けている。このようなメランコリー型うつ病とは対照的なうつ病である非定型うつ病(DSM-W)は、気分反応性、過眠、過食、鉛様麻痺、拒絶に対する過敏性を特徴とするが、その37%にパニック発作があったと報告されている(Liebowitz et al., 1984)。

 最近の研究では双極性障害とパニック障害の関係が注目を浴びている。41名のパニック障害患者の88%に双極性障害がみられ、57名の双極性障害患者に10名のパニック障害が見つかった(MacKinnon DF)。また、疫学調査でも、双極性障害におけるパニック障害の生涯発症率は20.8%で、単極性うつ病におけるパニック障害のそれは0.8%で有意に低かった(Chen YW et al.., 1995)。

 このような病型以外にも、季節性感情障害とパニック障害のcomorbidityについても報告されている。すなわち、Halle & Dilsaver(1993)は冬季うつ病の24%にパニック障害を認めた。このような事実から、パニック障害とともに見られるうつ病や抑うつ状態は異種性であると考えられる。

 さて、筆者は多数のパニック障害患者をみているうちに、パニック障害患者の示す抑うつ状態の中には、従来、メランコリー型/内因性うつ病と言われてきた病像とは異なった一群があり、それは内因性不安がその根底にあって種々な病像を呈するパニック障害にかなり特有な抑うつ状態であると考えた。これはパニック障害に併発する抑うつ状態の中で心理的反応性ではない一群(Klerman,1990)といわれているものに含まれる。すなわち、パニック障害にみられる一群の抑うつ状態の病因は、パニック障害のそれと軌を一にし、パニック障害に特有な病像があると考えるにいたった。本研究はこの仮説にもとづく筆者の研究のスタートとなるものである。ここでは、まず典型的な症例を呈示して、その後にこれら病像の分析研究の一部を示す。

 症例研究

症状交替現象と気分反応性が著明な症例

 症例 1:20歳 女性 商社勤務

(家族歴)父母と兄二人の家族、家系内にうつ病、恐怖症などの遺伝はないが、父方の祖父が大酒家で肝硬変により亡くなっている。

(生活歴)父は外食産業を営み、経済的には余裕がある。母は良妻賢母型の人で、患者には近寄りすぎず遠ざかりすぎずといった態度をとっている。患者は元来、几帳面でまじめ、明るく友人からは信頼されている。負けず嫌いで、仕事に対しては完璧主義。短大を卒業後専門学校に1年通い商社に就職して2年目を迎えた。

(現病歴)就職して満2年を目前にして、1月に職場の部所替えがあった。前の職場より人間関係は楽になったが絶対に間違いが許されない厳しい職場で、ストレス感はつよくなった。2月、退社時、不意に体全体がギューと捕まれたような感じがして、全身が震えだし、熱くなり、その後息苦しさと動悸が出現した。そして現実感が薄れてきた。同僚が病院に連れていってくれたが特別な異常は見つからなかった。その1か月後に同様の第2回目のパニック発作が出現し、それから週に1〜2回起こるようになった。発作は会社に出勤中のことが多かった。内科の治療を受けたが思うようにはよくならなかった。

 4月17日初診。食欲がなく疲れやすいことを訴えるもとくに抑うつ状態は認められなかった(SDS:32点、シーハン不安尺度:54点)。東大式エゴグラムプロフィールはW型で軽い抑うつ状態を示していた。初診前日にあった発作は息苦しさ、めまい、吐き気、窒息感から成っていた。薬物療法は sulpiride:100mg, ethyl lofrazepate:2mg, imipramin:10mg から始め、それぞれ最高量 150mg, 6mg, 300mg まで投与した。小発作が会社で夕方に出ることが多く、また、夜間覚醒が認められた。抗パニック薬の増量にもかかわらず不全発作が出現しつづけた。7月に退職をして発作は消失すると本人は思ったようだが、その後もしばしば起こった。心悸亢進が頑固に生じた。

