パニック障害

貝谷久宣1)2) 山中 学2)3) 宮前義和2)4) 久保木富房3)

心療内科、1:143-149、1997

1) Hisanobu KAIYA,M.D.:心療内科・神経科赤坂クリニック(不安・抑うつ臨床研究会)〔東京都港区赤坂3-9-18 BIC赤坂ビル6F〕;Akasaka Clinic for Psychosomatic Medicine and Psychiatry (Clinical Research Association for Anxiety & Depression), Tokyo.
2) Gaku YAMANAKA,M.D. & Yoshikazu MlYAMAE,M.S.:パニック障害研究センター,なごやメンタルクリニック;Panic Disorder Research Center, Nagoya Mental Clinic, Nagoya.
3) Tomifusa KUBOKI,M.D.:東京大学医学部心療内科;Department of Psychosomatic Medicine, Faculty of Medicine, Tokyo University, Tokyo.
4) 早稲田大学大学院人間科学研究科;Graduate School of Human Sciences, Waseda University, Tokyo.

パニック障害の診断

 不安と循環器症状との関係は深く、歴史的にみても種々な形で取り上げられてきた  。これらの病名のもとに記載されている状態は現在われわれが使っているパニック障害の診断とほとんど一致するものと考えられる。

 パニック障害という病名は米国精神医学協会の操作的診断システムである「精神障害の分類と診断の手引き第3版(DSM−V、1980)」からみられるようになった。それまで不安神経症とされていた病態がDSM−Vによりパニック障害と全般性不安障害に大きく区分された。DSM−Wでは「パニック発作」と「広場恐怖」をまず定義し、それからパニック障害の診断基準を示している  。パニック発作では、10の身体症状と三つの精神症状の中の4つ以上が突然出現し、短時間の中にその激しさが最高度に達する。パニック障害のパニック発作においてはその突然で激しい症状による恐怖感もさることながら、体の内側から湧き上がってくる不安(内因性不安)を伴うことが特徴である。パニック障害は、突然のパニック発作を発症してから、その発作がまたやってくるのではないかという恐れ、すなわち、予期不安に悩むか、また、その予期不安のためになんらかの行動の変化がみられるようになる病態である。パニック障害ではパニック発作は1回だけのことは稀で、発作は次々に頻発してくることが多い。また、大部分のパニック障害は(約3/4)程度の差こそあれ広場恐怖を伴う。また、パニック発作に前後して半数以上の症例でうつ状態がみられる。パニック障害に伴ううつ症状は内因性うつ病にみられる、いわゆる抑うつ気分は少なく、むしろ自発性減退を主とするいわゆる意気消沈うつ病である。

パニック障害と循環器症状(自験例の分析)

 パニック障害における循環器症状の意味をわれわれの経験したパニック障害患者388名(男性213名、平均年齢34.6±9.O歳、女性153名、平均年齢37.5±lO.0歳)について述べる  。

1.心悸亢進症状
 発症時に心悸亢進症状を訴えた割合は89.3%(男性93.0%、女性84.3%)であり、統計学的有意に男性のほうが多かった。心悸亢進を訴える患者の割合は13のパニック発作症状の中でもっとも高かった  。さらに、パニック発作症状数とシーハン不安尺度の点数は、発症時、受診時ともに心悸亢進症状のある患者はない患者に比べ統計学的有意に高かった。しかし、パニック発作の頻度には有意差はなかった。また、自己評価式抑うつ性尺度(SDS)は心悸亢進症状のある患者群で高かった。さらに、発症時に心悸亢進症状がある患者はない患者に比べ、めまい、しびれ以外のそのほかの10症状を訴える比率が高かった。パニック発作の心悸亢進症状の有無によりパニック障害患者の遺伝歴、発症年齢、罹病期間、広場恐怖の発症率に有意差はなかった。

2.胸痛症状
 発症時に胸痛症状を訴えた割合は49.6%(男性51.0%、女性46.4%)であり、他の症状と比べそれほど頻度の高い症状ではなかった。発症時の、パニック発作の症状数、パニック発作の頻度、シーハン不安尺度点数、およびSDS点数は、胸痛症状のある患者群においてはない患者群と比べ有意に高かった。また、睡眠時パニック発作のある患者の割合と1親等内にパニック障害患者を持つ割合は胸痛のある患者群で有意に高かった。発症時に胸痛症状のあった患者群はなかった患者群に比べ発汗と現実感消失以外の他のlO症状を持つ割合が有意に高かった。パニック発作発症時の胸痛症状の有無により、発症年齢、罹病期間および広場恐怖症の発症率に有意差を認めることはできなかった。

