不安障害は難治性うつ病の萌芽

医療法人 和楽会 パニック障害研究センタ−

貝谷 久宣

心身医学 第48巻 第1号 巻頭言 p9 2008


筆者が精神科医になった頃、神経症は軽微な病であると思っていた。しかし、この15年間、不安障害の診療をもっぱらのなりわいとしていると、その考えは大きな間違いであったことに気がつかされる。不安障害の発症は年代順にその現象を変えて出現してくるといってよいだろう。乳児期の人みしりに始まり、幼小児期の分離不安障害、過剰不安障害(成人期の全般性不安障害)、学童期に入り特定の恐怖症、強迫性障害、思春期に到り社会不安障害と広場恐怖、そして青年期になりパニック障害が発症する。

 不安症の患者は、これらの不安障害は重複して有することが多い。最近の米国National Comorbidity Survey(NCS)疫学調査では、広場恐怖を伴うパニック障害に何らかの不安障害が併発する割合は、93.6%で、その主な内訳を見てみると、特定の恐怖症75.2%、社会不安障害66.5%、全般性不安障害15%などであり、発症が若い障害ほど併発率の高い傾向が見られた(Kessler RC,et al: Arch Gen Psychiatry 63:415,2006)。一方、一般にパニック障害より発症が早い社会不安障害に他の不安障害が併発する割合は、やや低く54.1%であり、内訳は特定の恐怖症38.1%、全般性不安障害23.3%、パニック障害22.1%であった(Grant BF,et al: J Clin Psychiatry 66:1351,2005)。このようにみていくと、広場恐怖を伴うパニック障害は不安障害の最終コースであり、他の不安障害に比べて一般に病状は重く、うつ病を併発しやすく、慢性に経過して、社会障害度が高い。

 一方、広場恐怖を伴うパニック障害および社会不安障害に併発する何らかの気分障害の生涯有病率は、それぞれ、73.3%、56.3%であり、内訳をみると、大うつ病38.5%、34.1%、双極性障害33.0%、19.5%、そして気分変調性障害は14.6%、11.5%であった。社会不安障害よりもパニック障害のほうがうつ病を併発する割合が高いことが明らかになった。一般に、社会不安障害であろうとパニック障害であろうと、不安障害を伴ううつ病は難治性で、非定型うつ病の割合が高い。筆者の調査ではパニック障害後の大うつ病の62.5%は非定型うつ病であった(貝谷ら、日本評論社,2003)。また、NCS研究によれば、非定型うつ病はその他のうつ病に比べ、自殺念慮の割合や社会的障害度がより高度であると報告されている(Matza LS,et al: Arch Gen Psychiatry 60:817,2003)。大うつ病に併発するパニック障害と社会不安障害の頻度を見てみると、それぞれ、非定型うつ病では16.5%、28.6%、それ以外の大うつ病では7.6%、20.1%であり、不安障害の併発は非定型うつ病により高度であり、うつ病からみるとパニック障害よりも社会不安障害の併発する割合のほうが高い(Matza LS,et al: Arch Gen Psychiatry 60:817,2003)。これは社会不安障害の有病率のほうがパニック障害のそれよりも2倍以上高いことから一部説明されるだろう。

 さらに最近、難治性うつ病の要因を調べた研究が報告されている。それによると難治の最も大きな要因はパニック障害の併発(オッズ比3.2)、何らかの不安障害の併発(オッズ比2.6)、社会不安障害の併発(オッズ比2.1)と上位3位を不安障害の併発が占めていた(Souery D,et al: J Clin Psychiatry 68:1062,2007)。不安障害への早期介入の重要性を示すデータであろう。

 多くの不安障害は小児期、思春期、青年期に発症し、いろいろな現象として生活を脅かしている。2007年9月23日のNHKニュースによれば、厚生労働省は全国の各都道府県に小児のメンタルヘルスセンターを設置するということである。メンタルヘルスにおいても早期発見・早期対策がその後の不幸な出来事や医療費の削減に最も有効な手段となろう。