 11月になり、パニック発作がやっと起こらなくなるとまもなく、一日中眠い日がつづくようになった。薄暗くなると、現実感が薄れて形容しがたい不安感に襲われ、まもなく、突然わけもなく涙が出て、意味もなく心に空洞ができたようで悲しくなった。一人でいたいのに一人になるといらいらし無性に腹が立ち、台所に行って手あたりしだいに食料品を口に押し込んだ。また、「自分はいったいこれからどうなっていくのか? いつまで病気はつづくのか?」と考え出すと不安が無限に広がり、気分が沈み込んでしまった。このようなときでも、彼から電話がかかると気分が明るくなり、普通に話せた。気分転換をしたいと思い久しぶりに友人に会い、彼女が婚約したことを聞いた瞬間、自分がみじめになった。帰宅後、自分だけがなぜこんなに不幸なのか半日間泣きつづけた。また、真夜中に突然目が覚め、「自分はいったい何者なのか? 今の自分が本当の自分の姿なのか? 自分を理解してくれる人は誰もいないのだ」と考え出したら、激しい孤独感に襲われ、母のベッドに潜り込んだ。他方、母が少しでもお節介を焼くと無性に腹が立った。それほど必要がないのにブティックに走り、スーツを買い込んでしまう。抑うつ気分が始まってから、毎月20万円以上も衣装代に費やすようになった。母が文句を言うとよけいに買い物が増えてしまう。3月になり、憂うつ気分が少し遠のいていた。朝から気分が良く自室でゆったりとくつろいで好きな音楽を聴いていたら、また激しいパニック発作が起こった。4か月ぶりの発作であった。それに引き続き,全身倦怠感、頭部膨満感、目の奥の痛み、背中の筋肉痛がしばしば出現するようになった。このような身体症状が消失したと思っていると、また孤独感と不安感に襲われ、急に涙が出てくるようになった。

 発症後3年目になるが仕事に就くことができず、抑うつー不機嫌状態とパニック発作または身体的不定愁訴を繰り返している。

(まとめ)

@ 治療抵抗性のパニック発作が消失するとまもなく、離人症状に始まり、抑うつ状態に移行する現象が出現した(症状移行現象)。

A 非定型うつ病の症状を呈した。

B その後はパニック発作と抑うつ状態がシーソー現象を示した(症状交替現象)。

C 不安・焦燥を主とする抑うつ症状に一致して多買行動が見られた。

D 完全寛解には達せず、社会機能障害がつづく。

パニック発作に引き続き抑うつエピソードが見られた症例

 症例 2:26歳 女性 洋装店勤務

 家族歴:特記すべきものなし

 病前性格:気はやさしく、多少過敏。淋しがりや、甘えん坊、周囲からはしっかりしていると思われ、頼りにされる。学校における試験や集会のさなかに緊張の余り腹鳴を催し、冷や汗が出たことがある。

 生活歴:父は大手の重機会社の工員、母は祖母の経営する菓子店で働く。3歳年下の妹が一人いる4人家族。本人は高校を卒業後化粧品会社で5年、その後、貴金属店で3年働き、発病時はブティックの店長をしていた。

 既往歴:初診の1年前、出血性大腸炎を患った。当時はO-157菌騒ぎのさなかで厳重な検査を受けた。胃カメラの検査を受けたとき過剰な恐怖心を示した。胃癌だったらという不安と検査そのものに恐怖感を抱いた。胃カメラ検査の後に激しいおくびが出現するようになった。おくびは出現しはじめるとつぎつぎに頻発し、同時に吐き気とともに嘔吐と下痢がみられた。入院中点滴注射を受けていたが、開始後時間が少し経つと、注射管に空気が入るのではないかというおそれと、自由に身動きできないという束縛感のために、発狂恐怖が認められた。退院した8月2日、久しぶりに自宅に帰った。自宅から外出する際に、電気、ガス、戸締まりに関する激しい異常な確認強迫が生じた。これはその日だけであった。入院中胃カメラ検査を契機に生じたおくび発作はその後しばしばあったが、1年後の同じ季節の到来で頻発するようになった。翌年7月25日、夕食後自宅でくつろいでテレビを見ているときに激しいおくびを主症状とするパニック発作(その他に、心悸亢進、四肢振戦、発汗およびしびれ感)が出現した。その後、3日間は横になると心悸亢進が激しく冷や汗も出た。空腹感はあるが、口の中に食物を入れるとすぐ嘔吐してしまった。夜間も不眠がちで衰弱して入院した。入院中は激しい孤独感のため、一人でいられず、友人につねに付き添ってもらっていた。パニック発作が初発して約1か月後の8月22日初診となった。

(初診時所見)パニック発作は診察前1か月間に4回あった。発作までにいたらなくともおくび、不眠、食欲不振、動悸などの身体症状が持続性にあり、強い予期不安および中等度の抑うつが認められた。SDS:49点。東大式エゴグラム:W型。