 心悸亢進と胸痛といったパニック発作症状の有無に関してパニック障害全体をながめてみると、これら循環器症状のある患者群は総じてパニック発作症状数が多く、発作頻度が高い傾向にあり、より重症であるといえる。また、胸痛症状を持つ患者群は、睡眠時発作の頻度と遺伝歴が高いことから、心悸亢進症状を訴える患者群に比ベパニック障害の中核群にはいると推定される。

循環器内科とパニック障害

 上述したように循環器症状はパニック障害の中核症状であるため、パニック障害が診断される前に循環器内科を訪問する患者が多い。そして、内科医がパニック障害症例を診断したときにもっとも多い診断名は心臓神経症であった
4)。Fleetら5)は、1973〜1993年の間に公表されたパニック障害、胸痛、冠動脈疾患に関する38編の論文をレビューした。そして、冠動脈疾患の有無にかかわらず胸痛を訴える患者の30%以上はパニック障害の診断が適応されることを明らかにした。また、著明な心臓症状を示したパニック障害患者10名と、ない患者10名についての心臓の所見には有意な差がないことが示されている6)、。冠動脈疾患集中治療棟に入院した患者の約1/3はパニック障害と診断された。その19名のパニック障害患者中の4名(21%)には心臓所見があり、そのうち2名は心筋梗塞であった。さらに、心臓所見のない患者27名中15名、すなわち、半数以上がパニック障害と診断された7)。このように、心臓所見が除外された患者群ではパニック障害の割合は非常に高くなる。しかし、パニック障害と心疾患の合併例があることは臨床上多大な注意を払う必要がある。Kahnら8)は、心臓移植手術を待つ患者60例の精神医学的構造化面接を行った。そして、特発性心筋症35例中29例(83%)に、また、その他の心疾患25例中4例(16%)にパニック障害が合併していることを認めた。彼らは、特発性心筋症ではパニック障害が心疾患に先行する例が多いことに注目し、パニック障害患者にみられる末梢血中のカテコールアミン濃度の上昇がこの心筋症発症に寄与している可能性を考察している。本邦で報告された肥大型心筋症とパニック障害の合併例では、心筋症の症状が薬物によりコントロールされてからパニック障害が続発した9)

僧帽弁逸脱とパニック障害

 僧帽弁逸脱は、収縮期に僧帽弁が弁輪を越えて左心房に陥入する状態で、臨床的には胸痛、呼吸困難、めまい、失神、心悸亢進、疲労感などパニック障害患者のよく訴える症状を呈する。パニック障害では僧帽弁逸脱の頻度が高いことがわかっており、このような所見があっても「パニック発作は内科疾患によるものではない」という除外規定に抵触することはない。越野ら
10)はパニック障害患者20人の中13人(65%)に僧帽弁逸脱を認め、対照群36人中5人(13.9%)より有意に多いことを示した。Katemdahl11)、は、僧帽弁逸脱とパニック障害の関係を検討した21論文の結果を分析し、パニック障害患者では僧帽弁逸脱の危険率は正常対照の1.6〜3.5(平均2.3)倍であることを示した。僧帽弁逸脱の診断率は聴診のみでは低く、心エコー、それもM−モード心エコーではなく断層心エコーにより弁の動きを正確に把握すると診断率が上がるといわれている12)。  に検査法の違いによる僧帽弁逸脱の診断率を示す。僧帽弁逸脱の重症型は心エコーでの所見だけでなく、僧帽弁逆流の聴診所見が得られる。そのような場合には心内膜炎の危険性も生じ、時には弁置換術の必要がある。しかし、パニック障害患者の僧帽弁逸脱は軽度のものが多く、典型的な聴診所見を欠き、不整脈や自覚症状は少ない。僧帽弁逸脱がパニック障害を治療することにより消失したという報告もある13)。僧帽弁逸脱の有無によりパニック障害の病歴や症状の違いは現在までのところ見出されていない。

