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広場恐怖を伴うパニック障害患者を対象とした
エクスポージャーに及ぼす患者教育の効果

陳 峻文
* 貝谷久宣** 坂野雄二***

行動療法研究 第26巻 第2号; 57-67

* 早稲田大学大学院人間科学研究科
** 赤坂クリニック心療内科・神経科
*** 早稲田大学人間科学部

  要約

 本研究では、患者がエクスポージャーを実施する際の困難点を検討した上で患者教育を行い、患者教育がエクスポージャーの実施に及ぼす影響を検討することを目的とした。予備調査によって患者がエクスポージャーを実施する際に感じる困難点を明らかにした上で、研究1では、患者教育前後の患者の自己効力感の変化を検討した。その結果、患者教育前に比べ、患者教育後には、エクスポージャーを実施できるというセルフ・エフィカシーや、自らエクスポージャーを実行する意欲が高くなることがわかった。研究2では、エクスポージャー実施に及ぼす患者教育の効果を検討した結果、患者教育あり群は患者教育なし群よりも症状をコントロールできるというセルフ・エフィカシー、エクスポージャーが実施できるというセルフ・エフィカシーが有意に高く、エクスポージャー後の状態不安とSDSの得点が低下することがわかった。最後に、エクスポージャー実施に先立つ患者教育の意義が議論された。

キー・ワード:
パニック障害 広場恐怖 患者教育 セルフ・エフィカシー


  問題と目的 

 パニック障害(panic disorder、以下PDと略す)は、予期せぬ突発的発作に始まり、発作時に経験されるコントロール不可能感から発作が再び起こるのではないかと予期不安を感じ、発作を起こすかもしれない、あるいは、かつて発作を起こしたことのある場面を避けようとする回避行動(広場恐怖)という一連の症状群として理解することができる。また、PDは広場恐怖(agoraphobia)を伴うものと伴わないものに下位分類されている(American Psychiatric Association,1994)。これまで、PDの治療法は高力価ベンゾジアゼピン系抗不安薬と抗うつ薬を中心とした薬物療法がその中心であった。ところが、薬物療法によってパニック発作が抑えられても、広場恐怖は消去されずに残存することが少なくないことが指摘されている(坂野・貝谷,1999)。そして、PDの治療としては、パニック発作の低減を目的とする薬物療法と、予期不安・広場恐怖の改善をねらった治療(認知行動療法:CBT)の組み合わせが推奨されるようになった(National Institute of Health,1991; American Psychiatric Association,1998)。 

 CBTの中心となる技法はエクスポージャーであり、広場恐怖に対する治療法として最も有効であることが示されている(American Psychiatric Association,1998; Jansson & Ost,1982)。ところが、エクスポージャーを実施する際にはいくつかの問題点があることも同時に指摘されている。 

 例えば、回避し続けてきた状況に直面することは、患者にとっては大きな恐怖を経験することであり、勇気を必要とすることである。エクスポージャーを受け入れなかった、あるいは、ドロップアウト患者を対象に調査を行った Foa & Emmelkamp(1983)とGournay(1989)の研究結果によれば、エクスポージャーをうまく実施できなかった最も大きな理由は治療に恐怖を感じる点であったと指摘されている。同様の指摘は本邦でも行われている(中島,1996)。 

 また、予期不安が大きいがゆえに治療者の指示を拒否したり、指示に従って外出しても恐怖が十分に弱まらない状態でエクスポージャーを中断し、逆に不安を強く感じてしまうことも起こりうる(中島,1996)。そのため、ホームワークとして自らエクスポージャーを持続的に進めることのできる患者は少なく、ドロップアウトをいかに防止するかが検討すべき課題として注目されている(American Psychiatric Association,1998)。さらに外来治療では、一人の患者に治療者が使用できる時間が限られているために、セルフ・エクスポージャーをホームワークとして選択せざるを得ないことも多い(中島,1996)。そうした場合には、いかに事前に予期不安をコントロールするか、そして不安が十分に下がらないままエクスポージャーを止めたときの不安の増大をいかに防ぐか、そして、ホームワーク・エクスポージャーをいかに円滑に実施することができるかが治療を進める際のキーポイントになると考えられる(中島,1996)。 

