特集・向神経薬の基礎知識と臨床応用

抗不安薬

貝谷 久宣

Hisanobu KAIYA:医療法人和楽会パニック障害センター

クリニカ,Vol.32,No.4,(2005) P22-27


Summary

 抗不安薬として、ベンゾジアゼピン系薬、5−HT1A受容体部分作動薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRIをあげ、その特徴を示した。ベンゾジアゼピン系抗不安薬に関しては個々の薬剤の特質を述べ、使用にあたっては短期作用性薬剤によるinterdose rebound anxietyに留意することを明記した。


はじめに

 不安とは生命の警告兆候として現れるものと解釈され、生きていく上で必要なものである。正常な不安は安全が確認されれば消退するものであるが、病的な不安は不必要なときに現れたり、その程度が強く、消退しないことがある。そのため、強い苫痛を感じて生活に支障をきたしてくるのが不安障害である。この病的な不安を軽減させる薬剤が抗不安薬である。ベンゾジアゼピン(BZD)系薬は速やかな緊張緩和作用から不安障害の第一選択薬として繁用され、本邦における処方量は先進国でトップクラスであることはよく知られている。しかし、退薬時の反跳現象(反跳不安:急激に服薬を中断すると服用前より不安が増強する)や離脱症状といった問題が指摘され、一方では高力価短時間型BZDは服用中のinterdose rebound anxietyによる依存形成が問題となっており、使用にあたっては適切な薬剤選択が重要である
1)。そこで、BZD系薬を作用時間や作用特性から分類し、実地診療に役立つ抗不安薬の選び方と使い方について解説する。

抗不安薬の種類と薬理学的特徴

 一般診療で不安障害に繁用される薬剤には、ベンゾジアゼピン(BZD)系抗不安薬、5−HT1A受容体(セロトニン)部分作動薬、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)がある。
 不安や恐怖には扁桃体が関与しており、その発信源であると考えられている。扁桃体への情報入力には直接的なものと前頭前野、海馬を経由してきた間接的なものがあり、これらの情報が扁桃体において不安・恐怖と判断されると各部位に伝達され、不安症状が発現すると考えられている(
2)。一方、GABA(γ一アミノ酪酸)やセロトニンは、扁桃体への情報人力を阻害することによって不安・恐怖を抑制する物質である。BZD系抗不安薬はGABA神経系に作用し、5−HT1A受容体部分作動薬及びSSRIはセロトニン神経系に作用することによって、不安・恐怖を抑制する。

 (1)ベンゾジアゼピン(BZD)系抗不安薬
 本剤は脳内のGABA受容体のBZD結合部位に作用し、抗不安作用、鎮静・睡眠作用、筋弛緩作用、抗痙攣作用を有する。このうち、抗不安作用の強いものが抗不安薬として使用されている。マイナートランキライザー(minor tranquilizer)とも呼ばれ、速やかな効果発現と高い安全性から現在もなお第一選択薬として繁用されている。

 (2)5−HT1A受容体部分作動薬
 本剤は非BZD系とも呼ばれ、BZD系の短所を補うものとして開発された薬剤で、(現在市販されているのはクエン酸タンドスピロンのみである)脳内セロトニン受容体のサブタイプの一つである5−HT1A受容体に選択的に作用し抗不安作用を示す。安全性が高く、依存性や相互作用はないが、効果発現までに時間がかかる。また、BZD系薬で十分な治療効果が得られなかった患者では効果が劣るという欠点がある。

 (3)SSRI
 1990年代初頭に開発された薬剤で、セロトニンの再取り込みを抑制し、シナプス間隙のセロトニン濃度を上昇させ、セロトニンによる神経伝達を亢進させる。抗うつ薬として使用されているが、抗不安作用も検証され、特に海外では不安障害に対しての使用頻度が増加してきている。