循環器症状を主徴とするパニック障害の治療

 循環器症状を主徴とするパニック障害に特別な治療法があるわけではない。パニック障害の一般的な治療を行えばよいわけである。パニック障害の治療の大前提は患者にパニック障害についての理解を深めさせることである
14)。不安の病であるパニック障害の患者は、治療者が及びもつかないほど発作症状を恐れ、その発作の原因となっている危惧する重篤な病気についてあれこれ思い悩む。パニック発作症状は神経系の機能異常によるものであることを十分に理解させるだけで治療の半分は終了したといっても過言ではない。実際の治療でもっとも重要なことは、パニック発作を完全に終息させることである。パニック発作が完全に消失しない限り、予期不安は消失しないし、さらにそれに続く広場恐怖やうつ状態は防ぐことはできない。

 パニック障害の治療は薬物(フルボキサミン・SSRI)でも認知・行動療法でも効果はほぼ同等であると報告されている
15)。認知行動療法のほうが薬物療法よりも再発が少ないという考えは、最近の見解では必ずしも賛意を得ていない16)

 パニック発作の薬物療法は、基本的には抗不安薬による治療法と抗うつ薬による治療法、および両者の併用療法がある
17)。両薬剤の利点と欠点を  に示す。パニック障害患者ではベンゾジアゼピン受容体の感受性が低下しているという考え方から18)、抗不安薬は高力価ベンゾジアゼピンを使用する必要がある。パニック発作に対する有効性が二重盲検法で確かめられているのは、ロラゼパム(ワイパックス)、アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタン)、クロナゼパム(ランドセン、リボトリール)である。これら薬物はどれも服用後2時間以内に血中濃度が最高に達し、血中半減期はそれぞれ12、14、27時間と異なっているので、これらのことを留意して使用する必要がある17)。パニック障害の治療には血中濃度半減期の長い薬物が望ましい。

 抗うつ薬は速効性ではなく抗コリン性副作用もあるが、パニック発作に前後するうつ状態が半数以上の症例にみられることからその使用は捨て難い。Gormanによるイミプラミン(トフラニール、イミドール)療法が実際的であるので紹介する
19)。イミプラミンを1日10mgから始め、毎日10mgずつ増量し、50mgになったら様子をみる。イミプラミンは特に投与初期に眠気を訴える患者が多いので1日1回眠前の投与でよい。パニック障害のイミプラミン治療はうつ病におけるよりもずっと少量で多くの場合有効である。著者は、強迫性障害の徴候のあるパニック障害患者には当初からイミプラミンではなくクロミプラミン(アナフラニール)をほぼ同量同様に投与する。

 呼吸困難や胸痛症状はパニック障害の中心症状であり、イミプラミンが有効であり、心悸亢進症状は頻脈をひき起こす三環系抗うつ薬は好ましくないと提言されたが
20)、これを確認するデータは提出されていない。心悸亢進症状はたいへん頑固であることが多く、上記の治療でもコントロールできないことがしばしばある。このような場合には、中枢性作用のある(抗不安作用を持つ)β遮断薬(インデラルなど)の投与を考慮する。また、持続的な胸痛を訴える患者にはマプロチリン(ルジオミール)が有効なことを著者は経験している。

要 約

1.循環器症状、とりわけ心悸亢進はパニック発作症状の主症状を占める。

2.心悸亢進や胸痛を示すパニック障害は一般に重篤である。胸痛症状を持つ患者群は睡眠時発作の頻度と遺伝歴が高いことから、心悸亢進症状を訴える患者群よりパニック障害の中核群にはいると推定される。

3.循環器系の専門的検査を受ける患者の約30%はパニック障害の可能性がある。パニック障害と診断された患者でも心臓所見があることがあり、心疾患とパニック障害の合併例がしばしばみつかっている。パニック障害と診断された後でも循環器症状が顕著であった症例は定期的検査をすることが肝要である。

4.パニック障害における僧帽弁逸脱は正常対照者よりも2〜3倍多いが、軽症例が大部分である。僧帽弁逸脱の有無によりパニック障害の病歴や症状の違いは現在までのところ見出されていない。
5.循環器系症状を主とするパニック障害の治療は一般のパニック障害の治療に準ずる。ただし、心悸亢進の激しい症例には中枢性作用のあるβ遮断薬(インデラルなど)の使用を考慮する。持続的な胸痛にはマプロチリンが有効な場合がある。