(治療経過)初診10日後、診察に訪れるが不安が強く投与薬はまったく服用していなかった。

 17病日にパニック発作様に突然気分が悪くなることがあると述べた。

 sulpiride:150mg, alprazolam:1.2mg, thioridazine hydrochloride:10mg の投与で62病日にはかなり不安感がとれてきた。しかし、その後もときどきおくびとともに吐き気、冷や汗、腹部鈍痛が出現し、形容不能な不快な気分に襲われた。それに引き続きマイナス思考に陥り、それが絶望感に変わり、焦燥感に襲われる状態が数時間続くようになった。

 136病日、なおときにおくびが出るし、一人で留守番をしていると、戸締まり等の確認が強くなることがあった。

 200病日、起床時に気分が悪く、全身倦怠感、自発性欠如、激しいおくびと吐き気が出現するようになり、それまでやっていたアルバイトをやめてしまった。この日から sulpiride:150mg, etyl lofrazepate:3mg, imipramine:75mg, amitriptyline:25mg を与薬した。

 240病日、抑うつ気分は消失したが時におくびが出現した。

 269病日、抑うつ気分が再燃、将来の不安と希望のない人生を悲観し、なにも関心を示せない状態がみられた。処方を、sulpiride:150mg, etyl lofrazepate:6mg, imipramine:150mg に変更し、軽快。

 312病日、抑うつ気分が再燃し、焦燥感、発狂恐怖、先端恐怖とともに、おくび、吐き気、不眠、食欲不振、口渇、呼吸困難、手足のしびれ、の身体症状が出現。その後、徐々に昼夜逆転の生活パターンに移った。

 371病日、全般的に多少軽快に向かってきた。気分に余裕が出て、習いごとを始めたいと述べる。その後、おくびはときどき出て軽い抑うつ気分はつづき、アルバイトに出ると緊張のあまり下痢を起こし、不眠となった。就寝前にベゲタミンB(chlorpromazine:12.5mg, promethazine:12.5mg, phenobarbital 30mg)を追加。その後、小康状態がつづいた。

 537病日、夕方、全身のしびれと同時に、頭が呆然となり、突然神経が切れそうな感覚に襲われた。そして、理由なく涙が出てきて、寂しくなり悲しくなった。それが、過食により自分の体重が20kgも太ってしまったことに対するいらだちに変わった。大声を出して泣きじゃくった。このようなことがほとんど毎日起こるようになった。sulpiride:150mg, etyl lofrazepate:6mg, imipramine:150mg, clomipramine:75mg を3回に分服、ベゲタミンB(chlorpromazine:12.5mg, promethazine:12.5mg, phenobarbital:30mg), levemepromazine:25mg, lormetazepam:1mg を就寝前服用に処方を変更。

 577病日には精神症状はほぼ消腿するも、軽い抑うつ気分とおくびは残った。症状が安定したのでさらなる肥満を防止するために sulpiride を 50mg に減量するとともに clomipramine を断薬した。その後、ときにおくびが出現し、軽うつ状態が波状に経過した。また、緊張すると下痢を起こし、脂汗が出た。

 仕事はこの1年間していなかったが、691病日頃から、祖母の菓子店にアルバイトに行くようになった。

 719病日にそれまでの経過で非定型性うつ病(DSM-W) の診断が可能か否かの評価を行った。その結果、ほとんど一日中の抑うつ気分はないが、ほとんど毎日一日数時間の抑うつ気分を呈した時期が2週間以上つづくことがあった。気分の低下しているときでもよいことがあれば気分は良くなり、反対に些細なことでひどく気分が落ち込むことがあった。すなわち、気分の反応性は著明であった。1日10時間以上眠る日が1週間のうち5日以上つづく時期があった。それと同時に、夜間の過覚醒が突然生じることがあり、睡眠・覚醒リズムの障害が認められた。また、過眠状態時には発作性の鉛様麻痺がみられた。20kg以上の体重増加が認められた。以上のことから、非定型性うつ病の時期があったと診断される。その後も、身体症状と精神症状の消長を示し経過し、病前のように社会に出て仕事をすることは不可能であった。

 1228病日、ときどき行っていた祖母の菓子店で以前から仲のよくなかった従業員と喧嘩してから、激しいおくびが再燃し一日中なにもせず呆然と暮らす日々となった。昼夜逆転し、過食、過眠が再び出現した。それから、祖母の店にはまったく出入りしなくなり、自分をかばってくれなかった祖母に会うだけでも焦燥感が激しく、家に閉じこもるようになった(拒絶に対する過敏性)。現在の処方は、etyl lofrazepate:3mg, fluvoxamine:150mg, sodium valproate:300mg, alprazolam:8mg である。

