精神障害に起因する肥満

体重増加を伴ううつ病

Depression accompanying increase in body weight

貝谷久宣 *1  山中学 *2

Nippon Rinsho Vol 61, Suppl 6, 2003:P856-862

*1 Hisanobu Kaiya : Panic Disorder Research Center, Warakukai Medical Corporation 医療法人和楽会パニック障害研究センター
*2 Gaku Yamanaka : Department of Medicine, Second University Hospital, Tokyo Women's Medical University, School of Medicine 東京女子医科大学附属第2病院内科

はじめに

 うつ病はV生Vの基本的要素,すなわち,食欲,睡眠欲,性欲,および社会的活動欲といった本能機能が障害される病気である.うつ病の多くは食欲低下,睡眠障害,性欲低下といった機能が低下する症状を示す( にDSM-Wの診断基準を示す).しかし,これとは反対方向の症状を示すうつ病も存在する.近年注目されるようになった非定型うつ病(atypical depression)や季節性感情障害(seasonal affective disorder : SAD)がこれに相当する.非定型うつ病では従来のメランコリー型うつ病にみられる自律神経症状とは逆の症状,すなわち,過食や過眠を呈する.季節性感情障害には,日照時間が短くなる時期になると炭水化物を過剰摂取し,過眠を呈する冬季うつ病が含まれる.体重増加を伴ううつ病にはこのような過食症状が存在する.うつ病と過食といった臨床的現象の根底には脳内セロトニンが大きな役割を果たしている.精神薬理学的な見解として,脳内セロトニン性神経伝達の低下をもつうつ病に対して,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が抑うつ気分を是正する効果をもつとされている.一方,炭水化物の摂取はインスリン分泌を通して脳内セロトニンを増加させる効果があり,結果的に,抑うつ気分解消の方向に作用し,一部のうつ病患者に過食を引き起こす要因となっている
1).

 ここに述べてきたものとは別に,糖尿病に合併するうつ病がある.また,うつ病にみられる体重増加の中には,うつ病に使用される向精神薬によるものがあるので注意を要する.

 本稿ではこのような体重増加を来すうつ病について個々に述べ,著者の経験した症例を示し,臨床的対応について記す.更に,章末には副作用として体重増加を起こす可能性のあるうつ病治療に使用される向精神薬を にあげる.

1.非定型うつ病

 非定型うつ病は元来モノアミン酸化酵素阻害薬が奏効する臨床型をまとめたものである
2).うつ病全体の約1/3は非定型うつ病であると考えられている.メランコリー型うつ病では,患者にとって好ましい出来事があっても抑うつ気分は全く快復しないのに対して,非定型うつ病では好ましい出来事に対して抑うつ気分が軽快するという気分反応性がみられる.更にまた,体重増加,過眠,高度の疲労感,および批判に対する過敏性を示す( ).著者らはパニック障害の患者を診る機会が多く,パニック障害に合併する不安うつ病(不安障害にみられるうつ病)ではその頻度が更に高くなる.最近の著者らの調査によると3),パニック障害患者98人のうち32人(32.7%)は大うつ病を併発しており,その65%は非定型うつ病の診断がなされた.このパニック性非定型うつ病の33%に過食が認められた.パニック障害は最近の調査によると100人に3.4人の割合でみられるので4),我が国における過食を伴うパニック性不安うつ病患者は約20万人と見積もることが可能である.次に,パニック障害にみられた体重増加を伴う非定型うつ病症例を提示する.