BZD系抗不安薬の分類と特徴

 抗不安薬として最も繁用されるBZD系薬について、それらの作用時間、作用特性から分類し( )、代表的な薬剤について解説する。

 
(1)ジアゼパム(セルシン、ホリゾン)
 最も標準的なBZD系薬で、抗不安作用、鎮静作用、筋弛緩作用、抗痙攣作用を兼ね備えており、中力価・長時間作用型に分類される。神経症、心身症、自律神経失調症、うつ病における不安・緊張など幅広く使用されている。この薬剤はBZDで唯一静脈内投与の出来る薬剤である。パニック発作やてんかん重積発作にはとりわけ効果発現がはやく重宝な薬剤である。この薬剤の静脈内投与は中枢性の呼吸障害は無いので安心であるが。筋弛緩作用による舌根沈下や呼吸筋力低下(とりわけ気管支喘息)による呼吸抑制に留意しておく必要はある。

 
(2)エチゾラム(デパス)
 高力価・短時間作用型に分類される。ジアゼパムに比べ、抗不安作用は3〜5倍強い。筋弛緩作用も3〜6倍強く。筋緊張性頭痛にも使用される。また、睡眠作用においては睡眠時間を延長しREM睡眠を抑制する。Interdose rebound anxietyによる依存形成や休薬・中止時の反跳現象や離脱症状の発現に注意が必要である。

 
(3)アルプラゾラム(コンスタン、ソラナックス)
 高力価・中時間作用型に分類される。筋弛緩作用は強くないが、抗不安、抗うつ作用が強い。葛藤行動を緩和する作用、鎮静作用が強く、パニック発作に使用しやすい。服用中のlnterdose rebound anxietyによる依存形成や休薬・中止時の反跳現象や離脱症状の発現に注意が必要である。

 
(4)ロフラゼプ酸エチル(メイラックス)
 高力価・超長時間作用型に分類される。速やかに吸収され効果発現は速いが、半減期が非常に長いのが特徴で1日1回投与が可能であり、服用中のinterdose rebound anxietyや休薬・中止時の反跳現象や離脱症状のリスクも極めて少ない。抗不安作用が強く筋弛緩作用は弱いという作用特性から、副作用が少なく、高齢者にも使いやすい薬剤である。ただし、この薬剤は半減期が長いので、代謝回転が低下している高齢者では投与後1ヶ月以上してからオーバードーズ症状が出ることがあるので留意が必要である。

抗不安薬の利点と注意点

 薬剤の選択にあたっては患者側の要因である年齢、臨床症状、精神的・身体的合併症の有無などを考慮するとともに、治療薬の特徴を理解していなければならない。そこで、BDZ系薬の利点と注意点を他剤と比較してみる(
3,4)

 
(1)BZD系抗不安薬
 効果発現が速く、迅速に臨床症状を改善する。服用時に不快感もなく耐薬性も良いため、安全性の高い薬剤として繁用されてきた。しかし、一方では鎮静作用による過鎮静、筋弛緩作用に基づく運動失調などが問題となっている。特に高齢者に対しては転倒による骨折や呼吸抑制には注意が必要であり、筋弛緩作用の弱い薬剤を選ぶのがよい。また、高力価短時間作用型薬で最も注意しなければならないのは、常用量でも長期間使用すると服用の合間に“interdose rebound anxiety”が生じ依存形成の原因となったり、急激に服薬を中断すると服用前より不安が増強する“反跳不安”や“離脱症状”として不眠、興奮、抑うつ、精神症状の悪化、食欲低下、嘔気、痙攣発作などが出現することである。加えて、一過性の認知障害も用量依存的に認められている。また、BDZ系薬全般の注意としてアルコールとの相互作用があるため、服用中は飲酒を控えるよう指導する必要がある。

 
(2)5−HT1A受容体部分作動薬
 BZD系薬の欠点を克服すべく開発されており、依存性がなく、筋弛緩作用や鎮静作用による有害作用も認められず、極めて安全性の高い薬剤である。アルコールとの相互作用も認められない。しかし、効果発現までに3〜6週間かかることと、BZD系薬で十分な治療効果が得られなかった患者では効果が劣るという欠点がある。