(まとめ)

@ パニック発作は激しいおくびを主症状とし、心悸亢進、冷や汗、震え、しびれ、腹部不快感、下痢といった発作症状をともなった。

A パニック発作または不全発作に引き続いて不安・焦燥感、孤独感、絶望感、などからなる抑うつ状態が見られた(症状移行現象)。

B 非定型うつ病と診断されうる時期があった。

C 経過中、状況反応性にパニック発作が出現し抑うつ状態に陥ることがあった。

D パニック発作も抑うつ状態も治療抵抗性で寛解にいたらず、社会機能障害が強い。

 ここに示したパニック障害でみられる抑うつ状態は、ミクロ的には、パニック性離人症状(症例1)やパニック発作の身体症状(症例2)に引き続き出現することを示している(症状移行現象)。マクロ的には症例1のように、パニック障害が発症し経過する中で、パニック発作が消失または軽快してきた時期に抑うつ状態が出現し、パニック発作や非発作性不定愁訴が出現すると抑うつ状態は軽快する(パニック発作精神症状交替現象)。この場合、抑うつ状態が先行することも稀ではない。これらのことは、パニック障害にみられる抑うつ状態はパニック発作とその起源を一にする症状であることを示唆しており、臨床的・治療的に重要な問題を包含している。ここでは、パニック障害においてこのような症状移行現象または症状交替現象をもち、かつ発作性の気分変調エピソードから不安・焦燥が主症状である抑うつ状態に発展する病態を、さしあたり「パニック性不安うつ病」と呼び、パニック障害におけるこの抑うつ状態の頻度および特徴を検討した結果を次に示す。

パニック性不安うつ病の頻度とその特徴に関する研究

 対象: 1998年4月より9月にかけて、なごやメンタルクリニックで初診したパニック障害患者(DSM-W診断基準を満たす、広場恐怖をともなうパニック障害、広場恐怖をともなわないパニック障害)116名(男性39名、女性77名)を対象とした。対象者の平均年齢は35.0±10.4歳、平均発症年齢は29.9±10.1歳、平均罹病期間は64.6±75.4か月だった。広場恐怖は65名(56.0%)に認められた。

 方法:来院時に患者の同意を得たうえで、病歴の聴取および評価尺度の施行を行った。うつ病の判定は、DSM-Wクライテリア:大うつ病エピソードの中のほとんど一日中という条件を除外した診断基準を満たした場合をうつ病ありと判定した。うつ病の下位分類は、移行現象または交替現象があって、発作性気分変調エピソードから不安・焦燥を主症状とする抑うつ状態へ発展する病像をパニック性不安うつ病とし、DSM-W診断基準のメランコリー型、およびその他のタイプとした。評価尺度は、ハミルトンうつ病評価尺度(渡辺・横山, 1993)に項目を一部追加削除したものを使用した。補助的に、SDS(福田・小林, 1983)、ベックうつ病尺度の2つの自己評価尺度を使用した。

 統計学的分析には、t検定、分散分析を行った。多重比較はLSD法を用いた。また、尺度の高得点および低得点項目を見出す際には標準得点を算出して各項目間の比較を行った。なお、本研究では多数回の解析を行うため、有意水準を0.005とした。

 結果に示したごとく、パニック障害における横断的検討ではうつ病の割合は31%であった。その中の半数はパニック性不安うつ病であった。

 各尺度における高得点及び低得点項目をにまとめて示した。ハミルトンうつ病評価尺度の結果を分散分析すると、パニック性不安うつ病ではその他のうつ病と比較して次の項目が有意に高かった:「入眠障害」(p=0.0039)、「仕事と活動」(p=0.006)、「精神的不安」(p=0.041)、「身体症状(消化器系)」(p=0.004)、「ふがいなさ感」(p=0.007)、「絶望感」(p=0.001)、および24項目合計点 22.0±6.0 vs 12.2±4.0(p=0.002)。

 SDSの分散分析で、「泣く、または、泣きたくなる」(p=0.017)、「夜よく眠れない」(p=0.041)、「便秘している」(p=0.002)が、パニック性不安うつ病でその他のうつ病に比し有意に高かった。ベックのうつ病自己評価尺度では、「普段以上に涙ぐむ」(p=0.0013)がパニック性不安うつ病でその他のうつ病より有意に高かった。