 [症例] 22歳,OL
 現病歴:21歳時に,就寝直前に,不意に,心悸亢進,発汗,手足の震え,呼吸困難,胸痛,腹部不快感,めまい,非現実感,手足のうずき,体全体の熱感,口の渇きからなるパニック発作に襲われた.2ヵ月後に2回目のパニック発作が生じた.その後発作が頻繁に生じるようになり,食欲が低下し,体重は45kgとなった.パニック障害の診断のもとに向精神薬治療を受けたが,不全パニック発作がなお持続し,広場恐
怖が発展していった.治療開始約1年後,同僚の陰口に激しく気分が落ち込み,それをきっかけに,抑うつ気分の消長が続き,同時に,著明な入眠困難と中途覚醒,全身倦怠,興味・意欲の減退,食欲増進症状が出現した.体重は急激に増加し始め1年間で健康時に比べ20kg増加し,70kgとなった(身長152cm,BMI 30.3).
 初診時所見:この3ヵ月間パニック発作はないが,高度の予期不安のため回避性行動が著明で,ほとんど家庭に縛られた生活をしていた.このような事実からV広場恐怖を伴うパニック障害Vの診断がなされた.初診時のM.I.N.I.(半構成式質問票)検査では,V大うつ病再発性Vが明らかになった.ベック・うつ病自己評価表の得点は34点.Stewartの質問表
5)で非定型性うつ病の診断( )が確診された.その内容について記すと,抑うつ時でも良いことがあれば気分の反応性は100%あり,ほとんど毎日10時間以上眠っており,ほとんど毎日ほとんど1日中体が重くなっており(鉛様麻痺),少なくとも週に3回は度を超して食べたくなり,この3カ月間に体重は3s以上の増加があり,拒絶に対する過敏性はなかった.抑うつ状態はほとんど午後から夕方にかけて出現し,その内容は自分の病状や境遇に焦燥感を抱いたり嘆き悲しむ,他人の境遇を羨望したり嫉妬する,物事に興味・関心をもたない,やりきれない気持ちを解消するためにリストカットをするといったものであった.また,このようなうつ状態になり始めると,過食が始まる.満腹でも甘いものを食べ続けてしまい,その後自己嫌悪に陥る.このようにむちゃ喰いエピソードは明らかに存在するが,嘔吐,絶食など体重増加を防ぐための不適切な代償行動は認められなかった.したがって,DSM-Wに規定するV神経性大食症Vの診断基準は満たさず,V特定不能の摂食障害VのうちVむちゃ喰い障害Vに相当するものであった.これらの症状以外に,Favaの怒り発作の診断基準(Fava,1991)を満たす症状がみられた.すなわち,過去1ヵ月間に不穏当な方法で母親に対して怒ったり激怒することが数回あった.その怒り発作において動悸,胸痛,手足のしびれ,め
まい,発汗,自己コントロール不能感,他人に身体的攻撃を加えたい衝動,器物を投げたり破損する行動が認められた.軽躁病エピソードは現在も過去にも認められていない.
 臨床経過:この症例は,ベンゾジアゼピン系抗不安薬,SSRI,イミプラミン,フェノチアジン系抗精神病薬(レボメプロマジン)およびバルプロ酸で治療され,徐々に快復していった.しかし,レボメプロマジンやバルプロ酸の薬物療法はなお中断できず,この副作用も重なり,抑うつ気分が消失した1年後でも体重増加は元に戻っていない.

 一般に,パニック障害に伴う非定型うつ病は治療抵抗性で社会機能の回復に長期を要することが多い. にパニック性不安うつ病(非定型うつ病)の臨床症状をまとめて示す.

2.季節性うつ病

 北欧で報告された季節性うつ病は日本でも存在し研究がなされてきた
6),発病は20歳前半で女性は男性より4倍以上多い.食欲増進は42%,体重増加は54%,過眠は74%の患者にみられた.冬季になると炭水化物の摂取が異常に多くなる.食欲増進が主症状である過食症における季節性感情障害の頻度を調べた研究によると,その頻度は冬期うつ病が13%,夏期うつ病が2.5%であった7),この病型に特徴的な治療法は光療法である.通常2,500-3,000ルクスの照度で朝2時間行うのが標準である.この光療法は,冬季うつ病の抑うつ気分だけでなく,過食症状にも有効である8),季節性感情障害には,もちろん,従来の抗うつ薬治療が併用されることも多い.季節性を確定するためのスケールを に示す.