 このように考えると、エクスポージャーを円滑に行うことができるためには、エクスポージャーを実施する際に患者が抱える困難点を明らかにすることが必要である。 

 一方、エクスポージャーを効果的に行うことができるためには、エクスポージャーを行う前の教育訓練が重要な働きをもっていることが指摘されている(Gournay,1989)。また、坂野と貝谷(1999)は、治療の導入部分である患者教育の段階でエクスポージャーの原理とその有効性について患者に十分な理解が得られるならば、治療への動機づけがはかられ、エクスポージャー法が容易に導入されやすいと指摘している。さらに、PDに対する最近のCBTの治療研究をみると、患者教育はその構成要素の最初の段階に位置づけられ(American Psychiatric Association,1998; Telch et al.,1993;坂野・貝谷,1999)、患者教育は長期間にわたり治療を持続させ、患者が症状を自己コントロールできるために必要な治療要素となっていることが指摘されている(Giesecke,1987; Sheehan,1993)。 

 これまでの患者教育に関する研究では、教育内容として、発作の病理(Kemodle, 1993)、PDの維持要因(Telch et al.,1993)、広場恐怖の説明に関するものなどがある(例えば、Nagy et al.,1989;坂野・貝谷,1999)。ところが、患者の治療への動機づけを高め、エクスポージャーをスムーズに導入し、セルフ・エクスポージャーを患者が持続的に行うことができるために、患者教育においてどのような問題に焦点を当てると一層大きな効果が得られるかについて具体的な検討はいまだに行われていない。また、患者教育を受けることによって患者にどのような変化がみられ、患者教育がどのような効果をもっているかを明らかにした研究は少なく、患者教育がエクスポージャーの実施にどのような効果をもたらしているかという点は検討されていない。 

 ところで、Williams et al.(1997)は、広場恐怖をもつ患者を対象に恐怖課題を行う際、思い浮かんだ考えを言語化させることによって患者の認知的過程を検討したところ、不安と回避行動を克服することができる自信、すなわち、自己効力感がエクスポージャーの実施に関連している要因であることを報告している。中島(1996)も同様に、「エクスポージャーを確実に行うことができない」という患者の認知がエクスポージャーを妨げる原因となっている症例を報告している。また、Michelson et al.(1986)は、セルフ・エクスポージャーの実行には、恐怖場面に直面し続けるという患者の自己決定が含まれており、セルフ・エフィカシーを向上させることで患者が自発的にエクスポージャーを進めることが可能になると指摘している。このように考えると、患者教育によって「症状をコントロールすることができる」、あるいは「エクスポージャーを行うことができる」というセルフ・エフィカシーを向上させることが治療上重要な課題となる。しかしながら、患者教育がセルフ・エフィカシーの向上にどのような影響を及ぼしているかの検討はいまだになされていない。 

 そこで本研究では、患者がエクスポージャーを実施する際に抱く困難点を検討した上で、広場恐怖を伴うPDに関する患者教育のセッションを設け、患者教育が症状の自己コントロールに対するセルフ・エフィカシーにどのような影響を及ぼしているかを明らかにするとともに、患者教育がエクスポージャーにどのような影響を及ぼしているかを検討する。


  予備調査 

目的:患者がエクスポージャーを実施する際に感じる困難点を明らかにする。

対象:心療内科・精神科Aクリニック(東京都内)を受診した、DSM-IVの診断基準を満たす広場恐怖を伴うPD患者24名(男性9名、女性15名、平均年齢:36.88±10.62歳)。なお、本研究では、すべての参加者はエクスポージャーや患者教育を受けたことのない者を対象とした。

方法:同クリニックで実施された「外出恐怖とパニック障害を克服するためのセミナー」にて自記式調査を行った。

質問項目:先行研究によって指摘されているエスポージャー実施に際して患者が抱える問題点(Goumay,1989; Michelson et al.,1986;中島,1996)を参考に、Table1に示された項目を用いて、患者がエクスポージャーを実施する際に感じる問題点の有無を質問した。

結果と考察:「エクスポージャーを実行できない」理由に対する回答結果はTable1の通りであった。Table1を見ると、「やり方が具体的にわからなかったから」という点がエクスポージャーを実施できない最も大きな理由であり、それに続いて、「私にはできないという思いが先に出てきて、勇気がなかったから」、「また発作が起こるのではないかと考えたから」が理由となっていた。

 この結果は、広場恐怖を伴うパニック患者を対象にエクスポージャーを実施するには、患者にエクスポージャーの原理や具体的な実施方法、およびその効果について理解してもらうことが必要であることを示しており、治療に対するモチベーションを上昇させ、治療をスムーズに進めるためには、エクスポージャーのメカニズムや実施方法、期待される効果等に関する事前教育が重要であることを示唆するものである。また、この結果は、先行研究(Goumay,1989;坂野・貝谷,1999)の指摘と一致している。