 各尺度における高得点項目であるとともに、その他のうつ病群と統計学的有意差の見られた項目をパニック性不安うつ病の臨床症状の特徴とした。ハミルトンうつ病評価尺度の結果からは、パニック性不安うつ病の特徴は、抑うつ気分が強く、仕事や活動面の障害度が高く、消化器系の身体症状が多く、ふがいなさ感と絶望感が強いといえる。これを自己評価尺度からみると、SDSでは、「泣く、または泣きたくなる」、「便秘している」ということになり、ベックうつ状態自己評価表では、「自分自身に失望している」という特徴が浮かび上がってくる。

 考察

不安うつ病の概念
 Overall et al.(1966) は簡易精神症状評価表(BPRS)の16要素を因子分析し、77人のうつ病患者を不安群、敵意群、退行性抑うつに群に分けた。BPRSの16要素中不安群で高かったのは、抑うつ気分、不安、緊張、身体的愁訴の順であった。不安群のimipramineに対する改善率は悪く、thioridazineに対する改善率はよかった。Pykel(1971) は多変量分析を使用し、うつ病患者を 精神病群、不安群、敵意群、および、人格障害のある若年群の4群に分けた。不安群では抑うつ気分は中等度で、不安と疲労、強迫症状、離人症といった神経症的症状があり、神経質な病前性格が示された。このように、うつ病の中で不安症状が強い不安群を当初は不安うつ病と呼んでいた。しかし、最近は不安障害の患者にみられるうつ病を不安うつ病と呼ぶようになってきている。Stavrakaki and Vargo(1986)はパニック障害とうつ病が併存すると社会機能障害が大きく、慢性化、治療抵抗性、予後不良の傾向があることを報告している。それ以外にも多くの研究者が不安うつ病の重篤性、難治性、および予後不良性を指摘している(Van Valkenburg et al..,1984, Coryell et al.., 1988, Fava et al.., 1997)。社会恐怖や強迫性障害にみられるうつ病とパニック障害にみられるうつ病は多少ともニュアンスが異なっているので、本稿ではパニック性不安うつ病という名称を用いた。

パニック障害におけるうつ病の発症率
 まず本研究で取り上げたパニック障害にみられる抑うつ状態の定義について述べる。

 本研究では、抑うつ状態ありとしたのはDSM-Wにおける大うつ病エピソードの診断基準にある"ほとんど毎日と"いう条件は満たすが、"ほとんど一日中"という条件を満たしてはいない。パニック障害患者でみられる抑うつ状態は、発作性に生じることが多く"ほとんど一日中"抑うつ状態がつづくことは稀である。しかし、この抑うつ状態は患者本人にいちじるしい苦悩を招き、生活上の支障が大きいので、筆者の判断で"ほとんど毎日"という条件を満たせば抑うつありと判断した。パニック障害の抑うつ状態は情動障害であって気分障害といえる状態は少ないものと考えられる。このような条件の下の本研究では、パニック障害の患者116名中31%に抑うつ状態を認めた。これはに、パニック障害とうつ病の合併率に関する欧米の研究報告の結果をまとめて示した。

 本邦では竹内ら(1993)がDSM-VRの診断基準を満たすパニック障害患者210名の臨床経過を4型に分類し抑うつを合併するものが28.6%あったと報告している。これは本研究の結果と大きな差違はない。竹内らの研究の内訳として、パニック障害に重畳合併するもの19.0%、うつ病に連続的に移行するもの5.2%、独立したうつ病相を持つもの1.4%であった。

 パニック障害とうつ病との合併を疫学的研究の結果からみた報告がある(Kessler et al..,1998)。この研究のパニック障害とうつ病の生涯有病率はそれぞれ3.4%、16.9%であった。パニック障害患者のうつ病の生涯有病率は55.6%であった。このうち48%はうつ病がパニック障害に先行し、31%は同じ年に発症し、22%はパニック障害がうつ病に先行した。この研究結果は生涯罹病率を示すので、当然、横断面的な症例研究の結果よりパニック障害とうつ病の合併率は高くなっている。