 [症例] 20歳,女子学生
 高校2年の11月頃より勉強にも絵画クラブにも意欲を失うようになった.夜9時をすぎると眠くなってしまい朝は遅刻すれすれまで眠るようになった.目覚めが非常に悪く,1時間目の授業になっても頭がはっきりしなかった.家に帰ると甘いものばかりを食べ,また食べないと元気が出なかった.正月過ぎには夏に比べると5kg以上も体重が増加していた.高校3年の5月になるとそれまでのやる気のなさは消失し,夜遅くまで勉強するようになった.体重は元に戻った.この調子なら大学受験もうまくいくと思い夏休みは毎日図書館で勉強した.ところが9月になると急に疲れやすくなり,10月になって風邪がきっかけで学校を休むようになってから,朝起きられず1日中床に就くような生活になった.全身が重だるく起き上がることができなくなった.前の冬のときのように甘いものをむさぼり食べるようになり,その年は体重が10kgも増加した.3月になると欠席が多く留年が決まり,開き直った気分になったら急に元気が出始めてきた.翌年やっと卒業できたが,大学受験期には毎年うつ状態になっており,ついに2浪をしてしまった.3年連続して冬季のうつ病を体験したのでついに神経科を受診することになり季節性うつ病の診断がなされた.光療法のできる施設が紹介され,次の冬のうつ病周期は予防することができた.

 季節性うつ病と非定型うつ病の違いは前者が光療法に反応するが後者は反応せず
9),後者は拒絶に対する過敏性があるが,前者にはない点である10).すなわち,非定型うつ病ではしばしば種々なアクティングアウトがみられるが,季節性うつ病患者は温和で問題行動を起こすことはまれである.

3.U型糖尿病と躁うつ病

 糖尿病と躁うつ病の合併例をまれにみる.著者は精神科医30数年のうち2例ほど経験している.このタイプは躁うつ症状が激しく,集中的かつ強力な治療を要するという印象をもっている.手元に症例がないので文献的考察を加える.248人の精神科人院患者においてU型糖尿病(type U diabetes mellitus)の頻度とBMIが調査された
11).その結果,分裂感情障害(schizoaffective disorder)の50%,双極型T型障害(bipolar T disorder,入院を必要とするほど激しい躁うつ病)の26%にU型糖尿病が見つかり,これら2つの障害での発症率は一般のそれより有意に上昇していた.U型糖尿病をもつ患者は肥満を引き起こす向精神薬による肥満より更にその程度が強かった.345人の双極性障害の人院患者における別の研究では12), 9.9%に糖尿病が見つかり,この発症率は一般における期待値3.4%より有意に高かった.糖尿病のある双極性障害患者は糖尿病のない患者と比較して,発症年齢と罹病期間に差はなかったが,生涯人院率は有意に高かった.このことは,すなわち,糖尿病をもつ双極性障害は重症例が多いことを示唆している.

 最近,肥満と関係する遺伝子−メラノコルチン4受容体(MC4R)が発見されている.トルコ肥満ゲノム研究の一環として肥満者40人のMC4R遺伝子を検討中にこの遺伝子のヘテロ変異を示す感情障害を伴う女性が発見された
13).発端者は52歳,肥満(BMI 41.7)で,気分循環性障害(2年間以上にわたる大うつ病ほど激しくないうつ状態を示す)があった.この女性の姉(55歳)も同じ遺伝子変異をもち,同じように肥満(BMI 43)があり,更に血漿インスリンと空腹時血糖が正常であるU型糖尿病をもち,双極性感情障害にかかっていた.これらの遺伝子変異疾患はレプチン(leptin)欠乏が関係していると考えられている.

 U型糖尿病でみられる肥満を示すうつ病は,家族性で女性であることが多く,それまでに既往がなくてもいつかは躁状態が出現することが特徴である.すなわち周期性の躁うつ病である.このような患者は症状が激しく,人院を必要とすることが多く,早期に専門医の手にゆだねることが推奨される.