 また、「私にはできないという思いが先に出てきて、勇気がなかったから」、および「また発作が起こるのではないかと考えたから」という点がエクスポージャーを行う際の困難点になっていることを考えると、患者が自発的にセルフ・エクスポージャーを実施することができるためには、「問題を解決するための対処行動が遂行できる」という自己効力感、すなわち、「発作や予期不安、または、回避行動といったPDの症状を自分でコントロールできる」というセルフ・エフィカシーをもつことが重要であることがわかる。Michelson et al.(1986)や坂野と貝谷(1999)が指摘するように、患者がセルフ・エクスポージャーを円滑に実行することができるためには、対処行動に対するセルフ・エフィカシーを高め、自己統制感を強めるための教育内容を患者教育に取り入れる必要があると考えられる。


  研究1 

1.目的

予備調査の結果から、エクスポージャーの意義について患者が適切に理解することが重要であり、同時に、「発作や予期不安、または、回避行動といったPDの症状を自分でコントロールできる」というセルフ・エフィカシーの向上をはかることが必要であることが示唆された。そこで研究1では、先行研究を参考にしてPDの症状や広場恐怖の形成に関する知識教育に加え、治療法に関する説明と不安への対処方法に関する説明等を含めた患者教育を行い、患者教育が症状の自己コントロールに対するセルフ・エフィカシーにどのような影響をもたらしているかを検討する。

2.方法

対象:予備調査に参加した広場恐怖を伴うPD患者12名(男性5名、女性7名、平均年齢:31.08±6.49歳)。

患者教育:実施された患者教育の内容はTable2に示したとおりである。

質問項目:PDの主な症状に対して、先行研究(Bandura,1977; Cote et al.,1994)を参考に、発作や予期不安等のPDの症状をどの程度コントロールできるか(SE1,2)、発作が起きたときに自分自身でどの程度コントロールできるか(SE3,4)、および、エクスポージャーをどの程度実施できるか(SE5,6)というセルフ・エフィカシーを問う項目を作成した(Table3)。

手続き:同クリニックで行われた「外出恐怖とパニック障害を克服するためのセミナー」にて自記式調査を行った。上述した質問項目のそれぞれに対して、0点(全くできないと思う)〜100点(確実にできると思う)の間で評定を求め、患者がどの程度発作や予期不安などの症状をコントロールし、自発的にエクスポージャーを実施できると思うかについて、セルフ・エフィカシーの測定を行った。なお、評定はセミナーが始まる前(以下「患者教育前」と略す)と終了後(以下「患者教育後」と略す)の2回行われた。

3.結果と考察

 患者教育を通して、患者が発作や予期不安などの症状をコントロールし、自発的にエクスポージャーを実施できるという可能性がどのように変化するかを検討した。セミナー前後のセルフ・エフィカシーが上昇した者(以下、上昇者)、および変化しなかった者と下降した者(以下、非上昇者)の人数について直接確率計算法によって検定を行ったところ、「自分でどの程度エクスポージャーを実施できると思うか」という項目について、上昇者(n=10)と非上昇者(n=2)の人数の偏りが有意であった(p<.05)。このことから、患者教育によって、「自らエクスポージャーを実施できる」というセルフ・エフィカシーの上昇した者が多いことがわかる。また、患者教育前後における参加者全員のセルフ・エフィカシーの変化を比較したところ、患者教育前に比べ患者教育後には「自分でどの程度エクスポージャーを実施できると思うか」に関するセルフ・エフィカシーが有意に高く(t(22)=8.14,p<.01.Fig.1)、「自分からエクスポージャーを実行しよう」という意欲が高い傾向にあった(t(22)=3.54,p<.10,Fig.1)。以上のことから、患者教育を通して、「自らエクスポージャーを実施できる」セルフ・エフィカシーは上昇し、患者が自らエクスポージャーを実行していく意欲が強くなると考えられる。

 本研究の結果は、先行研究(坂野・貝谷,1999)の結果と一致しており、患者教育を行うことによって、患者の治療に対する動機づけは強くなり、エクスポージャーへの導入がより容易になると考えられる。本研究では、患者に自分自身の症状を理解してもらい、自ら症状をコントロールし、改善することを目的として患者教育を行ったが、このような患者教育を通して症状をセルフ・コントロールできるという自己効力感の向上をはかることは、治療を円滑的に進め、より大きな治療効果を得ることにつながると考えられる。