パニック障害におけるうつ病の臨床特徴
 Lesserら(1989)はパニック障害を発症後うつ病を呈した435名の患者についてハミルトンうつ病評価尺度を用いて症状の分析を行った。焦燥/不安、睡眠障害、および身体化といった3つの項目が総得点の75%を占めた。そして、内因性の要素、すなわち、体重減少、日内変動、および現実吟味(罪責感、病識、離人症、妄想)が少ないことを示した。また、Klerman(1990)は、パニック障害にみられるうつ病は悲観、落胆、希望のなさ、絶望感とともに身体的訴えが強いことを指摘している。Van Valkenburgら(1984)は不安うつ病についての臨床研究を報告している。彼らはパニック発作のみの群(18名)、パニック障害とそれに引き続くうつ病群(31名)、うつ病とそれに引き続くパニック発作群(23名)、うつ病のみの群(42名)を比較検討した。それによると、パニック障害とそれに引き続くうつ病群はうつ病のみ群と比べると、精神運動退化が少なく、焦燥、心気症、離人症が多く、自殺念慮は少なかった。うつ病とそれに引き続くパニック障害群はうつ病のみ群と比べると、焦燥感が強く、心気症と離人症が多かった。 本研究で得られたパニック性不安うつ病の特徴は、抑うつ気分が強く、仕事や活動面の障害度が高く、消化器系の身体症状が多く、ふがいなさ感と絶望感が強いということであった。これは患者側からの訴えからみると「泣く、泣きたくなる」、「便秘している」および「自分自身に失望している」という特徴が得られた。ここで得られたパニック性不安うつ病の特徴は統計学的手順によるものであるが、筆者が実地臨床で得た経験からパニック性不安うつ病の特徴と考える全体像をに示した。

パニック障害とうつ病との疾病論的関係
 パニック障害とうつ病の合併が多い事実から、不安と抑うつは量的な違いにすぎない(unitary model)、質的に異なったものである(pleuralistic model)および不安とうつの合併した症侯(anxious depression)があるという3つの仮説が論議されている。(Stavrakaki & Vargo, 1986)。パニック障害とうつ病は、@別々の病気で単に合併しただけなのか、A同じ病因を持ち、異なった発現の仕方をしているのか、B合併例は独立した病気なのか、を検討した家族研究と疫学研究がある。

 Weissmanら(1993)は、パニック障害患者30名、その一親等家族141名、パニック障害とうつ病を合併する患者77名、その一親等家族442例、大うつ病患者42名、その一親等家族209名、および対照45名、その一親等家族255名について、SADSで個人面接した。その結果、@パニック障害の家族性は高い(18.7%、対照;1.1%)が、うつ病とは関係ない。A早期発症のうつ病の家族には早期発症うつ病が多く、晩期発症のうつ病やパニック障害は少ない。Bパニック障害とうつ病の合併群は同質ではなく、遺伝学的に独立したものではない。その親族にはパニック障害と早期発症うつ病、およびパニック障害とうつ病の合併例が多い。パニック障害と早期発症うつ病を持つ患者がいるので、パニック障害とうつ病の合併例の親族でうつ病が多いことが説明される。

 これらの事実から次のような結論が下された。パニック障害と早期発症うつ病は、それぞれ独立し、そして特異的に遺伝する病気であり、うつ病とパニック障害とは別々のものとして考えられる。晩期発症うつ病は非家族性である。パニック障害とうつ病の合併例には種々な病気が含まれている。

 Kesslerら(1998)は15歳から54歳の8098人の疫学調査をした。その結果、パニック発作(パニック発作はあるが、パニック障害の診断基準を満たさない、すなわち発作が繰り返し生じることはないか、予期不安が強くない)とうつ病の合併確率6.2で、パニック障害とうつ病のそれは 6.8と非常に高い結果を得た。さらに、パニック発作はうつ病より早く発症することが多く、パニック障害はうつ病より後に発症することが多いことが明らかになった。本研究から、うつ病はパニック発作と関係するが、パニック障害とは関係しないことが結論づけられた。Kesslerらは、パニック障害とうつ病の合併は別の異なった亜型であると推定している。

 本研究で示したパニック性不安うつ病は、症状の移行性と交替制があること、ほかのうつ病と臨床症状が異なること、社会的障害度が強く治療抵抗性であることから、パニック障害とうつ病を合併する群の中でも特異な一亜型と筆者は考える。また、パニック障害全体をとりあげてみても、パニック障害の患者群は同質ではなく、パニック障害は少なくとも2二つ以上の病気であると考えられる。今後、病歴、家族歴、経過、治療反応、予後などをさらに検討し、パニック性不安うつ病の本体を明らかにしていく予定である。

 

国立精神・神経センタ−国府台病院院長・樋口輝彦先生の査読に感謝いたします。