 
(3)SSRI
 従来の三環系抗うつ薬と異なり、抗コリン作用(口渇、便秘、排尿障害、視調節障害)や心血管系の副作用が非常に弱く、安全性の高い抗うつ薬である。1日1回の服用が可能で、忍容性も優れており、抗不安薬としても使用される頻度が増えている。一方、作用発現までに2〜6週間かかり遅効性であることと、投与初期に不安・焦燥や悪心・嘔吐、性機能障害などの副作用が発現するという欠点がある。また、BDZ系薬に比べれば軽度であるが、服薬中断後の離脱症状も報告されている。

抗不安薬の使い方

 BZD系薬は、主として作用時間(半減期の長短)や作用の強さ(力価の高低)によって使い分ける。使用にあたって最も留意しなければならない点は、interdose rebound anxietyによる依存形成、あるいは反跳現象や離脱症状の出現である。高力価で短時間型の薬剤ほど1日の血中濃度の変動が大きいため、服用の合間にinterdose rebound anxietyが発現しやすく、また退薬時には反跳不安などが発現しやすく、離脱しにくい(
1,5)。依存や反跳現象、離脱症状は投与期間が長くなるほど出現しやすいため、治療が長期に亘る場合にはロフラゼプ酸エチルのような超長時間型の薬剤が適している( 6)

(1)薬剤選択の手引き
@高齢者に使用する場合
筋弛緩作用が強い薬剤ではふらついて転倒する危険があるため、筋弛緩作用の弱い薬剤が望ましい。
A身体合併症がある場合
高齢者や小児も同様に、代謝過程が単純で、臓器への負担が少ない薬剤が望ましい。
B抑うつ神経症の場合
抗うつ作用を有する薬剤を用いる。
C不穏興奮や救急の場合
鎮静・催眠作用が強い薬剤を用いる。
D急性不安に対する頓用の場合
高力価で半減期の短い薬剤を用いる。

(2)使用法
@初期効果判定と治療方針の決定
症状に応じて投与量を調整する。高齢者や身体合併症患者は半量程度から始めるのが望ましい。通常、投与後数日程度で臨床効果が現われるため、投与1〜2週間で初期効果を判定する。
【十分な改善が認められる】
同処方を継続する。
【改善は認められるが、効果が不十分】
十分な効果が得られるよう同薬剤を漸増する。
【無効、有害事象の発現、増悪を認める】
中止、変更、または治療方針の再考を検討する。

A服薬の減量または中止
投与開始から約1〜2ヵ月後に最も効果が高く、同処方を継続してもそれ以上の効果発現は期待できない。依存形成を回避するためにも、臨床症状が十分に安定し、不安障害の要因が改善されていれば、薬剤の漸減または中止を考慮する。急激な中断は避け、長期間かけて少量ずつ減量する。目安としては、1〜2週毎に1日量の1/4〜1/2ずつ減量していくのが適当と考えられる。

おわりに

 これまで速やかな効果と高い安全性から、不安障害といえばBZD系薬が使用されてきた。1990年代に登場したSSRIによって選択の範囲が広がった現在も主役はBZD系薬であり、第一選択薬としている専門家が多いことには変わりない。しかしながら、服用中のinterdose rebound anxietyによる依存形成、退薬時の反跳現象や離脱症状の出現、加えて過量服薬やアルコールとの相互作用などが指摘されていることも事実である。このような問題を回避するためにも漫然とした安易な使用は避け、抗不安薬の長所・短所を十分に理解して適切な薬剤選択を行うことが重要である。



1)貝谷久宣ほか:新薬と臨床,52(8),1117-1124,2003
2)Stahl S.M.:J.Clin.Psychiatry,63(10),854-855,2002
3)勝久寿,中山和彦:メンタルケアドラッグ&治療ガイド(編:上島国利),抗不安薬の選び方と使い方,29-36,メディカルドゥ,2004-05
4)尾鷲登志美,上島国利:Modern Physician,24(6),1019-1024,2004
5)Hollfors D.D.,et al.:AM.J.Public Health 83,1300-1304,1993
6)伊豫雅臣:分子精神医学,4(2):182-186,2004