 さらに、本研究の結果は、セルフ・エフィカシーの向上によって、患者が自発的にエクスポージャーを行いやすくなることを示唆しており、この点はMichelson et al.(1986)の指摘とも一致している。患者がセルフ・エクスポージャーを実施する際の問題点を解決するためには、今回実施されたような患者教育を行うことが有効であると考えられる。また、Bandura(1977)は、セルフ・エフィカシーは4つの情報源によって操作することができると指摘している。本研究で行われた患者教育は、これらの情報源のうち「言語的説得」にあたるものであると考えられる。患者が症状の改善を自らはかるためにセルフ・エフィカシーを向上させる際には、症状や治療法および対処法に関する治療者からの情報の提供、または、患者の適切な反応に対する治療者からのポジティブフィードバックといった言語的説得を行うことが有効であると考えられる。


  研究2 

1.目的

患者教育が患者の治療に対するモチベーションを上昇させ、治療をスムーズに進めるべく機能していることがこれまでに指摘されている(Kemodle,1993;坂野・貝谷,1999)。また、研究1の結果から、患者教育を行うことによって、エクスポージャーを実施できるというセルフ・エフィカシーが上昇し、患者が自発的にエクスポージャーを実行していく意欲が向上することが示された。一方、エクスポージャーに対して患者が恐怖を感じるという問題点(Foa & Emmelkamp,1983; Goumay,1989)を考えると、そうした恐怖をセルフ・コントロールできるための対処方法を事前に学んでおくことは、効果的なエクスポージャーの遂行に資すると考えられる。そこで、研究2では、患者教育を受けた患者と受けなかった患者がエクスポージャーを実行する際にどのような相違点を示すか心理的指標から検討を行う。

2.方法

対象:心療内科・神経科Aクリニック(東京都内)を受診したDSM-IVの診断基準を満たす広場恐怖を伴うPD患者11名(男性2名、女性9名、平均年齢:44.4±8.5歳)。その内わけは、予備調査の参加者(患者教育を受けた者、以下、教育あり群)は4名、患者教育を受けなかった者(以下、教育なし群)は7名であった。

患者教育:研究1と同様である。

手続き:同クリニックで行われた「外出恐怖とパニック障害を克服するためのセミナー」において、「実践編:実際に電車に乗る」として準備されたエクスポージャーセッションで電車に乗る直前(以下、乗車前)と約2時間の乗車後(以下、乗車後)の2回にわたって調査を行った。

質問項目:@研究1で用いられたセルフ・エフィカシーを評価する項目、AState-Trait Anxiety Inventory日本版(清水・今栄,1981)の中から状態不安尺度、BSelf-rating Depression Scale(SDS)日本語版(福田・小林,1983)。

3.結果と考察

 教育あり群と教育なし群の乗車前と乗車後における違いを検討するために、まず、参加者の人数が少ないことを考慮し、Bartlett法によって両群の分散の同質性検定を行った。その結果、セルフ・エフィカシーの各項目、状態不安とSDSにおいて乗車前後に教育あり群と教育なし群の間で分散の有意差は認められなかった。このことから両群の分散は同質であると考え、群(教育あり群×教育なし群)と評定時期(乗車前×乗車後)を要因とする2要因の分散分析を行った。その結果、いずれの項目においても群と評定時の交互作用は認められないものの、発作や予期不安などの症状をどの程度コントロールできるかというセルフ・エフィカシーの評価において群の主効果が有意であった(「ドキドキや息苦しさをどの程度コントロールできる」、および「また発作が起こるのではないかという考えをどの程度コントロールできるか」:p<.05;「発作が起きたら、どの程度自分でそれをコントロールできるか」、および「発作が起きたら、どの程度自分をコントロールできるか」p<.01;Table4参照)。このことから、教育あり群は教育なし群より乗車前後ともにセルフ・エフィカシーが有意に高いことがわかった。また、エクスポージャーを実施できるというセルフ・エフィカシーの評価については群の主効果が有意な傾向にあった(p<.10)ことから、教育なし群に比べ、教育あり群は乗車前後ともに自分でエクスポージャーを実施できるセルフ・エフィカシーが高い傾向にあることがわかった。これらのことから、エクスポージャー実施前に患者教育を受けた者が受けていない者より、エクスポージャー実施前後において発作や予期不安などの症状をコントロールし、自分でエクスポージャーを実施できるというセルフ・エフィカシーが高く、患者教育はセルフ・エフィカシーを向上させる機能をもっており、あらかじめ患者教育を受けることはエクスポージャーを実施する際のセルフ・エフィカシーの向上に寄与していると考えられる。

 一方、「発作が起きたら、どの程度自分をコントロールできるか」という項目においては時期の主効果がみられ(p<.05)、「ドキドキや息苦しさをどの程度コントロールできるか」、および「発作が起きたら、どの程度自分でそれをコントロールできるか」という項目においては時期の主効果が有意な傾向にあった(p<.10)。このことから、教育あり群と教育なし群ともに、乗車前に比べ、乗車後には発作時に自分をコントロールできるというセルフ・エフィカシーが有意に高いことがわかった。また、発作自体をコントロールできるというセルフ・エフィカシーも高い傾向にあることがわかった。この結果は、エクスポージャーを実施することによって、発作をコントロールできるというセルフ・エフィカシーが向上することを示しており、セルフ・エフィカシーは個人の遂行経験に基づいて向上するというBandura(1977)の指摘を支持している。したがって、エクスポージャーを実施する際の「自信がない」という患者の困難点を考慮し、患者が自発的にエクスポージャーを進めることができるためには、あらかじめ実施される患者教育において、実際に行動することで自信が強くなることを理解してもらい、セルフ・エフィカシーを十分高めておくことが必要であると考えられる。

 次に、両群の状態不安とSDSの得点の違いを見ると、状態不安において群の主効果が有意な傾向にあった。このことから、患者教育を受けた者は受けていない者よりエクスポージャー前後に状態不安が低い傾向にあることがわかった。また、状態不安とSDSの両者において評定時の主効果が有意であったことから、教育あり群と教育なし群ともに、エクスポージャー実施後には状態不安と抑うつの得点が低下することがわかった。これらの結果から、あらかじめ実施される患者教育において不安の対処法を患者に理解してもらう際、エクスポージャーを実施することが、状態不安と抑うつの低減に有効であるということを伝えることは、治療効果を高めるために意義のあることと考えられる。


  論討 

 本研究では、患者がエクスポージャーを実施する際の困難点を検討した上で、PDと広場恐怖に関する患者教育を行い、患者教育がエクスポージャーの実施に及ぼす影響を検討することを目的とした。

 予備調査では、患者がエクスポージャーを実施する際に感じる困難点を検討したところ、「やり方が具体的にわからなかったから」ということがエクスポージャーを実施できない最も大きな理由であり、それに引き続き、「私にはできないという思いが先に出てきて、勇気がなかったから」、「また発作が起こるのではないかと考えたから」が理由となっていることがわかった。

 そこで研究1では、症状を克服することができるという自己効力感を取り上げ、患者教育によって、症状をコントロールし、エクスポージャーを実施するための自己効力感がどのように変化するかを検討した。その結果、患者教育を受ける前に比べ、患者教育後には、「自分でエクスポージャーを実施することができる」というセルフ・エフィカシーが有意に高くなり、「自分からエクスポージャーを実行しよう」という意欲の高くなることがわかった。

 また、研究2では、患者教育を受けた患者と受けなかった患者を対象として、エクスポージャー実施にあたり患者教育が患者にどのような心理的効果を及ぼしているかの検討を行った。その結果、@患者教育あり群は教育なし群よりも発作や予期不安などの症状をどの程度コントロールできるかというセルフ・エフィカシーの評価が有意に高いこと、A患者教育あり群は教育なし群に比べ、エクスポージャー実施前後で、エクスポージャーを行うことができるというセルフ・エフィカシーの評価が高い傾向にあることが明らかにされた。また、Bエクスポージャー実施前に比べ、その実施後は両群ともに発作時に自分をコントロールできるセルフ・エフィカシーが有意に高いこと、C発作自体をコントロールできるセルフ・エフィカシーも高い傾向にあることがわかった。さらに、D状態不安とSDS得点の変化をみると、患者教育あり群は患者教育なし群に比べ、エクスポージャー前後の状態不安が低下する傾向にあり、エクスポージャー実施前に比べ、その実施後は両群ともに状態不安とSDS得点が有意に低下することがわかった。

 本研究の結果から、エクスポージャー実施にあたって患者教育がもつ意義について以下のような点を指摘することができる。

 患者教育によってエクスポージャーを行うことができるというセルフ・エフィカシーが上昇し、自発的にエクスポージャーを実行しようという意欲が高くなるという本研究の結果を考えると、適切な患者教育を行うことによって、事前にいかに予期不安をコントロールすることができるか、あるいは、ドロップアウトを防止できるかといった、これまで指摘されてきたエクスポージャー実施上の困難点を解決することができるものと考えられる。したがって、エクスポージャーを実施しその治療効果を得るためには、適切な患者教育セッションを事前に準備することが有用であると思われる。

 また、これまでの患者教育に関する研究では、発作の病理やPDの維持要因、広場恐怖の説明に関するものなどが教育内容として取り上げられてきたが(Kemodle,1993; Nagy et a1.,1989;坂野・貝谷,1999;Telch, et a1.,1993)、本研究ではそれに加え、症状や治療法、および対処法に関する治療者からの情報の提供、患者の適切な反応に対する治療者からのポジティブフィードバック、患者自身の対処体験談によるモデリングなどを行い、「発作や予期不安、または、回避行動といったPDの症状を自分でコントロールできる」というセルフ・エフィカシーを高めるための教育内容を取り入れた。これらの働きかけはセルフ・エフィカシーの情報源の「言語的説得」と「代理的経験」にあたるものであり、患者教育がセルフ・エフィカシーを向上させる働きをもっと考えられる(Bandura,1977)。

 また、本研究の結果から、エクスポージャー実施前後では、患者教育あり群は患者教育なし群よりも自ら症状をコントロールできるというセルフ・エフィカシーが高く、エクスポージャーを行うことができるというセルフ・エフィカシーの評価が高い、そして、状態不安が低下する傾向にあることから、エクスポージャーを実施する前に患者教育を行うことは、エクスポージャーを実施する際のセルフ・エフィカシーを向上させ、不安をより低減させるものと考えられる。本研究で実施した患者教育の内容には、自ら症状をコントロールできるというセルフ・エフィカシーや、エクスポージャーを実施できるセルフ・エフィカシーを高め、不安を低減する効果があることが示唆されたといえる。これまで、高いセルフ・エフィカシーは行動遂行の確率を高め、情緒的安定をもたらすといわれているが(Bandura,1977)、本研究の結果を踏まえると、あらかじめ患者教育においてセルフ・エフィカシーを向上させることによって、エクスポージャーを実施する際の不安を低減させ、エクスポージャーをより効果的に実施できるのではないかと考えられる。今後、患者教育の中で、治療者からの症状に関する情報や対処法の提供や、患者の適切な反応に対するポジティブフィードバック、患者自身の対処体験談によるモデリングなどを行うとともに、実際に行動することで自信は強くなり、不安が弱くなるということを患者に理解してもらうことによって、自発的にエクスポージャーを行うことができるというセルフ・エフィカシーを上昇させる手続きを導入することが必要であると考えられる。

 ところで、エクスポージャーを実施する際には患者が精神生理学的に覚醒が高い状態にあるという点が指摘され(Lader & Mathews,1968)、その結果患者が治療法そのものに不安や恐怖を感じるということが報告されてきた(Goumay,1989;中島,1996)。本研究で行われた患者教育では、患者がそうした覚醒のもつ意味を理解し、エクスポージャー実施の際に患者が感じる不安を自らコントロールできるために、広場恐怖の形成と維持、および不安のメカニズムについて説明を加え、リラクセーションや、考え方の修正、注意の転換といった不安対処法を習得するとともに、セルフ・コントロールという観点から,それらを患者がエクスポージャーの実施中に活用できるよう教育を行った。こうした教育内容が不安得点の低減に働きかけ、エクスポージャーを実施する際の情緒的な安定をはかるために有効であることが本研究の結果によって示唆される。

 本研究で得られた示唆に基づいて、以下のような点を指摘することができる。すなわち、@適切な患者教育によって発作や予期不安などの症状をコントロールし、自らエクスポージャーを行うことのできるセルフ・エフィカシーを高く持たせることができる。Aエクスポージャーを実施する前に患者教育を行うことによって、その実施の際に不安が低下する可能性が考えられ、そうした点で患者教育はエクスポージャーの効果を増大するものであると考えられ、治療のドロップアウト防止と症状の再発予防という点から意味がある。しかしながら、本研究で得られた結果は臨床的示唆を与えるものの、患者教育によるエクスポージャーを実施する際のセルフ・エフィカシーの上昇と不安や抑うつの低減に関しては、さらなる検討が必要であると考えられる。また、本研究では対象者数がそれほど多くないことを合わせて考慮すると、今後対象者を増やし、患者の病態に応じた患者教育の開発を行うとともに、患者教育が治療全体のアウトカムに及ぼす効果を明らかにすることが課題となる。